【睇戲】冬冬的假期(邦題:冬冬の夏休み)

台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢監督デビュー40周年記念
ホウ・シャオシェン大特集

これは侯孝賢作品の中で一番好きな作品。そっくりこのまんまではないけど、毎年夏休みになると、父の田舎、和歌山の山奥で数日過ごしていた小生にとっては、懐かしくその日々が思い出される。『兒子的大玩偶(邦:坊やの人形)』でも記したように、侯孝賢作品からは「時代の匂いやその土地の風、土の味のようなもの」が強く感じられる。本作はそれに加えて、小生には少年時代の夏の日々を甦らせてくれる魅力にあふれていた。こういう作品はそう多くはないわけで、しっかりとスクリーンと向かい合い、98分間、夏の思い出に浸りたいというもんだ。

睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

ホウ・シャオシェン監督作品
冬冬的假期 邦題:冬冬の夏休み

台題『冬冬的假期』
英題『A Summer At Grandpa’s』
邦題『冬冬の夏休み』
公開年 1984年 製作地 台湾
製作:中央電影公司
言語:標準中国語、客家語
評価 ―

導演(監督):侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
原著(原作):朱天文(チュー・ティエンウェン)
『安安的假期』
編劇(脚本):朱天文、侯孝賢
監製(製作総指揮):吳武夫(ウー・ウーフー)

制片(プロデューサー
):張華坤(チャン・ホァクン)
攝影(撮影):陳坤厚(チェン・クンホウ)
剪輯(編集):廖慶松(リャオ・チンソン) 配樂(音楽):楊德昌(エドワード・ヤン)
錄音(録音):杜篤之(ドゥー・ドゥージー)

主演(出演):王啟光(ワン・チークァン)、李淑楨(リー・ジュジェン)、陳博正(チェン・ボージョン)、林秀玲(リン・シウリン)、古軍(グー・ジュン)、梅芳(メイ・ファン)、楊德昌(エドワード・ヤン)、丁乃竺(ティン・ナイチュー)、顏正國(イェン・ジョンクオ)、楊麗音(ヤン・リーイン)、卓勝利(ジュオ・シャンリー)

【作品概要】

祖父の住む田舎でひと夏を過ごす幼い兄妹トントンとティンティンを通じて、人との出会い、自然の美しさや子供たちの友情を描く。盟友エドワード・ヤンが特別出演している。<引用:「台湾巨匠傑作選」公式サイト作品案内>

台湾の学校は夏休みを前にして卒業、修業となる。「蛍の光」が流れ、卒業生たちが「仰げば尊し」を歌って冬冬(トントン-演:王啟光/ワン・チークァン)は小学校を卒業した。

朱天文が幼少期に外祖父の家で過ごした時の思い出を綴った『安安的假期』を原作として本作は制作された。そもそもこの映画自体も、原作通りのタイトルにするはずだったが、アンアンよりトントンの方が言いやすいという理由で、このタイトルになったと朱天文は言う。

舞台は台湾本島西北部、苗栗県銅鑼という村。冬冬、婷婷(ティンティン-演:李淑楨/リー・ジュジェン)兄妹の母方の祖父の家がある。実際に朱天文の外祖父の開く診療所「重光診所(重光診療所)」だった場所。1949年に建てられた、肖楠木(しょうなんぼく)と紅ヒノキ造りの日本風の家屋で、畳の部屋もあれば、ピカピカに磨かれた板の間もある。このピカピカでよく滑る板の間で、ドタバタとスライディングして遊ぶ兄妹だったが、下で診察していたいかつい顔した祖父が階段を上がってきて、二人ににらみを利かすシーンがある。朱天文の『侯孝賢と私の台湾ニューシネマ』によれば、実際にそうだったそうで、そのピカピカのヒノキの床も、月に一度朝の4時から家族総出でおからを詰めた布袋で磨いていたそうである。

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こちらが重光診所
2人が逗留する部屋は、ご覧の通り畳敷きだ

母親が重病で入院しているため、夏休みを外祖父の家で過ごすことになった兄妹。母親の弟、昌民(演:陳博正/チェン・ボージョン)が彼女を連れて二人を銅鑼まで送ってゆくことに。陳博正は先日観た『兒子的大玩偶(邦:坊やの人形)』で冴えないサンドイッチマンの亭主を演じた。今作でもやっぱり冴えない(笑)。

4人の旅立ちは現在の駅になる前の地上駅時代の台北火車站。ほんと鉄道好きな監督である。反対側のホームにいる冬冬の同級生は、東京ディズニーランドに行くと言う。

地上駅時代の台北火車站。東京ディズニーランドに行く友人が反対側のホームに

同行の叔父さん、なかなかいい奴なんだが、何かと詰めが甘く、この旅でも冬冬たちとはぐれてしまう。銅鑼に着いた二人は「叔父さんがおじいさんに叱られるから」と駅で叔父の到着を待つ。駅前には地元のガキんちょたち。リーダー格の阿正國を演じるは顏正國(イェン・ジョンクオ)。なんか名前がよく似てるね(笑)。先日観た『兒子的大玩偶(邦:坊やの人形)』の『蘋果的滋味(邦:りんごの味)』のラストで、りんごを丸かじりしていたあの子。オープンマインドな冬冬と阿正國は、お互いのラジコンカーと亀を交換する。「え!ラジコンと亀と交換するのかよ!」と思うも、そういう価値観は大人のもので、子供時代とは違う。大人になるとどうしても「つり合い」を考えてしまうもんね…。

駅前のガキんちょたち。みんないかにもわんぱくそう。よく揃えたな、こんな顔ぶれ(笑)。自転車の子が阿正國。この駅前通りの突き当りにおじいさんの診療所がある

祖父の家に落ち着くや否や、阿正國らガキんちょたちが「下においで~、一緒に遊ぼう!」と誘いに来る。ラジコンカーと亀を競走させたり、川で泳いだりと、もはや十年来の友のようであるが、どうしても女の子ということで婷婷は仲間外れになってしまう。「それなら」と婷婷はみんなの服を川に流してしまい、男子たちは真っ裸で家に帰る羽目に(笑)。運悪く、阿正國が連れてきた牛もいなくなる。牛を探しに出た阿正國が行方不明に。銅鑼を鳴らしながら探しに回る阿正國の母親や友人たち。詰めの甘い叔父さんも同道している(笑)。当の阿正國は疲れて橋の上で爆睡中(笑)。初日から色々大変だ、冬冬も(笑)。

こういう具合に、夏休みに一度や二度、経験したことありそうな子供たちのエピソードが積み上げられてゆく。何か伏線が張り巡らされ、ラストに向けて一気に回収という展開でなく、「今日の出来事」の積み重ねでできている作品である。ストーリーに束縛されない、ゆったりとした時間を過ごす、という感じ。それが小生は大好きだ。

おじいさんが、冬冬に王維の漢詩を暗唱させたり、スッぺの「詩人と農夫」を聴かせたりするシーンもいい。昔のアルバムを見せて楽しそうに語らう二人に、なぜかジーンと来る…。

「大人の世界」も冬冬は垣間見る。

子供たちからからかわれる知能障害の女性「寒子(ハンズ)」。演じるのは『兒子的大玩偶(邦:坊やの人形)』で、冴えないサンドイッチマンの妻役だった楊麗音(ヤン・リーイン)。全然雰囲気が違って、言われないとわからない。寒子は雀捕りの男に孕ませられる。寒子の父親は産ませてやりたいと言うが、おじいさんら村の要人たちは反対する…。

変人扱いされている彼女だが、婷婷が線路で躓き、危うく列車にひかれそうになった時、救ってくれる。また、婷婷が拾った小鳥の死骸を木によじ登って巣に返そうとして、転落したことが原因で堕胎してしまう…。残酷な運命を背負った女性でである。この処置のため、おじいさんは容体が急変した娘=冬冬たちの母親を見舞うため、台北へ行こうとしていたが、断念することになる。「おじいさんが台北に行けなくなったのは婷婷のせいだ」と冬冬は妹を責める。なんとも苦い展開である。

堕胎してしまった朝、父や冬冬の祖父たちの「避妊させる、させない」の議論を聞く寒子の表情が、なんとも言えない…

そして例の叔父さん。この人はホントに詰めが甘い、脇が甘い。こちらも彼女を孕ませてしまい、親が診療所に怒鳴り込んでくる。おじいさんは怒り心頭で、立ち鎌で叔父さんを追いかけ廻し、勘当を言い渡してスクーターをフルボッコにしてしまう。横を走る列車。ああ、またもや鉄道(笑)。

結局、叔父さんは彼女とひっそりと結婚する。ここで「公証結婚」という言葉が出てきた。『戀戀風塵(邦:恋恋風塵)』でもあったよな…。冬冬は母への手紙に「一人で叔父さんの結婚式に参加した」と書く。母親への手紙を書くシーンがちょいちょい出てくる。筆まめな子だ。まあ、あのころはネットなんてないし、母は入院中だから電話もままならない。手紙しか手段はないか。非常にシンプルな時代だ。

筆まめな冬冬は、母への手紙をよく書いている

そんな中で、村のはずれで冬冬たちが目撃した凄惨な強盗事件。事もあろうか、犯人二人が叔父さんの家でメシ食ってる!犯人たちに追いかけられ、小突き回される冬冬。そこへ叔父さん登場!旧友だから匿っていると言い「おじいさんやおばあさんには、絶対に内緒だぞ!」とくぎを刺すが、ねえ、そんなこと無理ですよ(笑)。結局、冬冬は事の次第をおじいさんにチクり、叔父さん、警察に身柄拘束され取り調べ…。これは結構大きな事件だったかな。

寒子、叔父さん、どちらも「妊娠」というものが「出来事」の軸になっており、そこで冬冬はちょっと大人の世界を垣間見た。色々思うところがあっただろうが、そのへんは、母への手紙の一文、「いろんなことがありすぎて思い出せません」という言葉に集約されているのだろう。確かに、ひと夏の出来事としては、色々ありすぎる…。

冬冬の母も順調に快方に向かい、色々ありすぎた、そして楽しかった祖父宅での夏休みの日々も終わりを迎える。父が車で台北から迎えにやって来た。父を演じるのは、侯孝賢の盟友、楊德昌(エドワード・ヤン)。

以前のように、フラフラとあてどもなく歩いている寒子の後ろ姿に「寒子、バイバイ!」と声をかける婷婷。ここでの日々、婷婷が心を通い合わすことができたのは、寒子だけだった。

ガキんちょたちの川遊びが良く見える場所で、車が止まり、冬冬が降りて、「阿正國、バイバイ!台北に帰るんだ~、阿正國、バイバイ!」と叫ぶ。「お!また来いよ~!」と返す阿正國。背景には「赤とんぼ」が流れる。小生、このシーンが一番好きだし、ここで観て感動するために、この映画を観たようなもんだと思う。とても美しいシーン。そして小生自身も色々思い出すシーン。名残惜しかったな、大阪へ帰る日は…。

小生はこのエンディングが好きなんだが、当の俟孝賢と編集の廖慶松(リャオ・チンソン)が最も気に入っているのは、冒頭のドキュメンタリータッチで撮った中正国民小学校の卒業式のシーンと、ストーリーと直接かかわりがあるようなないような二、三か所の何気ないカットだというから、わからんもんだ。だってそうでしょ?あの卒業式のシーンには、肝心の冬冬は映ってないんだし。

《俟孝賢作品からは「時代の匂いやその土地の風、土の味のようなもの」が強く感じられる。》と最初に記したが、朱天文も著書『侯孝賢と私の台湾ニューシネマ』で、

『冬冬』になると、侯孝賢は意欲的に個人主義を突破し、台湾独特の風土と情感を背景としたスタイルを確立したように見える。

と書いている。「おお、朱さんもそう思ってるのか!」と喜んだら2行後に、

最初の意図から離れて、大人の世界をかいま見て、わけもわからず悲しくなったり後悔したりするする少年の想いを描いていた。

とあって、「ありゃありゃ、そうなんか」と思った次第。うーん、侯孝賢映画って奥深いね…。

(令和3年7月21日 シネ・ヌーヴォ)


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