【上方芸能な日々 歌舞伎】當る酉年 吉例顔見世興行〈其壱〉

歌舞伎
當る酉年 吉例顔見世興行
五代目中村雀右衛門襲名披露

南座にまねきが上がるとその夜のニュース番組で必ず「都路に年の瀬を告げる…」というフレーズで報じられてきた顔見世だが、今年はその南座が耐震改修工事の調査中とかで、初めて鴨川の西側での開催となった。場所が花街のど真ん中、先斗町の歌舞練場というのがいい。これが大阪だと、こうしてほぼ1カ月にわたって歌舞伎を打てる劇場が松竹座以外にない。発祥の地の一つでありながら、なんとも情けない話である。

先斗町歌舞練場という非常にレアな空間での見物、そして大阪松竹座の七月大歌舞伎で拝見した五代目雀右衛門の襲名披露をまたもや拝見できるというわけで、行かないわけがないよな(笑)。

しかしチケットが取れない。毎度のことだが、今年はとくに「歌舞練場人気」と第二部にどういうわけか人気が集中して例年に増してのチケット争奪戦。ま、なんとか1部と2部のチケットを同日に抑えることができ、3部も後日ということで全演目を見物できるに至った。日ごろの行いがよいからこうなるのである(笑)。

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三条大橋のたもとには、東海道を旅してきた弥次さん喜多さん。お疲れでした!
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歌舞練場正面には「興行まねき」だけが上がる。役者のまねきは南座に上がっている
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昭和40年代の田舎の映画館の入り口みたいな正面。それにあわせて興行看板も小ぶり
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顔見世お馴染みの、御贔屓や奇麗どころから贈られる「竹馬」もきちんと建てられていた。こういうのを眺めるのも顔見世の楽しさのひとつ

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img_3606第一部のお座席からの眺め。
2階桟敷席。ここしか空いてなかった。おざぶに座っての芝居見物は乙なものだが、花道は足元にあって覗き込んだところで役者の頭しか見えないし、あんまり覗き込みすぎて転落して恥ずかしい。

そんなわけで、頭上にはモニターが設置されているわけだが、運悪く、2画面あるモニターの丁度真ん中の席だったため、これすらちゃんと見えず、すんごく損した気分。でもまあ、こういうレア空間で芝居見物なんてのも先斗町歌舞練場だからこその経験。まあ、よしとしよう。

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これがそのモニター。「ナマの芝居」を見物に来たのに足元で繰り広げられる芝居をわざわざ上向いてモニター画面で観なけりゃならんというのは、やっぱりちょっとねえ…。せっかく間近で役者が観られる空間だというのに。

文句はこの辺でおいておき、芝居の話に移るとしましょうか。

<第一部>

源平布引滝 実盛物語

■初演:寛延2年(1749)11月・大坂竹本座で人形浄瑠璃、宝暦7年(1757)9月・大坂角の芝居で歌舞伎
■作者:並木千柳、三好松洛合作

九郎助住家の場
歌舞伎では「実盛物語」、本家の人形浄瑠璃では『源平布引滝』の「九郎助住家の段」。文楽では何度も観ているが、歌舞伎は初めてかもしれない。ただ、文楽での「予習」が行き届いていたので、話にはすんなり入って行けたし、何と言っても竹本の浄瑠璃がよく理解できたのは、文楽のおかげ。

実盛が愛之助、瀬尾が亀鶴、葵御前に吉弥など配役もよし。松之助、友右衛門も脇を固め盤石布陣が安定の舞台を見せる。でも、この段で一番好きなのは、太郎吉が実盛に向かって、

サアこれから俺は侍。侍なれば母さまの敵、実盛やらぬ

と詰め寄るこのセリフ。歌舞伎は子役がやるわけだが、この日の子役君、たいへんよくできました。

それと瀬尾のいわゆる「戻り」。自分の首に刀当てて、孫の太郎吉に斬らせる場面。あそこも胸いっぱいになった。鶴亀もああいう分厚い芝居をするんだなと。

仮名手本忠臣蔵 道行旅路の嫁入り 劇中にて襲名口上申し上げ候

先日文楽で、加古川本蔵が虚無僧となって山科に現れるに至る前段たる『増補忠臣蔵』を見物したが、その直後に「道行」を歌舞伎で観られるというタイミングの良さったらもう。

本来は義太夫ものだが今回は常磐津バージョンで。文楽とはまた違う楽しみ方ができる。どっちがどうというハナシではない。もとの脚本がよくできているから、どんなやり方でも客がたのしめるようになっているのだ。

戸無瀬を藤十郎、小浪を五代目雀右衛門で。今更この二人の芸があーだこーだ言う必要はなく、ただただ舞の美しさに引き込まれるばかりなり。劇中の襲名披露口上は藤十郎と雀右衛門二人で行われた。なるほど、こういう具合にやるのかと。

今年の顔見世は初の三部制。あっと言う間に第一部が終わり、ちょいと物足りなさも。外でタバコ1本吸ってるうちに、さあチケット争奪戦熾烈極めた第二部の入場が始まった。

img_3617第二部のお座席はここ。なんと鳥屋の真横という絶好のポジション。南座などでは客席の一番後方に鳥屋があるが、ここ先斗町歌舞練場は甲部歌舞練場もそうだったが、客席の中ほどに鳥屋があって、なにやら出番準備にあわただしい様子なんかもチラチラと聞こえたりして興味深い。もちろん、引っ込みの場合には役者が目の前へやってくるわけだから、そりゃもう大興奮。第一部のリベンジ果たした気分だった。

チケットがまったくといっていいほど取れない第二部。どうも転売屋が大量に買い込んだようで、転売サイトを見れば滅茶苦茶な値段で売られていてムカつく。要はダフ屋がこっちに乗り換えただけの話で、転売サイトは今じゃダフ屋の収入源。なんか手が打てないのかね…。

<第二部>

菅原伝授手習鑑 車引

文楽では「車曳の段」、『菅原~』では一番好きな場面。
鴈治郎の梅王丸に愛之助の松王丸、孝太郎の桜丸となれば評判となるのも無理はないが、それにしてもチケット瞬殺はおかしいやろってもんだわな。

三人三様、それぞれが「ニン」をうまく役に生かして良い車引だったが、その分、時平の市蔵に悪のオーラが不足していたようにも見えた。文楽みたいに「どうだまいたっか!」ってな高笑いはしないのね。

それにしても愛之助は、すっかり大看板になったなあ。第一部で実盛、ここで松王丸と、ここまでは愛之助のための顔見世みたいな様相無きにしも非ず。雀右衛門襲名も霞んでしまうようなねえ。顔見世とは「来年はこのメンツが中心にやっていきますよ」みたいなもんだから、来年の上方歌舞伎は愛之助中心に回っていくということかな?

夕霧伊左衛門 廓文章

吉田屋 劇中にて襲名口上申し上げ候
7月の松竹座における雀右衛門襲名狂言の『夕霧名残の正月』は、『廓文章』の元になった舞踊劇ということらしいが、「夕霧もの」としてはこっちの吉田屋の方が格段に好き。あっちは亡き夕霧を偲ぶ落ちぶれた伊左衛門だったが、こっちは勘当が解かれて身請けもできてハッピーに正月を迎えられる目出度し目出度しの幕切れ、観ていて楽しい。

劇中で吉田屋おさきの秀太郎から襲名口上を促す一言があり、仁左衛門、友右衛門らも加わって賑々しく口上。

三升曲輪傘売

およそ10分ほどの幕だったが、堪能できた。歌舞伎入門としても最適、舞台も美しいし、音楽的にも華やか。追い出しとして最適。とにかく観ていて退屈しない。
初演は平成27年10月というからほぼ1年前という新作だが、二百年以上やってますと言われても不思議でない「古典の味わい」を感じさせる。
昨年の初演時も海老蔵が傘売りに身を窶した石川五右衛門を演じた。大小さまざまな傘で捕り手を幻惑する様は、「手妻」を見ているかのごとき。華のある役者ならではの舞台。

■◇■

三部制ってどうなのかな?
と、いささか疑問な顔見世だが、何度も言うが先斗町歌舞練場というレアな空間での芝居見物という点では、今後あるかないかの貴重な経験をできて大満足。入り口で御贔屓筋の出迎え見送りに立つ愛之助夫人すなわち藤原紀香にも会えて結構舞い上がっていたわけだ(笑)。

公演期間最終盤には、第三部もチケットが取れたので、行ってくるわ。

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(平成28年12月4日 京都先斗町歌舞練場)



 


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