【毒書の時間】『天使も怪物も眠る夜』 吉田篤弘

<物語には、いばらが何かとからんでくる… photo AC>


最近は、もっぱら読書垢になってしまった感の強い拙ブログ。香港ネタ、古典芸能ネタ数々取り揃えているんだが、いずれも書きかけ放置が多くて、手付かず状態のまま。「これではいかん!」と地道にコツコツと仕上げて行っております(笑)。

ということで、今回も読書ものにて。昨年から読み始めている8組の作家による共作「螺旋プロジェクト」の5作品目。吉田篤弘は初めての作家さん。前に読んだ薬丸岳が割と気に入って、また別の作品も読んでみようと思えたが、この人はどうでしょう…。

『天使も怪物も眠る夜』 吉田篤弘

中公文庫 ¥924

「螺旋プロジェクト」5作目の舞台は未来。「不眠症が深刻化し、眠気を誘うつまらない小説が売れる」という時代。「ふ~ん」と思っていたら、この時代背景は物語を動かす一つの鍵となってゆく。

プロジェクトとしては、<最終章>となる作品。こうなると、全8作品、やっぱり時代順に読んでいくのが正解だったかな、とも思う。まあしかし、発行順に読み始めたから、それでいいかなと。どうやねん、と(笑)。

初めての作家さんだが、テンポもリズムもスタイリッシュな文体も、好きなタイプなんで、この先、他の作品も読んでみていいかなと思う。そもそも、伊坂幸太郎朝井リョウ以外は、このプロジェクトがなかったら出会うことは恐らくなかったであろう作家さんばかり。これがきっかけとなって読書の幅が広がるのなら、結構なことである。発行元の中央公論新社も喜んでくれるだろう(笑)。

いわゆる「群像劇」だが、とにかく群像過ぎて、最初の主な登場人物紹介ページに栞を挟んで、「えっと、こいつは…?」と言う感じで、何度もめくって人物を確認しながら読んでいくもんだから、時間はかかる。紹介されている以外にももちろん登場人物はおり、「これ、最後はどう回収していくの?」と、心配になるほど多くの人物が登場するにもかかわらず、それぞれに平等に役割を与え、収拾へ向けていく展開が上手いなあと。

さらには「螺旋プロジェクト」の色んな決まり事を、うまく収めているのにも感心。プロジェクトで近未来を描いた伊坂作品『スピンモンスター』で現れた、東京を東西に分断する「壁」。この壁が本作では重要な役割となる。壁自体はすでに崩壊が始まり、それゆえに壁を取り巻くエリアの荒廃ぶりにやけにリアリティを感じる。しかし一方で、壁は依然として東京を分断している。そんな状況に「『スピンモンスター』の時代から、もうこんなに経過したのか」など、自分がいつの間にか「螺旋」にねじこまれているような錯覚に陥る。まあ、この8組の売れっ子さんたちにとっては、小生ごときを巻き込むなんて、朝飯前だろうけど(笑)。

「ゴールデン・スランバー」なる睡眠誘発作用の極めて強い酒が登場した時は「お、吉田さん、律儀に伊坂幸太郎の人気作品の名前使ったね」と思ったが、待てよ、伊坂作品は『ゴールデンスランバー』、この酒は「ゴールデン・スランバー」。中黒があり、実はBeatlesの曲である。ややこしいのか、上手いのか…。常にこの調子で進んでいくので、取り残されないようにしなければならない。よって気が抜けない、休憩させてくれない(笑)。

とにかく、あまりにも多すぎる登場人物が、絶妙のバランスでつながりを形成してゆきながらラストシーンを迎える。実に、大森兄弟の『ウナノハテノガタ』が描く原始から続く海族と山族の対立は、「こういう形で終わるのか!」というラスト。しかし、これを以て「大団円」と見ていいのか…。それともこの先、また対立の歴史が繰り返されるのか…。すでに4組の作家が描く対立の物語を読んできたことで、このハッピーエンドにすら、疑いを持ってしまう…。人間の営みから、対立を無くすことなど果たしてできるのだろうか…。疑い出したらキリがないが、ひとまず「螺旋プロジェクト」においては、対立の歴史は融合の歴史へと転換していくことになった、ということだろうな。

何かと不穏な情景が思い浮かんでくるストーリーではあるが、一方で、「眠り姫の眠りを解く」ために奔走する主人公(あえて主人公とする)、二見シュウのファンタジー、という捉え方もできる。それにしても、このシュウ君、作中でも色んな人が評しているが、ぼんやりで、世事に疎い(笑)。そしてこの、ぼんやりで疎い青年が対立の歴史にピリオドを打つのだから、同じようにぼんやりで疎い小生は勇気づけられた(笑)。

文庫版特別企画として、創作の発端などを綴った「あとがき」、執筆時のノートにあったという「もうひとつのエピローグ」を収録。読者サービスも旺盛な吉田篤弘であった。

(令和5年6月14日読了)
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「螺旋プロジェクト」、この次に読むのはこちら!


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