【毒書の時間】『こどもホスピスの奇跡』 石井光太

(photo AC)


よく「あの人は難病を克服した」とか言うけど、克服したり完治したりした時点で、それはすでに難病ではないと思う。自分が難病持ちだから言うわけではないが、本当の難病は決して完治も克服も出来ないし、そもそも治療の手立てもほとんどないのが実情。激しい痛みの緩和や、病状の進行を抑える「対症療法」が、せいぜいというところだ。だから「難病」なのだ。

この本に取り上げられている「TSURUMIこどもホスピス」を利用するこどもたちは、そんな難病と闘っている。残念ながら、幼くして亡くなるこどもも多く、仮に元気になったとしても、いつ何時やって来るかもしれない「再発」の恐怖と闘っている。本人だけでなく、両親や兄弟姉妹も一緒に闘っているのだ。このホスピスは、「最期を穏やかに迎える」ための施設ではなく、そんなこどもたちや家族が、ひとときでも笑って過ごせる時間や空間を提供し、利用時間外でも、さまざまな形でこどもたちや家族をケアしてくれる施設である。

新刊本で出た時、「これは読まねば、これはさっそく買わねば!」と思っているうちに、こうして文庫化されるという、いつものパターン(笑)。

『こどもホスピスの奇跡』 石井光太

新潮文庫 ¥737

【新潮ドキュメント賞受賞作】

日本で最初となる民間小児ホスピス「TSURUMIこどもホスピス」の設立に至るまでのストーリー。この著者らしく、暖かな眼差しと一切のバイアスを排除した視線で綴る。まず、石井光太の本だから読んでみたいと思った、ってのがある。この人の本はこれまでにも何冊も読んできたが、ほんと、いい仕事をするなぁと思う。貧困問題、戦災孤児、ハンセン病、東日本大震災、こどもの虐待、少年犯罪…。テーマは多岐にわたるが、上述のようにバイアスを排除した(と、小生が感じているだけかもしれないが)書き方がいい。だからこそ、多くの共感を得るのだと思う。

本作のタイトルにあるように、この施設の設立はまさに「奇跡」の積み重ねだった。その奇跡を現実のものにした関係者の熱意は、ただならぬものだったということを、余すことなく伝えている。ルポの中で取り上げられたこどもたちそれぞれの物語に、読んでいて目が潤んでくることしばしば。同時に幼い彼ら彼女らが発する言葉に、ハッと気づかされる場面もいくつもあった。この積み重ねも、設立の「奇跡」であり「軌跡」だということを、決して忘れてはならないだろう。

特に印象深かったのは、大阪市立総合医療センターの「すみれ病棟」に入院していたスズ君と呼ばれていた、とにかくアグレッシブを画に描いたような少年のこと。闘病中の仲間ばかりでなく、親たちや病院スタッフにまで慕われ、頼りにされていた彼は、高校生の入院患者が学校の勉強に追いつけない現状をなんとかできないかと思い、当時の大阪市長、橋下徹に高校生向けの院内学級設置の要望のメールを送るという彼の取った行動も、このホスピス設立への第一歩だったのは確かなことだ。彼も残念ながらその後、世を去ってしまうわけだが、彼と闘病生活を送った仲間たちの心に、いつまでも生きていることは、後述されている。

こどもたちだけでなく、家族へのケアや、残念ながら亡くなったこどもたちの家族への継続的なケアなど、ホスピスの果たす役割は、多岐にわたる。2016年に開設された「TSURUMIこどもホスピス」だが、出来たからOKではなく、そこからがまさにスタートで、課題が次々と浮き彫りになるが、スタッフは課題と向き合い、ノウハウを蓄積していく様子も知ることができる。

これからこの施設がどうなってゆくのか…。このスタッフたちなら、さらにより良い方向に向かってゆくのは、間違いないところだが、小生も大阪に暮らす者として、この子たちと同じく難病に苦しむ者として、何らかのお役に立てないものかと思う。何ができるのかな…。

小児がんや神経系統の難病で苦しむこどもたちの生きる力に、ええ年のおっさんの難病患者である小生が、どれだけ勇気づけられ、どれだけこれから生きる道しるべとなってくれたか…。この本に出会えて本当によかったと、思う。ぜひとも、多くの人に読んで欲しい一冊である。

なお、「TSURUMIこどもホスピス」では、広く支援を募っている。詳しくは下記HPより。

https://www.childrenshospice.jp/

(令和5年8月21日読了)
*価格はAmazon.co.jpの8月20日時点の表示価格

「ハヤカワ新書」が創刊され、まず創刊シリーズの一冊として石井光太のルポもラインナップされた。この問題も著者が追っているテーマの一つ。


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