平日。それも月曜日の18時40分からの上映。普段なら、絶賛仕事中という時間帯だが、この日は定時で失礼してオフィスの窓からよく見えている梅田スカイビルへと急ぐ。もちろん行先はシネ・リーブル梅田。第17回大阪アジアン映画祭の『緣路山旮旯』を観るため。この上映回を逃すと、2回目の上映が他作品の上映と重なるので、無理。ってわけで、これまでに見たこともないややこしい字がタイトルに入った作品を観てみた。
特集企画《Special Focus on Hong Kong 2022》
緣路山旮旯 邦:僻地へと向かう <海外プレミア上映>
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
港題『緣路山旮旯』 英題『Far Far Away』
邦題『僻地へと向かう』
公開年 2021年 製作地 香港 言語:広東語
評価 ★★★★☆(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):黃浩然(アモス・ウィー)
編劇(脚本):黃浩然
監製(プロデューサー):曾麗芬(ウィニー・ツァン)、鄺珮詩(テレサ・クォン)
領銜主演(主演):岑珈其(カーキ・サム)、張紋嘉(クリスタル・チョン)、蘇麗珊(シシリア・ソー)、梁雍婷(レイチェル・リョン)、陳漢娜(ハンナ・チャン)、余香凝(ジェニファー・ユー)
主演(出演):柯煒林(ウィル・オー)、黃溢濠(ウォン・ヤットホウ)、陳曾寧(ニン・チャン)
友情客串(友情ゲスト):陳湛文(チャン・チャームマン)、張進翹(マンソンヴァイブズ)
15年間、香港に住んでいたら大概の漢字を目にして、変な字は記憶に残るもんだが「旮」、「旯」の二文字は記憶にない。なんでしょうな、この逆さまにした人をおちょくったような字は(笑)。で、調べると「山旮旯」で「山の奥の方」という意味らしい、大体のところは。だからこの映画のストーリー的には「辺鄙なところ」とか「奥地」とことになるのかな? なるほど、だから邦題は『僻地へと向かう』としたわけか…。
楽しい映画だった。そして「もっともっともっと香港を極めなければ!」っていう意欲を掻き立ててくれるくらい、知らない所、聞いたことあるけどまだ行ったことがない所が色々出てきた。何よりも、ずっと「イチオシですよ~、彼は!」と書き続けてきた岑珈其(カーキ・サム)が初主演ってのが感激である。「ついにその日が来たか!」とうれし涙を流しながら観ていたような、そうでないような(笑)。
<作品導入>
IT業界で働くオタク男子ハウ(カーキ・サム)に突然モテ期が到来する。憧れの女性へぎごちなくアプローチしてみたり、真正面からアグレッシブにアプローチされたり。全く違うタイプの女性たちA・リー(シシリア・ソー)、ファファ(クリスタル・ジョン)、ミナ(レイチェル・リョン)、リサ(ハンナ・チャン)、メラニー(ジェニファー・ユー)との濃淡異なるデートが沙頭角、下白泥、大澳、船灣荔枝窩、長洲、茶菓嶺といった香港の美しき僻地で展開される…。<引用:第17回大阪アジアン映画祭公式サイト>
岑珈其が演じた主人公の阿厚には、激しく感情移入した。なんとなれば、小生の若い時の恋愛行動にまるでそっくりなんだから(笑)。おまけに「宅男(オタク)」ってのもそのまんまだ(笑)。メガネ男子だし(笑)。
そしてなんか、阿厚みたいな男子って香港の男の子に多いような気もする。そんなこんなで、とても親しみを感じたのである。茶果嶺という場末感あふれる街が地元だってのもいい。なにせ彼は幼馴染の黃大同(演:柯煒林/ウィル・オー)、羅子榮(演:黃溢濠/ヤソ・ウォン)の3人で「茶果嶺三劍俠=茶果嶺三銃士」なのである(笑)。茶果嶺と言えば『怒火(邦:レイジング・ファイア)』では犯罪の温床みたいに描かれていたが、この三銃士君たちからは想像もつかないね。どっちが本来の茶果嶺なのか?知らいたい人は、COVID-19終息後にぜひ行ってみよう!
映画は上記の導入文にもあるように、晩熟な阿厚に急にモテ期が訪れて5人の女性に引きずられってハナシなんだが、5人それぞれがまさに「山旮旯」住まいで、なかなか簡単にはたどり着けない場所ばかり。そこで活躍するのが阿厚が開発した(んだっけ?)地図アプリ「Takeaway Boy」。そのキャラクターがなんと「外賣仔」だったのには吹き出した。外賣(=外売)とは出前、或いは料理のお持ち帰りという意味なので、外賣仔は「出前持ち、出前くん」とでも言うところか。「外賣仔」はFacebookの人気アカウント「奶茶通俗學 Milktealogy」の人気キャラでもあるので、「おお!こいつ!」と思ったわけで、香港人ならここで笑いが起きたはず。ああ、久々に香港の映画館で香港映画観たいな…。
「友情客串」に彼を入れておいてあげたいくらい、ここというときに現れて、ちょっとしたツッコミを入れてくれるのが愉快である。さて、5人の女子がどこに住んでるどんなキャラかというと…。
■A. Lee(演:蘇麗珊/シシリア・ソー)の場合:沙頭角(Sha Tau Kok)
沙頭角という特殊なエリアのことは、もちろん知っている。ただ、行ったことは無いし、今後も恐らく行くことは不可能だろう。その理由を含め、そもそもなぜ沙頭角が「特殊なエリア」なのかについては第13回大阪アジアン映画祭の『中英街1號』のところで少し触れているので、そちらをご参照に。A. Leeは阿厚の勤務するIT会社の同僚。時々視線が合う。そこから恋愛ストーリーが始まるのだが…。後半、彼女の身体に起きていたことについて知ることになり、阿厚同様、観る者も「ああ…」となってしまう。演じた蘇麗珊は、『哪一天我們會飛(邦:私たちが飛べる日)』で楊千嬅(ミリアム・ヨン)が演じる女主人公の中学生時代を演じている。『逆向誘拐』では女主役だった。
■花花(演:張紋嘉/クリスタル・チョン)の場合:下白泥(Ha Pak Nai)
そう言われれば、こんな地名あったかなぁ…。そんな程度の記憶しかないから知らないも同然。調べたところ流浮山(Lau Fau Shan)の近くのようだ。流浮山は行ったっことあるんだけどなぁ。香港観光局HPに紹介ページがあるのでご参照を。「ロマンチックなムードに浸るカップルでひしめき合っていることを覚悟しておいてください。」とある。きっと下の写真のようなカップルが押し掛けてるんだろうな(笑)。花花は例の三銃士の一人、阿榮のいとこで幼稚園の先生やってる。下の写真、こんなイイ感じなのに阿厚は逃してしまう…。「張紋嘉ってあんまり知らないなぁ、新人さんですか?」って思ってたら、黃浩然(アモス・ウィー)監督の長編デビュー作『點對點(邦:点対点)』に出ていたんだって。失礼しやした。
■Mena(演:梁雍婷/レイチェル・リョン):大澳(Tai Ou)
またの名を「香港のベニス」という大澳は何度も行ったが、そのたびに「ホンマのベニス怒ってきはるで」と思ったもんだ。まあ、それほどパッとしない村だが「最果ての場末感」味わうことはできる。村の真ん中をお世辞にも綺麗とは言えない水路が走っていて、昔はこれをいかだみたないのに乗って、両岸から吊るされたロープを手繰るようにして渡ったんだが、橋が架かって風情が薄れた。このMenaは恋に積極的で喜怒哀楽の激しい性格。深夜、周囲に何もない大嶼山の道路で車を下ろされた阿厚が可哀そうで…。梁雍婷と言えば『藍天白雲(邦:どこか霧の向こう)』での両親殺害の中学生役があまりにも凄すぎたので、最初にそのイメージが固まってしまったかな…。柔軟に色々こなしてるようだけど…。
■Lisa(演:陳漢娜/ハンナ・チャン):梅子林村(Mui Tsz Lam)
ここはまったく知らんかった。一応、香港最大ベッドタウン、新界の沙田(Sha Tin)區ということだが、交通が極めて不便な場所で、現在は村に数十人しか住んでいないらしい。と言われると行ってみたくなるんだが、阿厚も相当苦労してたどり着いただけに迷ったら大変だ(笑)。「芸術村」という設定だったが、実際はどうなんだろうな。興味が沸く。阿厚たちが通った中学の向かいの女子中に通っていて、当時の阿厚たちにとってはマドンナ。羅子榮の妹の同級生。野越え山越え会いに来たが…。大阪アジアン映画祭ではおなじみの陳漢娜。『G殺』、『墮落花(邦:堕落花)』、『遺愛(邦:エリサの日)』と3年続けて出演作が上映された。なかなか個性的な女優で、印象に残る演技を見せる。『殺破狼・貪狼(邦:SPL 狼たちの処刑台)』がデビュー作。
■Melanie(演:余香凝/ジェニファー・ユー):大嶼山(Lantau Island)澄碧邨(Sea Ranch)
Google Mapで調べてびっくりしたんで、改めて香港の詳細地図帳『香港街道指南』をめくってまたもやびっくり。ハチソングループは何故にこんな僻地中の僻地にアパート群を開発したんだろう。するならちゃんと交通機関も整備しなくちゃ。香港島の中心地までは軽く2時間を要するとかで、同じ大嶼山でも空港側とはあまりにも格差がありすぎる。阿厚とは大学の同級生。彼女も積極的な女性だが、なぜか阿厚とは気が合う。ま、ようやく落ち着くとこに落ち着いてめでたしめでたしというところ。小生も映画観ながら「あ、この子だったら俺もうまくやっていけるな」と思った。ま、そこはそう思ってもらえるように作ってはるわけですが(笑)。余香凝は『骨妹(邦:姉妹関係)』上映の時に、来阪して舞台挨拶したからよく覚えている。
香港の美しい光景を取り込んで恋愛物語を仕立てたという作品で、黃浩然監督の「香港愛」の熱量が伝わる作品。お手軽に香港里帰りができないこのご時世に、とても嬉しい風景の数々だった。ストーリーにもぬくもりを感じ、岑珈其を主演に抜擢したことが生かされている。
一方で、風景を見せ恋愛を語っているだけでなく、「移民」という社会現象にも触れている。作品の中で「移民」について語られるシーンがいくつかあり、「去年、あんなことがあったから…」というセリフも何度か出てきた。恐らく映画は2020年に撮影されていると思うので、セリフの言う「去年」とは2019年のことである。2019年、香港がどういう状況だったかとか、「あんなこと」の詳細は語られていない。それが指すところについては、香港人の中でも立ち位置によって変わる。だから、ここまでの表現でいいのかもしれないし、きっぱり言ってしまうと、この映画自体が台無しになってしまうだろう。
『點對點』、『逆向誘拐』と香港の様々な場所、風景を作品に収めてきた黃浩然監督だが、この作品はこれまでの2作を上回る出来だったと思う(決して過去2作が悪いわけじゃない)。おかげでとても楽しい時間を過ごすことができた。きっと香港人も改めて香港のよさを認識したことだろう。
そして何よりもデビュー13年目で初の主役となった岑珈其である。これまでも名脇役、三枚目路線で高い評価を得てきたが、今作で彼自身、今までにない確かな手応えを感じたんではないだろうか。ぜひとも、そうであってほしいと思う。とにかく、彼は今作で新たな「岑珈其像」を一つ確立したと思う。それはこれからの香港映画界にとっても、彼自身にとっても、まことに好ましい結果である。がんばれ!岑珈其!
《緣路山旮旯》正式預告片
(令和4年3月14日 シネ・リーブル梅田)
『香港 失政の軌跡: 市場原理妄信が招いた社会の歪み』 (アジア発ビジョナリーシリーズ)– 2021/10/7
レオ F・グッドスタット (著), 曽根 康雄 (監修, 翻訳) ¥3,300
(amazon.com)
香港民主化運動に関し日本での論調は、中国が強引に一国二制度の骨抜きを進めたことにあるという認識に基づいたものが多い。しかし民主化要求の背景に、植民地時代からの、財界の意向を汲んだ最小限の規制と所得再分配の結果、QOL(生活の質)が低下してしまった市民の強い不満があることはあまり語られていない……。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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