【睇戲】『愛情萬歳』(台題=愛情萬歳)

ため息の出た『青春神話』に続いて、この日二本目を観た。やはり蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督作品。

愛情萬歳 台題=愛情萬歳

愛情萬歳』は小生にとって忘れられない一作。香港に生活の場を移し、まだ住むところも決まらず、とりあえず奉公先が手配していた謝菲閣(Jaffe Court=現・香港芬名酒店/The Fleming Hong Kong)なる、今で言うサービスアパートメントのようなホテルに滞在していたのだが、その時に「とりあえず今度の日曜は映画でも行こうか」と新聞をパラパラ眺めていたら、宿から徒歩数分の香港演藝學院で、「話題の作品上映会」みたいなんがあって、その日の上映作品が『愛情萬歳』。台湾映画だけど、まあええかと観に行ったら、これがツボにはまる作品で…。観れば観るほどに、いかにも香港演藝學院好みの作風と言うか…。いやはや、これこそまさに「天の配剤」と言うべきか。

まあそんなわけで、小生の香港生活最初の娯楽となった、記念すべき作品なわけでありんす。今回、20ン年ぶりにスクリーンで鑑賞ということに。めでたし、めでたし、という次第なり。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

台題愛情萬歳
英題Vive l’Amour
邦題愛情萬歳
公開年 1994年
製作地 台湾

言語 標準中国語
評価 ★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督):蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)
編劇(脚本):蔡明亮、蔡逸君、楊碧瑩

領銜主演(主演):楊貴媚(ヤン・クイメイ)、李康生(リー・カンション)、陳昭榮(チェン・チャオロン)

【あらすじ】

現代の台北を舞台に、孤独な男女3人の生き方を、冷徹なカメラワーク、極端に少ない台詞、一切の音楽の助けを借りない俳優たちの陰影豊かで繊細な演技など、抑制された演出でつづった人間ドラマ。<引用:シネ・ヌーヴォ『台湾巨匠傑作選2020』特設サイト

いわゆる蔡明亮の「三部作」で一番好きな作品。何気に馬鹿々々しく、さりとてギャグなど一切なく、色んなテーマを直球でバシバシ投げ込んでくる。と言うには、長回しが多用されていて、退屈を感じる人も多いのかな…。小生は言われているほど長回しは気にならなかったし、セリフも最低限、音楽もほぼ無しという状態も、後で言われて「ああ、そうやったかな?」って感じだった。

結局、この「三部作」では李康生(リー・カンション)はずべて小康(シャオカン)という人物だったんだが、1作目『青春神話』と3作目『』が家族間に大きな溝がある家庭の一人息子という設定で、今作はその家庭は見えてこない。見えてこないけど、その家族関係や親子関係は「楽しい」ものでもなさそうな気配は感じた。ま、感じただけだが…。それは恐らく、小康というか李康生本人が醸し出す空気にそれを感じたからなのかもしれない。蔡明亮はそこをうまく捉えて、出来上がってみれば「三部作」と言われるような「シリーズもの」的作品群となったんだろうなと思えた。

まあしかし、この三作、ほんと水の場面が多い。今作も小康が鍵を手に入れて忍び込んだ物件で気持ちよさそうにジャグジーに浸かっていたりシャワーを浴びたり。小生は20数年前に香港でこの作品を初めて観たときに、李康生ってなんだかセクシーな奴やなと感じたものだ。まだ少年の名残を感じさせる鍛えぬいてはいない、ナチュラルボディにセクシーさを感じたのかも。だが、何と言っても、そんなシャワーシーンの裸体よりも、あの憂いを帯びた目つき、若い割にはどこか疲れた表情にセクシーさを一層感じるのだ。

なんとも気持ちよさそうな表情でありますw

小康はロッカー式の納骨堂のセールス。こういう「屋内墓」って日本だけと思っていたら、あったんだよ、台湾にも。ま、冴えないセールスだわな、小康も。そんな冴えないセールスマン、小康がとある高級マンションに届け物をした際、偶然同じフロアに鍵がささったままのドアを見つけ、鍵を抜き取る。この間、長回し。賛否分かれるシーンでもあるが、小生はまったく気にならず。

夜、再びこのマンションにやって来た小康、やることは一つ。この部屋に忍び込む。「売り物件」なのか「賃貸物件」かは知らないが、部屋にはベッド。何をするやらと思いきや、ナイフで手首を切り始める。

見てすぐわかるが、彼はかなり内向的で人見知りの激しい性格のようである。会社で孤立するタイプの奴。セールスとは言え、積極的に売り込みをかけるわけでなく、やることは屋内墓のチラシのポスティング。そんな日々の仕事に嫌気がさし、自殺を図ったんだろう。ただ、中々踏み切れずに逡巡する。

そこへ、この部屋の担当らしき不動産屋の女性販売員の楊貴媚(ヤン・クイメイ)演じる美美(メイ)と、陳昭榮(チェン・チャオロン)演じる露天商の阿榮(アーロン)がやって来た。小康は自殺どころじゃなくなり、すかさず隣の部屋に隠れて覗き見開始。手首から血を流しながら(笑)。

陳昭榮は前後の二作と雰囲気が違う。前作『青春神話』ではしがないチンピラ、次作の『』は出番が少なかったが、ゲイのお兄さん。今作では黒い革ジャンにサラサラの黒髪が似合うイカしたあんちゃん。どの顔もいいが、小生は今作が彼に一番合ってるような気がしたが、ま、そこは人それぞれ、好き好きですな。

二人は出会ったばかりだ。カフェでコーヒーを飲んでいたと阿榮がの隣のテーブルに座っていた美美に誘われ、速攻で部屋に。そして無味乾燥なセックスへと…。小康が手首から流れる血を抑えながら覗き込んでいるも知らずに(笑)。ちなみに、一瞬の出番だったけど、カフェのおばちゃんは前後の二作では小康の母親役の陸弈靜(ルー・イーチン)。今回のプログラム、ほんとよく陸弈靜を見る。

前述のように、日々に嫌気がさしていた小康にとって、この部屋に忍び込んで過ごすひとときは、安らぎの時間だった。ジャグジーでくつろぎ、部屋にあった女性ものの服を着て女装したりと、それなりに楽しく過ごすようになる。

実は、阿榮もこの部屋の鍵を盗んで合鍵を作っており、部屋に入り浸るようになっていて、やはり日常を忘れるための空間として活用してたのだ。

女装シーンは、実は終盤のベッド上のシーンへの伏線なんだろうなと、帰宅して色々思い出すうちに「はは~ん」となる鈍感な小生(笑)

美美は美美で疲れる毎日。これまた物件の買い手がつかず、マンション売り出しの看板を設置し、セールスの電話をかけまくるだけの日々。美美もまた、そんな疲れた自分が癒される場として、この部屋を訪れるようになっていた。

というわけで、三人のだれとだれが鉢合わせるかわからない状況で、ちょっとしたスリリングな場面もいくつかあるんだが、香港で初めてこの作品を観た時、香港人の観客は結構盛り上がっていたなあ。

そしてついに、小康と阿榮の鉢合わせ。警戒し合いながらも距離が縮まってゆくのがわかる。美美が部屋にやってきて、二人で脱出するシーンもなかなか面白し。すっかり打ち解けたのか、一緒にドライブに出かけたり、屋内墓の見学に行ったり、鍋をつついたり、…。えらい近づきようだ。

ほとんど「納骨ロッカー」って感じだな、これ
お互いに自己紹介しちゃったり(笑)

ある夜、小康がベッドの上でシコっているところへ、阿榮が美美を連れて来る。慌ててベッドの下に隠れた小康は、上で二人がエッチする声とベッドの軋む音を聞きながら、自分もイッちゃう(笑)。このシーンは、香港では一番盛り上がった。みんな声に出してゲラゲラ笑ってた。小生も笑ってた。それがなんか香港に「仲間入り」したという気分でもあった。

ベッドの上で繰り広げられる「あはん~」な一方で、自分も自分で果てたww

そして翌朝。

小康は阿榮の寝顔を見て、居ても立ってもおれなくなる。「え?こいつ、実は同性愛者やったん?」てなもんだ。だからさあ、色々伏線あったでしょ。特に女装シーンなんかで気づきなさいってもんだわな(笑)。あと、前夜、阿榮と美美がエッチしてるベッドの下で、シコって果てた時、彼は何を頭に浮かべながらイッちゃったのか?そこをちょっと考えれば…。ねぇ。で、小康、阿榮にこっそり気づかれないように口づけするのである。どういうわけか、ちょっと切ないものを感じたな…。なんでだろ?やっぱ、あの表情だな、きっと。

香港で観た時には、ワーワー、キャーキャーと大騒ぎだったわな、このシーン

爆睡する阿榮の横で目覚めた美美だが、なんで好きでもない、どこのだれかも知らない男とセックスしてしまったのかと、自分に嫌悪感を抱きそして絶望し、三人が個々に、勝手にくつろぎの場にしていた部屋から出て行く。夢遊病のように街や造成中の公演を泣きながらさ迷い歩く。ベンチに腰掛けて、泣き続ける…。

この造成中の公園、見たらわかるな。大安森林公園である。かつて近くに友人が住んでいたので、わかった。と言うか、台北市内にこれほど大きな公園はここくらいしかない。造成前は「泥公園」と呼ばれたほどに、水はけの悪い土地だったとのことだが、今や立派な公園に生まれ変わっている。この公園がこういう状態なことで、台北のいつの時代の映画なのかがわかる。小生はそういうのを観るのも好きだ。

しかし、美美、こんなに泣き喚くほどのことなのか?

香港生活を始めて、最初に香港で観た映画ということもあって、思い入れも強く、それだけに「三部作」の中では一番好きな作品なんだが、ストーリー的にはちょいと落ちるかな、前後の二作よりは。ただ、李康生演じる「小康」像というのは、この作品で明確なものになり、以降につながってゆくようになったんじゃないかと思うと、それはそれで大変意義深い作品だったんだと思う。あと、繰り返すがこの「三部作」ではいずれも90年代の台北の懐かしき光景の数々を観ることができる。そこも個人的には大いに喜ばしいものだった。

急速に変貌する台北の片隅の若者の閉塞感を見事に映像化した手腕に、このCOVID-19の今を撮ってほしいものだが…。あきませんか、やってくれませんか…?

【受賞】
《第31届金馬獎》
最優秀作品賞:『愛情萬歳』
最優秀監督賞:蔡明亮
最優秀録音賞:楊靜安
(ヤン・チンアン)
《第51回ヴェネチア国際映画祭》
金獅子賞、国際映画評論家賞
《1994年仏ナント三大陸映画祭》
最優秀監督賞、最優秀男優賞

【ノミネート】
《第31届金馬獎》
最優秀主演男優賞<李康生>、最優秀助演男優賞<陳昭榮>

(令和2年11月18日 シネ・ヌーヴォ)



 


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