【睇戲】兒子的大玩偶(邦題:坊やの人形)

台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢監督デビュー40周年記念
ホウ・シャオシェン大特集

この日の二本目。さっき観た『有一天(邦:One Day いつか』にかなりの肩透かしを食らってしまったが、この『兒子的大玩偶(邦:坊やの人形)』はまったくそんな心配はない。なにせ「台湾ニューシネマ(台湾新電影)」はここから始まった、と言われているほどの作品。小生自身、ちゃんと観るのは今回が初めてだけに、楽しみである。

長らく侯孝賢作品の脚本を書いてきた朱天文(チュー・ティエンウェン)は、著書『侯孝賢と私の台湾ニューシネマ』において、伯父で中影公司社長だった明驥(ミン・ジー)を語る章で、作家の詹宏志(チャン・ホンチー)の発言を引用している。「『光陰的故事』が辛亥革命前の興中会のようなものなら『坊やの人形』は同盟会と言える。重要なのは“革命的な同志”が国民党の中影公司に集まったということだ」というたとえだ。

中影公司は現在は民営化されているが、その当時は国民党直接経営の映画制作会社だったことから、保守的で堅い「党に忠実な愛国者」的企業だったが、1978年に総経理に就任してからの明驥は「人材発掘」に奔走し、 吳念真(ウー・ニエンチェン)、小野(シャオ・イェ)という後の「台湾ニューシネマ」の旗振り役を招き入れる。そして二人に製作を委ねたのが、楊德昌(エドワード・ヤン)ら4人の新人監督によるオムニバス映画『光陰的故事』である。ここに明驥が「台湾ニューシネマの父」と呼ばれる所以がある。

そこで詹宏志は、興中会=『光陰的故事』、同盟会=『坊やの人形』のたとえ話とした。興中会は、辛亥革命前にハワイで孫文らが中心となって結成された革命を目指す秘密結社で、同盟会は中国革命同盟会のことで、1905年、東京で結成された中国で最初の政党。反清朝の三団体をまとめた。作家らしい非常に上手な表現だと思う。

そんな革命的な作品『兒子的大玩偶』である。三話ともに1960年代の庶民生活を描いた黃春明(ホアン・チュンミン)の小説をベースにしている。なお、三話のうち『坊やの人形』の原作のみ、5月に発行された『黄春明選集 溺死した老猫』に収められている。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

ホウ・シャオシェン監督作品
兒子的大玩偶 邦題:坊やの人形

台題『兒子的大玩偶』
英題『The Sandwich Man』

邦題『坊やの人形』
公開年 1983年 製作地 台湾
製作:中央電影公司 言語:標準中国語、台湾語
評価 ―(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督):侯孝賢、曾壯祥(ジュアンシャン)、萬仁(ワン・レン)
監制(制作):吳鐘靈(ウー・チュンリン)
原著(原作):黃春明(ホアン・チュンミン)
編劇(脚本):吳念真(ウー・ニエンチェン)
配樂(音楽):溫隆俊(ウェン・ロンチュン)
攝影(撮影):陳坤厚(チャン・クンホウ) 剪輯(編集):廖慶松(リャオ・チンソン)

【作品概要】

60年代前半の台湾を舞台に必死に生活を送る人々の姿を描く。「坊やの人形」「シャオチの帽子」「りんごの味」の三部作で構成されている。監督は「坊やの人形」がホウ・シャオシェン(侯孝賢)、「シャオチの帽子」がソン・ジュアンシャン(曽壮祥)、「りんごの味」がワン・レン(萬仁)。台湾ニューシネマの誕生を告げた記念作。<引用:「台湾巨匠傑作選」公式サイト作品案内

三人の監督によるオムニバス映画で、それぞれは全く個別の物語であり関連はない。侯孝賢以外の二人の監について触れておくと、曾壯祥(ソン・ジュアンシャン)は米国で映画を学ぶ。帰国後、本作の2本目の作品『小琪的那頂帽子(邦:シャオチの帽子)』でデビュー。以降、2本の長編を撮るが、その後はドキュメンタリーやテレビドラマに転向。また大学で映像クリエーターの指導に当たるなどして、後進の育成に尽力している。萬仁(ワン・レン)も本作3本目の『蘋果的滋味(邦:りんごの味)』がデビュー作。米国留学で映画を学んだ経験を持つ。後に白色テロ時代を描いた『超級大國民(邦:スーパーシチズン 超級大国民)』で大いに評価される。

1)台題『兒子的大玩偶』 英題『The Sandwich Man』 邦題『坊やの人形』
導演(監督):侯孝賢(ホウ・シャオシェン) 言語:台湾語
演員(キャスト):陳博正(チェン・ボージョジョン)、楊麗音(ヤン・リーイン)、曾國峰、賴德南、侯甫嶽(ホウ・フーユエ)

貧しい夫婦の日常を描きながら、色んな事が詰まっている内容となっている。映画というのは、その時代の匂いやその土地の風、土の味のようなものを少なからず感じさせてくれるものだが、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の作品は特にそれらを強く感じさせる。本作では舞台の台中の山間部、竹崎郷の土の匂いや空気の色のようなものを感じさせる。

映画館のサンドイッチマンとして妻と赤子の三人の暮らしを支える男。このピエロに扮したサンドイッチマンという宣伝方法を、男は「日本の雑誌の切れ端」を見て知ったと言うが、その切れ端の入手経路に興味が沸くも、それはこの作品においてはどうでもいいことである。

男を演じた陳博正(チェン・ボージョジョン)は後日観る予定の『冬冬的假期(邦:冬冬の夏休み)』で冬冬のおじさん役。本作で金馬獎最優秀助演男優賞にノミネートされ、85年には『超級市民』で同賞を受賞している。その後もコンスタントに映画、ドラマの出演を重ね、今ではベテラン俳優に。妻を演じた楊麗音(ヤン・リーイン)は侯孝賢作品の常連。『冬冬的假期』では本作とは全くイメージの異なるキャラを熱演している。最近では『帶我去月球(邦:私を月に連れてって)』、『誰先愛上他的(邦:先に愛した人)』などでのように中年おばさん役で顔を見ることが増えた。そして赤子役は侯孝賢の実子である(笑)。

本作が4作目となる侯孝賢は、それまでは 鳳飛飛(フェイフェイ)や鍾鎮濤(ケニーB)などイケイケのアイドルを起用してきたが、今回初めてイケてない主役を起用することで、自己の路線を見出した、そんな記念碑的な作品。

サンドイッチマンが時代遅れだと指摘され、仕事を失いかける男だが、別の宣伝方法によってどうやら仕事を安定の兆しを見せかけるのだが、ピエロの化粧をしなくてよくなった素顔の彼を見て、赤子がギャン泣きする…。そのオチはタイトルに表れているが、見事な締めくくり方だった。

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2)台題『小琪的那頂帽子』 英題『Vicki’s Hat』 邦題『シャオチの帽子』
導演(監督):曾壯祥(ソン・ジュアンシャン) 言語:標準中国語
演員(キャスト):金鼎(ジン・ディン)、方定台(ファン・ディンダイ)、張毓芝(チャン・ユージー)、崔福生、陳琪

こちらの舞台も台中の田舎町、布袋鎮。日本製の圧力鍋「鈴木しあわせコンビ」の販売会社に入社した二人の男の物語。片や身重の妻のために懸命に「しあわせコンビ」の販売に汗水流し、片や兵役明けたての冷めた面持ちでけだるさを漂わす。最初はこのコンビで車に乗って売り歩いていたが、別々に行動した方がよいだろうということで、片やバイクで奔走し、片や自転車でぶらぶらと売るに回る。

兵役明けの方の王(ワン)は、街で気になる少女を見つける。いつも黄色い帽子をかぶった少女小琪(シャオチ)である。貝殻細工を上げたりして、距離を縮めようとするワン。彼からはどうも働いているという風情が伝わってこない。いつもランニング一丁で小琪の様子をうかがっているような…。「お前、ロリコンなんか?」と聞きたくなるような(笑)。

物語の結末は凄まじい。街頭で「しあわせコンビ」のデモンストレーションを行うワンの同僚、林再發。ピンセットでデモ用の豚足の気を抜く小琪を、煙草をふかしながら見つめるワン。そして思い切って小琪の帽子をとるワン。「えっ、ええー!」な光景。一方の林再發も「しあわせコンビ」が大爆発して「えっ、ええー!」な血まみれの事態に。

日本製の圧力鍋「鈴木しあわせコンビ」は、販売員のコンビニ幸せはもたらさなかった…。という見方は、日本人的解釈だろう。ただ、どういう意図でこのネーミングになったのかは、原作者あるいは監督に聞いてみたいところではある。実に意味深なネーミングだと小生には思えたが、果たして…。

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3)台題『蘋果的滋味』 英題『The Taste of Apple』 邦題『りんごの味』
導演(監督):萬仁(ワン・レン) 言語:標準中国語、台湾語
演員(キャスト):江霞(ジャン・シャー)、卓勝利(ジュオ・シャンリー) 、顏正國(イェン・ジョンクオ)、蘇志賢、王惠君、丹陽、何台、石安如、姜慧姈

舞台は台北の貧民街。撮影地は林森北路南京東路の違法建築物群だという。1980年代初頭の台北にはまだあんなどん底の貧乏を画に描いたような場所があったということか。

この貧しいエリアで、貧しい暮らしをする一家のおとっつぁん・江阿發(演:卓勝利/ジュオ・シャンリー)が米軍の車に事故られる。時に1969年5月10日の早朝。まだ米国は台湾と国交があり、それこそ民国政府が「一つの中国」だった時代。民国政府も国連に加盟しており、一方で中共は非加盟国だったのだ。だから、米軍も台湾に駐留していた。そういう時代の話。

おとっつぁんには、妻と二男二女がいる。男の子二人は小学生。姉は家におり唖の妹の世話もしている。外事警察と事故を起こした米軍将校が訪ねて来るも、母親は台湾語しか話せず、警官の標準語を姉が台湾語に訳して母親に伝えると、母親はたちまち狼狽する。そりゃそうだ。この貧困の極みに大黒柱が働けなくなってしまうと4人の子供を抱えて路頭に迷うしか道は無い。ただでさえ、長男は授業料滞納で先生に絞られている最中だ。とにもかくにも、一家で病院へ向かうことに。

この先はまさに「災い転じて福となす」なエンディングを迎え、当時超高級フルーツだったりんごを家族でかじって笑顔があふれるのだが、米軍とこの貧民家族の描き方、台湾語の使われ方を問題視する密告が中國國民黨中央文化工作會宛にあったという。「削蘋果事件」と呼ばれるこの一件に関して、中影公司社長だった明驥(ミン・ジー)が奔走し、『聯合報』の記者、楊士琪が大きく取り上げ、大きな反響を呼ぶことになる。密書の出所とされる中國影評人協會は密告を一切認めていない。そういう曰く因縁付きの作品でもある。

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三作とも短編でありながらも、非常に強いメッセージを放っていた。まさに、ここから新しいうねりが始まるという熱量のみなぎる三話であった。

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そう言えば、この頃の台湾映画のオープニングタイトルは「丸ゴシック」が基本やな…。香港映画では見られない書体。なんかかわいい(笑)。

(令和3年7月21日 シネ・ヌーヴォ)


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