【香港「人民公社」閉店に思う】香港社会を覆う「自己規制」、「自己検閲」

先日、『産経新聞』のWEB版で、「共同通信」の配信記事という形で、次のニュースが目に入ってきたので、以下に引用しておく。共同信なので他紙も同様の記事。最近は、香港ネタと言えばこの手のものしか関心がないのだ、我が国では…。その都度思う。「そんなに香港が不幸になるのが楽しいっすか?」と。実際には、楽しいハナシもそれなりにあるんだけどねぇ。

『香港の禁書カフェ閉店 客激減、経営立ちゆかず』

【香港共同】中国本土の禁書を扱っていた香港の繁華街コーズウェイベイ(銅鑼湾)のブックカフェ「人民公社」が閉店したことが13日、分かった。ここ数年客が激減したことに加え、良質な禁書も減り、経営が立ちゆかなくなったため昨年末に閉店を決めた。経営者の鄧子強氏が明らかにした。
香港の禁書書店を巡っては、2015年に「銅鑼湾書店」の関係者5人が失踪する事件が起きている。5人は後に中国当局の調べを受けていたことが分かり、同書店は閉店に追い込まれた。銅鑼湾にあった「内部書店」も昨年11月までに、賃貸契約満了を理由に閉店した。
人民公社は約15年前に開店した。 『産経ニュース』2018.5.13 17:25付

「人民公社」とは、なんて素敵で洒落っ気のあるネーミングだろう。

以前小生が奉公していた公司が入居するビルの正面にあり、当時から存在は気になっていた。っていうのは、看板に堂々と「禁書」を謳っていたからである。「一度は入っておかねば」と思いながら、いつの間にか小生も彼の地から撤退してしまう。

昨年2月の里帰りで、その挑発的な看板が健在なのを発見。「おお~、同志!」という感じで、写真を撮ったのがこの一枚である。

看板には「禁書 奶粉 咖啡」とある。禁書以外には粉ミルクなんぞも商い、カフェも備えていたようで、香港で粉ミルクを買い漁る爆買い大陸観光客にも、「禁書」を手に取ってもらえたらという目論見もあったんだと思う。

粉ミルクを買いに行ったら、「あらまあなんと、絶対に大陸で入手できない『禁書』がずらりと並んでるべぇ、こいつぁー興味津々!」と、興味深く読んでいた大陸人も多かったんじゃないかと想像するが、上述のように、訪問が叶わなかったため、実像はわからない。その里帰りの時だって、色々とスケジュールが立て込んでいたので、前を通りすがっただけで、店自体には訪れていない(笑)。今から思えば、覗いておけばよかったと、後悔先に立たず、ってな状況である。

ところで、「禁書」と一口言うが、当然ながら玉石混交で、「トンデモ本」の類も決して少なくはない。仕事帰りに時々立ち読みに訪れていた「銅鑼湾書店」とて、同じことだった。ただ、中には「玉」の類の本もあるわけで、それもこれも含めての「禁書」扱いということだが、ここまでやいやいとうるさくなったのは、習近平体制になってからだと記憶する。

江沢民時代、胡錦濤時代ともに、もちろん多くの香港での出版物、新聞は大陸への持ち込みは禁止されていたが、「銅鑼湾書店事件」のように、中国公安が香港にまで出張って、関係者を事実上の「拉致」しちゃうようなことはなかった。その点で言うと、習近平という御仁は、相当な粘着質もしくはチキン野郎なんだろうと推測するが、会ったことないから、何とも言えない(笑)。

「人民公社」は、銅鑼灣書店のような最悪の事態になる前に店を閉めたのか、本当に売れ行き不振で経営に行き詰ったのか、真相はわからないが、どちらの理由にしろ、この手の出版物の流通が香港では、ままならなくなったことを表しているには違いない。

「銅鑼湾書店事件」以降、香港では言論、表現、報道への締め付けが急速に強まっていると言われている。もちろん締め付けているのは、中央政府なのだが、「触らぬ神に祟りなし」とばかりに、必要以上の「自己規制」と「自己検閲」をかけているのは、香港社会そのものではないだろうか。言論空間のみならず、香港社会全体にそんな空気を感じる。まあ仕方ない。中国は香港を自由や民主の一大拠点にするために回収したのではなく、まったくその逆なのだから。深圳など、香港の経済力を上回る都市が出現しているのだ、経済的に「生かしておく」必要もほとんどなくなりつつあるわけだし、好きなようにやるよ、ということだ。拙ブログで繰り返して言ってきたが、「返還」とはそういうもんだ。

で、そんな中で起きた「銅鑼湾書店事件」の衝撃は、香港市民を震撼させ、委縮させてしまうに十分なものだったったんだろう。昨年7月の返還20周年関連の拙ブログでも、触れているので是非、ご覧いただきたい。我ながらよくまとめていると思う(笑)。

大陸では発禁となっているオピニオン誌『前哨』の編集長、劉達文やその姉の言葉が印象的だ。

彼の姉は言う。「『銅鑼湾書店事件』以降、怖くて仕方ない」と。そして劉達文は言う。「『銅鑼灣書店事件』以降、国家機密などに関する本の出版を敬遠する風潮が強まった。ウチの社員も恐怖に怯えている」

そういう意味では、中央の、いや習近平の大勝利と言えるだろう。香港の「自由と民主を愛し、平和と自由を求める」一派からすれば、「習のチキン野郎、やりやがったな!」ってところだろう。

もはや、衝撃を感じることすらなくなった人民公社閉店ではあったが、やっぱりなんとも残念な出来事である。「香港の言論の自由がどーしたこーした」よりも、自分の日常の記憶から、懐かしい場所がまたひとつ消されてしまうのだから、こんないたたまれない話はないではないか。


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