【睇戲】『青春神話』(台題=青少年哪吒)

月末までしばしヒマなんで、相も変わらずの「台湾傑作巨匠選2020」でシネ・ヌーヴォ通いを続ける。で、この日もまた蔡明亮監督作品を観た。しかしどの上映回も平日真昼間にもかかわらず、それなりにお客が入っているのには驚くばかり。ホント、皆さんお好きですわな(笑)。

青春神話 台題=青少年哪吒

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

台題『青少年哪吒』 英題『Rebels of the Neon God』
邦題『青春神話』

公開年 1992年 製作地 台湾
言語 標準中国語
評価 ★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督):蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)
編劇(脚本):蔡明亮

領銜主演(主演):王渝文(ワン・ユーウェン)、陳昭榮(チェン・チャオロン)、李康生(リー・カンション)、任常彬(レン・チャンビン)、苗天(ミャオ・ティエン)、陸弈靜(ルー・イーチン)

【あらすじ】

台湾の首都、台北を舞台に、一人の予備校生と周囲の人間関係を通して、現代の台湾社会を独特の抑制された形式で描いた青春群像劇。ツァイ・ミンリャン監督衝撃のデビュー作。<引用:シネ・ヌーヴォ『台湾巨匠傑作選2020』特設サイト

蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督のデビュー作。もちろん、いわゆる「三部作」の一発目。今や貫禄十分、熟年の域に達した李康生(リー・カンション)もどこかに幼さが残る。MRTの工事があちこちで進む台北の街は、道路工事現場だらけなのもよくわかる映像。小生が初めて台北を訪れたころの光景を思い出す。こういう街を撮った映画ってのも、結構貴重な歴史資料だわな。

本作のワンシーンだが、思い起こせば90年代の台北は、至るところこういう感じでMRTや道路拡幅の工事が行われていた

李康生が演じたのは、小康(シャオカン)。そして父親役に苗天(ミャオ・ティエン)、母親役には陸弈靜(ルー・イーチン)と、『』と同じ設定。住まいも多分、同じ。でも、『河』とは何の継続性もないまったく別個の親子である。でもやっぱりこの家庭も、親子間、夫婦間で問題を抱えている。そう言えば、小康が通う予備校って、多分、台北火車站の南側一帯の予備校街の一角だろうな、と察する。

そしてこの小康を軸とするストーリーと並行して、陳昭榮(チェン・チャオロン)演じる阿澤(アツー)と弟分の阿彬(アピン)、さらには阿澤の兄貴と関係持った王渝文(ワン・ユーウェン)演じる女性・阿桂(アクイ)の3人の物語が展開する。この二つのストーリーが、小さな接点を持ちつつも、濃密に絡み合うことなく別個に展開し、ときに大接近遭遇するという「距離感」が最初から最後まで保たれる。

この作品自体は阿澤たちの物語が軸として、最初は撮られたのかな?とさえ思うほど、阿澤と阿桂のツーショットや上の写真のように、夜の台北をバイクで疾走する阿澤たちの写真が非常に多く、小康の写真の数を上回っている。時代は90年代初頭。香港映画では劉徳華(アンディ・ラウ)主演のチンピラストーリーがヒットしていた。この作品にもそれを想起させるような、バイオレンスなシーンもある。蔡明亮はそこを狙っていたのか?そういうのを撮りたかったのか?ではないよな。そうならば別に小康ファミリーのストーリーはいらないもんな。

まだまだ子供の雰囲気を漂わせる李康生。この魚が美味そうだったww
この写真で小康が手に包帯を巻いているが、自分の部屋の窓ガラスを割ってケガしたから。その前段として、部屋に舞い込んできたゴキブリにコンパスの針を突き刺すという、なかなかの情緒不安定ぶりを発揮。テレビの前で振り返る母親は、民間信仰にはまっているのか、父親に「あの子は哪吒(ナジャ=道教の少年神、戦いに秀でている)の生まれ変わりだって」なんて言って、たしなめられたり。この方もちょいと精神の安定を欠いている。その父親だって家にいるときはやたら家族に怒鳴り散らかす…。「哪吒の生まれ変わり」なんて聞いた小康はいきなり奇妙な踊りを初めるわで、おいおい、この家、大丈夫かえ?と、心配になる(笑)。
この小康、なかなか悪い子で、親にこっそり予備校を退学してしまい、返還された授業料をくすねてしまおうとする。BB弾の拳銃を買う小康。何がしたいんだ、お前?ってとこだが…。

さて、一方の阿澤。公衆電話や自販機から小銭を盗んで、阿彬とゲーセンでコインゲーム三昧の日々。なんか可愛くないか?行動が(笑)。それがエスカレートして、ゲーム機の基盤を盗んで売りさばくという、ちょっと危ないことにも手を染める。水浸しの彼の部屋にいた兄貴の彼女、阿桂とイイ関係ができる。その兄貴とやらは、映画には出てこない。しかし、この作品も前日に観た『河』も、水浸し状態の好きな監督である(笑)。洗濯機の横の排水溝がどうやら詰まってるらしんだが、始末の悪いことに、これがある時は水が引き、また詰まるという具合で、どうにも心地がよろしくない。その意図するところは何なのか?凡人の極みたる小生に理解することなど、到底無理だ(笑)。

小康の父親はタクシー運転手。ある日、街をぶらついていた小康を見つけた父親、まあ乗れと。信号待ち。たまたま横に来た阿澤と阿桂の乗ったバイクとトラブル発生。腹いせにサイドミラーをたたき割る阿澤。小康と阿澤、全く面識なかった二人がここで最初に交わる。と言っても、意識していたのは終始、小康であって、阿澤は小康のことなど街行く「その他大勢」の一人でしかない。この意識の違いが作品を面白くしている。

まあフルーツでも食えよと父親。なんかこのシーン、『河』で朝飯を食う父と子の場面に通じるものを感じた。いずれにしろ、小康は無口すぎるくらい無口だw

奔放に自由に青春を謳歌しているかのような阿澤に興味を持ち、阿桂にも一目惚れ?してしまった小康。阿澤を目の敵のように思い始め、行動を追ったりもするようになる。予備校辞めてヒマやもんな(笑)。もちろん阿澤たちがゲームにいそしむゲーセンにも通い始め、ほとんどストーカーの様相を呈してくる。

ゲーム機が時代やねw。ジェームズ・ディーンのおなじみのポスターが印象深いシーン

ストーカー・小康は、阿桂が働くローラーディスコ(懐かしい!)も突き止め、スケート靴を貸し出してもらうだけなのに、なんかヤバい感じを醸し出す。でもなんかわかるな。小生もかなり屈折した性格だっただけに、こういう場面ではジーっとスケベな目つきで見つめるのが関の山なのだよ(笑)。

授業料の払い戻しに成功した小康。だが、怒り狂う両親に締め出しを食らってしまう。行き場を無くした彼は、なんと、阿澤と阿桂が入った向かいのホテルに部屋を取る。『河』でもそうだったが、彼はたいてい室内ではランニングと白ブリーフという脱力感たっぷりのいでたちである。深夜、雨の中、小康は阿澤のバイクをこれでもかとばかりに叩き壊す。朝…。無残な姿になったバイクを見て、何が何だか状態の阿澤をあざけ笑うかのように、路上に赤いスプレーで「哪吒在此(=哪吒見参)」の文字。実にあの時代の不良的行為で笑ってしまうww。笑ったのは窓から様子を眺めていた小康ももちろんで、してやったりとばかりにベッド上で飛び上がるのだが、勢い余って天井でゴツン(笑)。

なんともやりきれない、そして怒りに満ち溢れた表情で、壊れたバイクを押す阿澤を遠巻きに眺めるように、交差点を何周も回る小康。最後には阿澤に近づき「手伝ってやろうか?」と声をかけるも「お前にカンケーねぇだろ!」と阿澤。してやったり感にひたる小康。二人が最接近し、会話を交わしたのは、後にもこの場面だけ。ってことで、映画はこれで終わるかと思いきや、もう一幕…。

この場面、結構好きだな~

阿澤&阿彬、盗んだ基盤を売りに行った相手が悪く、追いかけられて、逃げ遅れた阿彬は袋叩きに遭う。血まみれの阿彬。こういうバイオレンスなシーンは、この監督の作品にしては非常に珍しい。というか、ここの場面くらいじゃないかな…?瀕死の阿彬をなんとか部屋に連れ戻す阿澤。

その時にタクシーを使うんだが、これが小康のお父ちゃんの車。サイドミラーをたたき割られた車に叩き割った奴が血まみれの男と乗り込んできたというわけで…。もちろん、双方ともにそんな事件の相手だとはまったく知らない。付け狙ってある意味「復讐」した小康がこの客のバイクをぶっ壊したことも、当然、お父ちゃんは知らない。うううん、なんか色々と交錯していて面白い場面だな…。瀕死の阿彬には悪いけど…。

そしてやっぱり排水溝が詰まって水浸しの部屋…。最後に「女が抱きたい」という阿彬を抱いてやる阿桂は「この街を出たい」と言う。

テレクラに行くも、何もせず夜の街に紛れる小康。

狭い世界で行き場のない4人の青春の日々は、この先どうなってゆくのか…。終わり方があまりにも多くのことを観客に問いかけているようで、終わった瞬間に「ふぅー」っと一息つきたくなった。やられましたね、蔡明亮と彼が描き出した4人の若者に。そして金馬獎で栄冠を勝ち取ったあの変な主題曲にも(笑)。

小康が無口すぎるくらい無口なのは、この作品が映画初出演でまだまだ素人に域だったこともあるだろうけど、そういうキャラが初出演作品でしっかり確立されたことで、彼のこの後の映画人生が拓けてゆくのだから、わからんもんだな。それにしてもデビュー作でこのインパクトを残した蔡明亮が引退状態にあるというのがなんとも勿体ない。今の台北をどんな風に撮るのか、見てみたいのだけど…。やりませんかねぇ。

個人的には、90年代の若者のファッションや、今のようなシュッとした大都市になる寸前の工事真っただ中の台北の街を、非常に懐かしい思いで観ることができたのもよかった。いやほんと、ダサい街だったよな、何もかもが(笑)。

受賞】
《第29届金馬獎》
最優秀映画音楽賞:黃舒駿(ジェリー・ホァン)
《第16回東京国際映画祭》
ヤングシネマ部門ブロンズ賞
《1993年トリノ映画祭》
最優秀新人監督賞
《1993年仏ナント三大陸映画祭》 
最優秀処女作

【ノミネート】
《第29届金馬獎》

最優秀監督賞、最優秀主演女優賞<王渝文>、最優秀オリジナル脚本賞、最優秀編集賞

(令和2年11月18日 シネ・ヌーヴォ)



 


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