【上方芸能な日々 文楽】笑い~の、泣き~の、そして泣き~の。*旧ブログ

1月21日、文楽劇場で行われていました文楽初春公演第一部を観てきました。
朝から雨が降っており、土曜日とはいえ、客足に響くのではと心配しておりましたが、客席は8割ほど埋まっており、久々に活気のある文楽劇場を目にして、嬉しい気分になりました。舞台からも、この客席の熱気に応えようとする気持ちが伝わってきて、大変心地よいひと時を過ごせました。

人形浄瑠璃 文楽
平成二十四年初春公演第一部

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『七福神宝の入舩(しちふくじんたからのいりふね)』
■復活初演 昭和61年(1986)1月、国立文楽劇場
■幕末ごろに素浄瑠璃として成立し、明治になってから人形入りで上演されるようになったと考えられる

七福神が宝船に揃い、それぞれが一芸を披露するという、新春にふさわしくにぎやかで愉快な寿ぎの舞台。七福神を遣う人形さんたちも楽しく遣っているようで、見ていて楽しい。こういう場合って、ちょっとサービス的な動きとかもやったりしはるんかな?
この日は客席もかなり埋まっていて熱気があったので、太夫も三味線も人形もノリよくやることができたのではないかと思います。三味線の清丈の曲弾きもバッチリ決まって拍手喝采。
やっぱり、お客さんあっての舞台です。演じる側の向上心も必要ですが、満員のお客さんが盛り上げて、芸を引っ張ることも重要です。
では文楽は、お客さんを呼ぶために何をしてきたか…。お客さんが求めているものは何かをきちんとリサーチしてきたか…。ちょとここも考えてみる必要があるかもわかりません。

『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』
「茶筅酒の段」
「喧嘩の段」
「訴訟の段」
「桜丸切腹の段」

■初演 延喜3年(1746)8月、大坂竹本座
■作者 竹田出雲、並木千柳、三好松洛の合作
■五段続き時代物 *今公演は三段目のあたる場面で全編中、最も悲劇的な親子・夫婦の死別を公演

文楽は人形浄瑠璃であって、大夫、三味線、人形の三業融合或はしのぎ合いで成り立つ芸なんだけど、この日、語り聴かせる太夫がしっかりしていたからか、はたまた、これまでに何度となく観ている場面だからか、そのいずれかはわからないけど、「やっぱり文楽は、太夫やなぁ」と思った。機会があれば人形なしの素浄瑠璃でじっくり聴いてみたいと思う。
そこはやはり、住さんのすごさであり物語の質の高さでもあって、なんで「菅原~」が初演から250年以上経過してなお、これだけの支持を得ているかというのは、そこなんでしょうな。
台本のクオリティの高さと伝統芸を受け継ぐ者の芸の確かさ。時代が流れ、いろんな価値観も大きく変貌したとはいえ、親子、夫婦のつながり、情には変化は無く…。こういうのをテーマにした芸を目の前で観ることができる幸福感。こうしたあれこれが極まって、住大夫さんの「桜丸切腹の段」で、多くの観客がハンカチを手放せない、そんな事態が起きるんでしょう…。
住さん登場で「たっぷり!」と声がかかりましたが、ホンマたっぷり聴かせてほしいし、たっぷり聴かせてもらったと思います。
桜丸(簑助)に漂う哀愁もさらに涙を誘った。非常に値打ちのある菅原でございました。
このクライマックスへ物語を持ってくるまでの、松香大夫、文字久大夫、千歳大夫も「たっぷり」だったと思いますな。

『卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』
「平太郎住家より木遣り音頭の段」
■初演 宝暦10年(1760)12月、大坂豊竹座
■作者 若竹笛躬、中邑阿契の合作
■五段続き時代物 初演時の題は『祇園女御九重錦(ぎおんにょうごここのえにしき)』であったが、三段目に当たる部分が好評で、『卅三間堂棟由来』として単独上演されるようになる

中を語った睦大夫が結構イイ感じでしたョ。
そしてこういう場合にいつも思うし、度々、アンケートにも書いてきたのだけど、一向に改善されないのがパンフレット。毎公演650円で買ってます。でも前にも言いましたが商品としてはまるで欠陥商品でして、「お、睦さんエエやんか!」と思っても、パンフレットには写真が並んでいるだけで、お師匠はんは誰で、入門何年目で、研修生から上がってきたのか否か、出身地はどこか、何歳か…など、その人を知る手がかりが何にもないんです。「次また睦さん聴きたいな」と思うても、バックボーンがわからないんでは興味も半減どころかもっとテンション下がってしまいます。このあたり、文楽側というか興行側たる文楽劇場、文楽協会の努力度を疑ってしまいます。最近はもう、アンケートにひつこく書く気もありません(笑)。
物語は悲しいストーリーです。子役の人形=みどり丸(簑次)の健気さと、津駒大夫の木遣り音頭が一層涙を誘います。津駒さんはいつものように汗びっしょりで熱演、そこに寛治さんの奏でる情感たっぷりの三味線と相まって、自然とウルウルしてしまいます。
まあこういう場面は、何の筋書きも理解していなかったとしても、太夫の声と三味線の音色だけで涙が出てくるもんでして、ここに義太夫節の力を感じたりします。文楽が「世界遺産」である所以の一つでありましょう。

今公演は休演者なく、第一部、第二部ともに好演続きで、非常に見応えのある、大阪流の評価法で言えば「値打ちある」公演でした。本来なら「菅原」や「千本桜」は昼夜通しで一から十まで見せる「通し」でやった方がええのでしょうけど…。
春公演では「桂川連理柵」がかかります。落語「どうらんの幸助」のアレです(笑)。楽しみですな、お半長!


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