【睇戲】『あの頃、この時』(台題=我們的那時・此刻)

第11回大阪アジアン映画祭
特集企画《台湾:電影ルネッサンス2016》

『あの頃、この時』
(台題=我們的那時・此刻)

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初日の『湾生回家』に大いに感動し、「今回はもうこれでおなか一杯」という気分にもなったが、現実は甘くなく(笑)、この日から本格的に市内数か所の座館で出品作品の上映が始まる。

本当なら、日本のインディー作品も含めてすべてを観るべきところだが、こちらも暇人を職業としたながらも、実際にはそれほど暇があるわけでもなく、毎年のことながら香港作品に絞って、あと台湾作品も観れたらいいなあ程度で済ませていた。ただ、今年は台湾の作品も非常に心を惹かれるものが多く、結局、台湾6作品中4作(2作はチケットが取れなかった)、香港作品全部、さらにはマレーシア・シンガポール作品1作、シンガポール1作という強気に出た次第。

この日は、初めて訪れる座館である十三(じゅうそう)の第七藝術劇場へ。なかなか雰囲気のよい会場である。周辺は貧弱な歌舞伎町という感じである。ベタなミナミの人間である小生にとって、淀川以北最大の歓楽街である十三の夜なんていうのは、異国の地の歓楽街みたいなもんで冒険心がくすぐられる(笑)。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

午後8時20分上映開始という遅い時間ながら、この回もチケットは完売。観客の期待度の高さがうかがわれる。ゲストには監督の 楊力州の伴侶でありこの作品のエグゼクティブ・プロデューサーでもある朱詩倩(ミシェル・チュウ)が招かれ、上映後に観客の質問に応じてくれるという。こういうのも映画祭ならではであって、ファンには嬉しい。

phpNHNbaC台題 『我們的那時・此刻』
英題 『The Moment』

邦題 『あの頃、この時』
現地公開年 2014年
製作地 台湾
言語 標準中国語

評価 ★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督): 楊力州(ヤン・リーチョウ)

出演:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)、張艾嘉(シルヴィア・チャン)、關錦鵬(スタンリー・クワン)、李安(アン・リー)、陳可辛(ピーター・チャン)、陳果(フルーツ・チャン)、姜文(チアン・ウェン)、魏徳聖(ウェイ・ダージョン)、成龍(ジャッキー・チェン)、趙薇(ヴィッキー・チャオ)、桂綸鎂(グイ・ルンメイ)ほか多数の映画人、一般市民

中華民国国歌『三民主義』が流れ、「観客起立!」の号令がかかる。国民党が台湾に流れてきた当時の映画館の「仕来り」で始まるこの作品もまた、前日の『湾生回家』同様、ドキュメント作品である。『湾生回家』が一般人の物語にスポットをあてたものであるのに対し、こちらは「台湾映画」にスポットをあてたもの。さらに、前者が戦前~戦中の台湾の歴史の一こまを扱ったものであるのに対し、『あの頃、この時』は戦後の台湾の歴史を知る一助となる内容となっている。併せて観ることで、台湾という名が国際社会に出現して以降の大まかな流れを知ることもできる。そういう意味では、両方を今回の映画祭で観られる意義は非常に大きいと感じる。

金馬奨50周年記念のドキュメンタリー映画。金馬奨は「台湾のアカデミー賞」と言われる中華圏の代表的な映画賞で、香港の金像奨と並び称せられることが多いが、そもそも成立の背景が違う。この作品を観て、「あ、なるほど!」と気づいたのだが、金馬とは、本来は「金色の馬」という意味ではなく、金門・馬祖のことであると言う。金門・馬祖は言うまでもなく、台湾の防共最前線の島であり、1958年と60年に中共軍の激しい砲撃を受けている。攻撃をしのいだ国府軍激励、「共匪なんてやっつけちゃえ!」な国威発揚、蒋介石賛美など当時の国情を鑑みて、新聞局主導で始まったのが金馬奨。今でこそ、大陸も含め広く華語片(中国語映画)全体に門戸を開いているが、当然ながら長らく閉鎖的なそして不公平感漂う映画賞であった。

一方の香港電影金像奨は、ひたすらに「香港映画振興のため」の映画賞であり、多少の柔軟性も備わってきてはいるが、大賞候補は香港映画であり、政治的背景はない。

もうひとつ金馬奨の特徴として、その開催日がある。10月31日。これこそ金馬奨のスタート当時の意味合いを物語るもので、この日は蒋介石の誕生日なのである。蒋介石の誕生日を祝賀する映画の祭典でもあったのだ。

こういう背景もあり、1987年の戒厳令解除までの台湾映画は、どうしても政治的色彩の濃い作品が多くなってしまう。特に、米国による一方的な国交断絶、台湾の国連脱退、日本との尖閣問題勃発がほぼ同時期に起きたこともあり、1970年代は抗日映画が乱造される。

80年代には香港映画が席捲。小生の認識からすると、台湾映画がようやく元気になってきたのは、この7、8年のことだと思う。それ以前にももちろん名作傑作が無かったわけではなく、『恐怖分子』(86年最優秀作品賞)、『悲情城市』(89年最優秀監督賞)、『牯嶺街少年殺人事件』(91年最優秀作品賞)、『童年往事』、『愛情萬歳』…などなど、しっかり記憶に刻まれているものもあるが、やはり同時期の香港映画の充実ぶりに比べると、雲泥の差であった。

作品で印象深かったのは、『無間道3』で最優秀主演男優賞を獲得した劉徳華(アンディ・ラウ)が、昨今の台湾映画の台頭ぶりに触れ、「皆さんが長く低迷していた時期も私はよく知っていますが、ここまで台湾映画を復活させたことに敬意を表します。合わせて、我々香港映画は一刻も早く皆さんに追いつけるよう努力します」という旨の発言をした場面。台湾映画が政府の積極的な補助金政策などもあって、着実に息を吹き返してきているのに対し、香港映画は長らく低迷にあえいでいる。いつの間にか立場は逆転してしまっていたのだ。

さて、個人的に気になったし、他のお客さんも気になっていたのが、作品中に散りばめられた数々の過去作品の「版権」問題である。いくら金馬奨50周年の映画、それも文化部からの依頼があっての作品とは言え、そこはそれ、ビジネスである、権利問題である。シビアな領域である。ゲストの朱詩倩によれば、「すべての書類のカタがつくのに1年以上を要した」とのこと。特にハリウッドが制作にからんでいる作品は、一筋縄では話が進まなかったようだ。

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映画ファンの一般市民が、若き日に観た作品のワンシーンを思い出し、涙するシーンも印象深い。昔観た映画で今も涙が流せる…。なんと幸せなことだろうと思う。娯楽が氾濫する現在、もうこういう経験はできないだろう。

小生は金馬奨作品で言うと、76年最優秀作品賞の『梅花』が印象に残る。日本では公開されていない抗日映画である。香港在住時、たまたま深夜の「国語長片(北京語長編映画)」という番組で観たのだが、日本人が観ても不快なだけのカスみたいな作品だが、主題歌『梅花』を歌う子役の男の子の芸が迫真で、これは素晴らしかった。幸運にも、今回再びその場面を観ることができた。
♪梅花、梅花、満天下~ って歌詞、頭にいつまでも残る…。テレサ・テンの歌だったような気もするが…。

「ドキュメンタリーの楊力州」、さすがの力作であった。

(映画祭出品作品につき甘口評、辛口評は無し)

《我們的那時此刻》正式預告

(平成28年3月5日 第七藝術劇場)



 


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