【毒書の時間】『まともな家の子供はいない』 津村記久子

(photo AC)


しょっちゅう読んでるわけではないけど、たまに読みたくなる津村記久子。長い間積読状態にあった本書。奥付は2016年3月10日(初版)とあるから、7年半も放置していたことになる(笑)。「気づけよ!」と自分に怒鳴りたくなる。随分長い間塩漬け状態の本があるので、徐々に御開帳していきたいが、はてさてどないなりますやら…。

で、津村記久子なんだが、この人の小説のタイトルは思わず「何を書いてるか読んでみようかな」という気にさせるものが多い。最新作『うどん陣営の受難』や数年前に読んだ『この世にたやすい仕事はない』とか『婚礼、祭礼、その他』、ドラマ化された『つまらない住宅地のすべての家』などなど。そして登場人物の名前が地下鉄谷町線、今里筋線、京阪本線の駅名ってのがちょいちょいあって面白い。

『まともな家の子供はいない』 津村記久子

ちくま文庫 ¥748

<あらすじ>

気分屋で無気力な父親が、セキコは大嫌いだった。彼がいる家にはいたくない。塾の宿題は重く、母親はうざく、妹はテキトー。1週間以上ある長い盆休みをいったいどう過ごせばいいのか。怒れる中学3年生のひと夏を描く表題作のほか、セキコの同級生いつみの物語「サバイブ」を収録。14歳の目から見た不穏な日常から、大人と子供それぞれの事情と心情が浮かび上がる。<引用:『まともな家の子供はいない』表紙カバー>

登場する子供たち、セキコ、ナガヨシ、大和田、クレ、室田。全員中学3年生で同じ塾に通う。それぞれの家庭事情を見るに、なるほど「まともな家」の子たちではない。そう言いながらも、「まともじゃないけど、どこにでもある家」でもある。

表題作『まともな家の子供はいない』の主人公セキコ。仕事を辞めて家でダラダラと過ごす父親への凄まじい嫌悪感。そんなぐうたらな父親に母親は甘く、妹はうまいこと調子合せているのが耐えられない。だから家にいるのが嫌で、暇を見つけては図書館で過ごす。ああ、この気持ち、なんかわかるな。いや別に小生に父親がぐうたらで家でダラダラ過ごしていたわけでなく、逆にすごい働き者だったんだが、どうも小生はウマが合わなかったのだ(なお、現在もw)。何と言うか「しゃらくさい存在」とでも言うか…。勝手にひがんでただけかもしれないが、両親は小生には厳しく、なんか弟には甘いので、家にいるのが辛いことが多かった…。なわけだから、けっこうセキコに肩入れしながら読んでいた。「自分がホームレスになったような気分になることがある」というセキコの気持ちがよくわかる。「そのうち天皇家の人がお迎えに来て『さあそろそろ御所に戻りませうか』」と連れて帰ってくれれば…、なんて真剣に思ってた子だったから(笑)。

彼女の両親と妹への辛辣極まりない言葉の数々には、思わずクスっと笑ってしまうし、「そうやそうや!もっと言うたれ!かましたれ!」と応援しながら読んでいた。なんか反抗期時代の小生の思いを代弁してくれているみたいだったんでね。ところがだ。彼女が父親に向けて吐く毒のある言葉に、時に「それ、俺のこと言うてるんかえ?」みたいな、小生にとってはきっつい言葉もあって、ドキッとさせられることも。ってことは、今の我が家は「まともな家」ではないのかもしれない(笑)。

セキコを取り巻く同級生たちの家庭も色々とあるようで、それぞれの言動や性格形成に大きく影響を及ぼしてるなぁと感じる。怖いな、家庭環境って…。

ということで、もう一作収録の『サバイブ』。表題作でセキコが苦手に感じていた室田いつみの家庭の話。セキコが父親を許せないのに対し、こちらは母親が許せない。『まとまな~』でセキコがひょんなことから室田の家に行くことになったのだが、「奥の部屋から、若い男の耳障りな笑い声」が聞こえ、セキコはたちまち嫌悪を感じたのだが、その声の主が室田が「くそったれ」と思っている大学生の兄だったということが、冒頭で明かされる。話は室田の母親の不倫へと展開する。実際に不倫だったかどうかは解明されないままに終わっているが、まあ、やってただろうな。

タイトルの種明かし的な出来事がラスト近くで起きるのだが、そのこと自体は室田いつみの抱える問題の解決にはつながらない。視点がすでに彼女の母親の不倫相手の娘に入れ替わっていたからである。「いつかもう少しましになる日が来る」と彼女が思ったように、いつみも同じように思っていて欲しいと願い、読了した。

しかし「まともな家」ってどんな家なんやろうと、考えてしまう…。その「理想郷」は人それぞれやろなと思うが…。

悪く言えば、被害者意識や敵意の羅列のような作品で、合わない人はうんざりするかもしれないが、作者らしい達観したかのような文体で子供たちの胸の内をズバズバと書いていくので、いつの間にか読み手を引き込んでしまう。いかにもこの作者らしい2編だった。

あ、そうそう。谷町線や京阪の駅名の人、本作ではセキコ(京阪、谷町線の「関目」を感じる)、ナガヨシ(谷町線長原駅周辺の町名は長吉)、大和田(京阪の駅名)が出てきた(笑)。この人、あっちの方面に住んでるんかな(笑)。

(令和5年9月30日読了)
*価格はAmazon.co.jpの9月30日時点の税込価格

ネット配信のU-NEXTから出ている100 min. NOVELLA(ハンドレッド ミニッツ ノヴェラ)。「約100分夢中で読める中編小説」がウリで、もちろんU-NEXTでの配信もある。時代ですなぁ…。


コメントを残す