【上方芸能な日々 演芸】TENGEKI 通天閣劇場*旧ブログ

さきごろ、コンビ歴40数年の相方玲児師を見送った敏江師の最初の舞台を観てきた。
場所は通天閣の地下「TENGEKI 通天閣劇場」。
現在、松竹芸能は毎週土曜、日曜の午後、ここで興行を開催している。
かつては吉本を圧倒し、演芸の角座は常に1000人を超す観客を動員し、当時の小学生だった小生らは、舞台の端っこに上げられ、それでも客が押し寄せて入りきれなかった時代を思うと、座席数200弱のこの地下のホールは、淋しい限りである。

12時、14時の2回興行。
14時の部を観るために出かけたが、入場したのが13時40分ごろ。
「公開記者会見」として、敏江師を中心に、この日出演の芸人や出番のない横山たかし・ひろしもおり、シンデレラエキスプレスの二人の進行で、にぎやかな舞台が始まっていた。

「ほんまなあ、あの男に関しては、ええ思い出何にもないねん」
「四国の丸亀で出番があって、3泊ほどしたことがあって、そのときは夫婦やってんけど、3日ともホテルの部屋に戻ってけえへんねん。実は2つ隣の部屋で今の嫁さん、そのときは私らのマネージャーみたいなことしてた子やねんけど、そこで寝てはってんで~」

などなど、出るわ出るわ、爆笑やけど切ない玲児師への「恨み節」の数々。
でもひとつしんみりしたのは

「舞台出る前、帯を締めてもらうのは、玲児さんやないとあかんねん。きつうに締めてくれるねん。きょうは(酒井)くにおちゃんにやってもろたんやけど、あかんわ、やっぱりw」
敏江ちゃん、これから誰が帯締めてくれるんやろな…。なんかほろっとした。
聞けば、「新しい嫁さん」(と言っても、もうかれこれ40年近いだろうw)も今日は観に来てるという。これまたすごい話だが。
「ほんま気が利かん女でのお」
と、離婚してからの苦労話もあれやこれやと披露。
ここらへんは、いずれ誰か本にしてあげてください。戸田学さんとかが。

2回目公演のトリもピンで勤めた敏江ちゃんは、やはりそばで見ると70歳の年齢は隠せないが、小生はどうしても自分の親世代のこの大師匠、松竹芸能の大看板を「ちゃん」づけで呼んでしまう。
それはこのコンビが全盛期だった昭和40年代から変わらない。
小学生ながら、離婚で捨てられた敏江ちゃんが生きるためとはいえ、捨てた玲児とどつかれながらコンビを続けることに、すさまじいものを感じていた。
「敏江ちゃんすごいな、食らいついてるな」みたいな。
そして「敏江ちゃんにはがんばってほしいなあ」みたいな。
ネタに出て来る「一緒に捨てられた子供」は間違いなく自分と同い年くらいだろうから、その子がなんかかわいそうだったし…。哀愁の「敏江ちゃん」。
そんなあれこれで、どうにもこうにも正司敏江・玲児というコンビには思い入れが強いんだなぁ…。

【この日の番組】
1)近畿雑雑技団
2)チューインガム
3)のろし
4)チキチキジョニー
5)ボルトボルズ
6)竹井輝彦
7)三吾・美ユル
8)酒井くにお・とおる
9)正司敏江

前半の若手で目に留まったのは、やっぱりのろし。この日の若手ではメディアの露出度は断トツだけあって、客席のぬくもり具合からして違う。かといって、小屋に合わないネタかと言えばそうでもなく、幅広い年齢層に満遍なく受けていた。このクラスでも、客の年齢層が高い演芸場に出演させる松竹芸能だからこそ、こういうことができるんだと思う。残念なのは、少なからぬ若い客が彼らの出番後に客席から去ったこと。入場料安いからな…。
チキチキジョニーも気になる存在。結成8年目、ぼちぼち若手から中堅へ脱皮する段階か。女コンビでどちらも美形ではない(ごめん)。ボケの子が、とある「飛びワザ」を披露して客席はどよめくが、あれは2回目は通用しないよな。ある意味、ツッコミ側の弱さが「飛びワザ」に行かざるを得ない状況を生み出してないか?ツッコミが冴えれば、このコンビは相当いい線をいくと思うな。
酒井くにお・とおるは期待を裏切らない大爆笑の連続。約20分間、顔面緩みっぱなしだった。隣席にいた大学生グループ(らしき集団)も、この日の演者の中では一番受けてた様子。ここらを観るとすごく安心する。要するに「ああ、今日は来てよかった」と思わせるのが、看板の看板たるところ。「ここで笑わないともう笑うとこないよ」と言いながら、ずっと笑わせる。
12月26日(日)12時、14時は、玲児師の追悼興行だとのこと。敏江ちゃんはもちろんのこと、桂福團治、たかし・ひろし、シンデレラエキスプレス、ナオユキらが出演。これも行っちゃえ!
全公演終了後、お客を一緒にエレベーターに乗って、外まで見送ってくれる敏江ちゃん。このサービス精神が、なんともうれしかった。


コメントを残す