【上方芸能な日々 歌舞伎】第二十四回上方歌舞伎会

歌舞伎
国立文楽劇場開場30周年記念 歌舞伎俳優既成者研修発表会
第24回上方歌舞伎

「文楽劇場へ行く」って言っても、別に毎回、文楽を観に行くわけではない。浄瑠璃、落語会、その他のお笑い、商業演劇、邦楽、日本舞踊、そして歌舞伎と、実にいろんな出し物を観に行くわけで、まあ、大阪市内のホールでは一番行く頻度が高い場所かもしれない。

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で、今回は歌舞伎。我當、秀太郎、仁左衛門の松嶋屋三兄弟が指導する「上方歌舞伎会」は、日頃は舞台を脇から支える役者が、上方の伝統を継承するために、本公演などでは演じることのない大役に挑戦し、経験を今後に生かそうというもので、今夏で24回目となる。2日間4公演という少ない舞台ではあるが、出演陣はこの4公演のために厳しい指導を受けて、猛稽古で芸を磨いて舞台に立つ。そんな姿を応援しようと、歌舞伎ファンのみならず、家族や友人知人もつめかけて、超満員の盛況ぶりとなる。

運よく、今回は花道の真横の席。役者の息遣いをこんな具合に手の届くところで観られるのは、幸せだ。「そんな目で見つめないで!<<見つめてはれへんって!」とか、「女形さんの裾引っ張ったらどうなるやろ?<<絶対しちゃダメですよ!」などと考えてみたりもするが、そんな邪悪な心を払いのけてくれる迫力ったらありゃしない! まさにかぶりつき。廉価な料金設定で全席一律4100円ならではのお座席運。松竹座や京都の南座でこんな良席、とても小生のような貧乏人には買えないから、すごくウキウキ!

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開演前に花道をちょこっと撮影。ここを役者さんが行ったり来たり。興奮しますよ~!

信州川中島合戦

指導=片岡我當、片岡秀太郎

■初演:人形浄瑠璃=享保6年(1721)8月、大坂竹本座 歌舞伎=享保7年正月、大坂中の芝居
■作者:近松門左衛門

「輝虎配膳の場」
お目当ての松太朗丈が大事な役どころで出演するとあって、舞台に釘付け。登場と同時に、「松嶋屋!」「松太朗!」の掛け声多数。小生はヘタレなのと前方の席だったので声は出さず、なれど胸の内で「きゃ~、松太朗!」などと(笑)。

その松太朗丈演ずるは、直江山城守。本人は番付のコメント欄で「時代物の台詞に慣れていないので(中略)少しでも進歩した姿をお見せできるよう頑張ります」と。いやいや、全然、違和感無かった。時代物、どんどんやって下され!

山本勘介の母、越路も重要な役どころで、なかなか難易度が高い役。『菅原伝授手習鑑』での道明寺の覚寿、『近江源氏戦陣館』での盛綱陣屋の微妙(みみょう)と並ぶ「三婆」とされているらしく、逆に言えば、老女形の花形というところだろうから、千次郎も気合十分だったろうと思う。鳥屋(とや)に姿を現す前に揚幕の内から一言発する場面があるのだが、雰囲気たっぷりだった。

主役たる長尾輝虎には當吉郎。「師・我當の教えを守って」臨んだ舞台。なるほど、我當さんの雰囲気もあると言えばあるなあ、なんて観ていたら、ありえないハプニング発生!

詳細は控えるが、長い間歌舞伎観てきて、あれは初めてやった。以降、當吉郎はしばらくハプニングの原因を気にしながら演じていたように見えたし、見物衆もそこにばかり目が行ってしまった空気があって、いささか気の毒だった。

ちなみに。太夫が発する「輝虎」が、何度も「ウルトラ」に聞えてしまった…。ごめん、耳悪くて(笑)。

<お弁当の時間>

義経千本桜

指導=片岡仁左衛門、片岡秀太郎

■初演:人形浄瑠璃=延享4年(1747)11月、大坂竹本座 歌舞伎=延享5年正月、伊勢 5月、江戸中村座
■作者:二代目竹田出雲、三好松洛、並木千柳

『義経千本桜』は、前年に『菅原伝授手習鑑』、翌年に『仮名手本忠臣蔵』が初演され、人形浄瑠璃は「三大演目」が出そろう最高の時代を迎えており、歌舞伎もその人気に乗っかろうと、追いかけるように舞台にかけていた時代。今もこの三作は、文楽、歌舞伎ともどもに大人気の演目。菅原伝授が4月の文楽劇場で上演され、動員新記録となったのも記憶に新しいところ。そんな大作の一つ千本桜の中でも、「時代物」でありながらも「世話物」の要素が大きい通称「鮓屋」(三段目)を、どんな風に演じて見せてくれるのかを注目。

序章「下市村椎の木の場」「同じく竹藪小金吾討死の場」
全編を通して、物語の中心は「いがみの権太」。小生なんか子供の頃にはよく「ごんた」とか「ごんたくれ」と呼ばれる「悪童」が近所や教室に数人はいたもんだ。「悪童」なんて言うと、味も素っ気もないが、「○○ちゃんは『ごんた』な子ぉやぁ~」なんて言うと、そこはかとなく「情(じょう)」を感じるのは、上方の語源だからだろう。もちろん、「ごんた」も「ごんたくれ」もこの「いがみの権太」に由来する。番付の解説文によれば、奈良の下市町のゆるキャラは「ごんたくん」だとか。いがみの権太も、今じゃ「ゆるキャラ」かと、笑ってしまうが…。

そのいがみの権太を演じたのが松十郎。これは実に好演だった。所作が決まっていたし、目線の持って行き方や台詞回しが、どれもこれも権太になっていた。人物の性根をしっかりとらえての演技だったのだろう。「ごんた」な権太だけでなく、松十郎が番付のコメントで語った「権太の家族愛を少しでもわかっていただけますよう」との言葉通り、その辺が憎い演技でもあった。今公演できらりと光った役者の一人だった。また、権太をやるからには光らねばいけないし。仁左衛門、当たり役のひとつだけに、指導にいっそう熱がこもっていたのだろうと容易に想像がつく。その成果を大いに発揮できたんじゃないだろうか。

小金吾の翫政もいい「殺されっぷり」だった。捕り手役の面々が上手く「殺されっぷり」に追い込んだというのもあるだろう。ここらはチームワークが物を言う場面ではないかと。緊迫感がよく伝わってきた舞台を堪能できた。さすがに、鮓屋の主人・弥左衛門に斬首される場面は客には見せず、定式幕が閉まってから「やあっ!」の声でその瞬間を伝えた。そりゃ文楽みたいに、首がコロンと落とされるようなことは生身の人間じゃできないし、イリュージョンじゃあるまいし…。ね。

二幕目「下市村釣瓶鮓屋の場」
引き続き権太(松十郎)が好演。とくに終盤、妻子を身替りに連行されてから、さらには父・弥左衛門に斬られてからの青息吐息での権太には釘づけになった。多くのご見物も同様だったようで、たとえばさっきまで白河夜船だった中学生くらいの男子が、身を乗り出すように舞台を凝視していたのが印象的。それほどまでにひきつけるものがあった。

鮓屋の娘お里(りき彌)もよかった。梶原平三の松四朗は、やや押しが足らなかったかと感じる。とにもかくにも、最大の見せ場「鮓屋」を松十郎演ずるいがみの権太がグイグイ引っ張り、「権太の物語」がきちんと作られていたことに感心。

子役二人もしっかり芝居に溶け込んでおり、改めて言うが、チームワークの行き届いた舞台だった。

ぎょっとするハプニングもあったけど、総体的にレベルの高いよい舞台を見せてもらえて満足。昨年よりもパワーアップした出演陣に感激。

(平成26年8月23日 日本橋国立文楽劇場)


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