【上方芸能な日々 文楽】平成29年夏休み特別公演<2>

人形浄瑠璃文楽
平成二十九年夏休み特別公演
<第二部 名作劇場>

夏休み公演、第二部は『源平布引滝』。第一部は不満タラタラだったが、この演目なら、大した不満は噴出しないだろうから安心だ(笑)。

源平布引滝(げんぺいぬのびきたき)

■初演:寛延2年(1749)11月 大坂竹本座
■作者:並木千柳、三好松洛 合作

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三段目「九郎助住家」(実盛物語)の上演が多いので、『源平布引滝』≒「実盛物語」という感じになってしまっているが、実のところ、「で、なんでこうなってるわけ?」っていうのが、どうしても番付の「これまでのあらすじ」だけでは明瞭になってこんかったためか、ええハナシの割には、消化不良気味な見物後の気分を味わっていたので、「実盛~」の前段となる部分を見物できるというのはうれしい。仮に、これ1回きりしか機会がなかったとしても、「1回でも見ている」というのは「まったく見たことがない」とは雲泥の差で、次に「実盛~」を見物した時に消化不良を感じなくても済むというものだ。って言いながら、何十年も前に観ているかもしれないし(笑)。

「義賢館の段」(よしかたやかたのだん)
記憶違いが無ければ、これは初めて観ることになるはず。歌舞伎では「義賢最期」として上演されているが、文楽で観たことあったかな…。忘れた(笑)。
中:靖、錦糸
奥:咲甫、清友
源義朝の弟、木曾先生義賢(きそのぜんじょうよしかた)の館にて、義賢の娘・待宵姫が、継母の葵御前が懐妊し、臨月近しという体調を労わる場面から始まる。で、ここに「実盛物語」の主要人物たる九郎助、小まん、太郎吉が登場し、「実盛~」へ発展してゆく物語の発端のような形で、進んでいく。こういう具合に、順を追って見せてくれると、よくわかるのよ(笑)。ポイントは「源氏の白旗」。で、ここで出てくる折平(実は多田蔵人行綱)も頭に置いておくと、8月の「素浄瑠璃の会」も理解が深まるという仕組みである(偶然だろうけどw)。

靖太夫に期待したのは言うまでもないことだし、実際、よかったのだけど、それ以上の「何か」を感じることができないまま、盆がくるっと回ってしまった。壁に突き当たっているのか、それともこの段が合わなかったのか、小生の鑑賞力不足なのか…。三つ目の理由であればOK。まあ、多分そうだろう(笑)。

一方で咲甫はすンばらしい。もはや「清友はんの三味線に引っ張ってもらった」という段階ではないだろう。めまぐるしく展開する段切りをトトトーンと語ってゆき、義賢の人物像もよく伝わってきて、「ああ、なんと親切な語りよなぁ」と感謝したいほどだった。要は作品がそういうように書かれてあるっちゅうことなんやけど、決して「並木はん、三好はん、うまいこと書いてはる!」という意味の拍手ではなく、あくまでも咲甫の語りと清友の三味線への称賛の拍手喝采となったのである。

「矢橋の段」(やばせのだん)
亘、錦吾
というわけで、源氏の白旗を託された九郎助の娘にして、折平の婿にして、太郎吉の母である小まんは平家方の追っ手に追いつかれ、振り払うために琵琶湖に飛び込む。床は御簾内で短い段だったが、ご見物のウケは良く、御簾内に向かって拍手を送る人多し。上手い下手でなく、伝えようという心が客席に響いたのだと思う。

「竹生島遊覧の段」
津國(実盛)、南都(小まん)、文字栄(左衛門)、碩(忠太)、希(宗盛)、清馗
ここに、斎藤実盛が登場して後段の「実盛物語」への準備が整う。「実盛~」で源氏の白旗を持った腕、つまりは小まんの腕が発見される経緯はこういうことか、とようやく理解に至る。何十年も文楽に通っていながらここに至って「ようやく」とは、甚だ恥ずかしき限り。いかにぼや~っと観ていたか聴いていたかということだ。

で、手元の番付を探してみるとや…。ややっ!平成23年の4月公演、綱大夫改め源大夫襲名&清二郎改め藤蔵襲名披露公演で、この段、ちゃんと観ておる(笑)。一事が万事、こういう塩梅である(笑)。
その際、実盛を松香はんが語ったのだが、松香はんは引退し、今回は津國はんで。まあ、名前に「実」が付くくらいだから実直な人間ではあるわな。そこは津國はんでよかったのだろう、聴きやすかった。その他の方たちは、いつも通りで特に「ほー」と唸るようなものはなかったが、やはり新弟子の碩太夫に目が耳が行ってしまう。語る時間はほんの少しだが、実に久々に期待の新人太夫登場で、師匠の教え通りに正確にやってるなぁというのがわかる。

「九郎助住家の段」
中:希、寛太郎
次:文字久、團七
切:咲、燕三
奥:呂勢、清治
この段は、文楽はもちろん歌舞伎でも何度も観てきた段で、目新しさはないが、やっぱり太郎吉に感激してしまう、いや感動か。もう、こういう子供の人形は、蓑太郎で固定みたいな感じになってるが、彼のキャリアならもっと他の役もあるんやないかと思う。どうなんやろ、そこらは。
まずは、希と寛太郎で始まる。希はそれなりに。寛太郎は「さあ、希さん、こっちですよ!」って感じで弾いているのに、いまひとつ希が乗ってこない。そんな感じで、お互いが「我が道を行く」って雰囲気。まあ、それもアリか。
その点、文字久はんと團七師匠は、安心の領域。斎藤実盛と瀬尾十郎に力強いものを感じた。ここで、瀬尾の人物像をきっちり描くことで、後の「モドリ」が生かされる。
切は咲さんと燕三はん。太郎吉の

「ヤイ侍。よう母様(かかさん)を殺したな」「母様呼んでこの手をば、骸へ接いで下され」「コレなう母様拝みます。無理も言ふまい、言ふ事聞こかう、物言ふて下され。祖父様詫び言して下され」

で、グッと胸が詰まる。
呂勢、清治で奥。以前にもこのコンビでこの場を聴いたが、なんだか前回の方が印象深いものがあったような…。ま、舞台はナマもんなので、それはそれとして、太郎吉が、木曾義仲が忠臣の一人、手塚太郎光盛となるシーンには、文楽でも歌舞伎でも毎回ウルウルしてしまう。瀬尾が絶命の直前に、

「なんと葵御前。これで太郎吉は駒王殿の、ご家来にならうがや。………成人を待たずともの、コレ召し使はれて下さりませ。…(小まんが自分が捨てた実の娘であり、太郎吉は孫だと告白し)…。サア瀬尾が首取つて、初(うい)奉公の手柄にせよ」

と言うシーンな。
「えええーーー!?」と色々突っ込みたい話ではあるが、そこは義太夫節である、人形浄瑠璃である、「ああ、ようできた芝居やな」と素直に感心すれば、「来てよかった」と思いながら、隣のたこ焼き屋でチケット半券見せて割引でたこ焼き食えるわけである(笑)。すべて目出度し目出度しである。

人形は、最後のシーン、馬にまたがる実盛の玉男はんがかっこいい。あれは足遣い、左遣いもなかなかの熟練工じゃないかな。清十郎はんは相も変わらずしゅっとしていて、よかった。瀬尾の玉也はんも力強かった。という具合に、いつもながら充実の人形チームであった。

(平成29年7月30日 日本橋国立文楽劇場)




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