【毒書の時間】『コイコワレ』 乾ルカ


螺旋プロジェクト」も、ようやく7冊目。計画では昨年中には全8作を余裕で読み終えているはずだったが。まあ、そうはいきません。読書とは浮気性なもの。次から次と「あれ読みたい、これ読みたい、いやいや、こっちも面白そう」って具合に、どんどんと計画は蔑ろにされてゆく。それこそが読書の面白さでもありましょう。そういうわけで、やっとこさ「螺旋プロジェクト」7冊目にたどり着いた。乾ルカコイコワレ』、描く時代は戦中。

『コイコワレ』 乾ルカ

集英社文庫 ¥880
2022年12月25日 初版発行
令和6年2月7日読了
※価格は令和6年2月8日時点税込

このタイトルが意味深。ぱっと見は「恋、壊れ」かなと思ったが、カタカナなので「多分、色んな意味が込められてるんやろな」とすぐに思い直し、やっぱりそうだった。これまで読んできた「螺旋~」作品が、エンタメ色濃厚な作品ぞろいだったのに比べ、本作はエンタメ色は薄く、なんとなく教訓めいた作風であった。乾ルカも初読み作家さんなんで、他の作品を知らないが、この雰囲気は彼女の芸風なのか…。ただ、教訓めいているからと言って、面白くない、堅苦しいというわけでなく、「螺旋~」の決め事もきっちりクリアしていて、何よりも、「海族vs山族」の対立構造が明瞭で、対立する二人を見ているだけで、こちらまで心がざわついてくるのであるから、うまいこと書いてるわな。

東北へ集団疎開する主人公の浜野清子。母から授けれれた螺旋模様の木彫りの「お守り」を胸に、汽車に乗り込む。疎開先は東北のとある村の寺。そこには、捨て子だったリツという少女がいた。この二人が主人公なんだが、これがもう…。

この二人の、ほとんど「本能」と言えるような「海族vs山族」対立ぶりが、とにかくピリピリ、ビシビシ、ガンガンで、常に一色触発である。と言いながらも、二人の境遇は似ていると言えば、まあまあ言えてる。清子は「目が蒼い」ということで、常にクラスの除け者にされている。「鬼畜米英」の世の中ののこと、それは仕方ないのかもしれない。「カラコン」装着する子が普通にいる現代からすれば、考えられないことではあるが、そういう時代だった。この子、典型的な「海族」ですな。

一方のリツ。野山を獣のように駆け巡る。「捨て子」「山犬」と、これまたクラスで浮いた存在。「耳が尖っている」というのは、まさに「山族」の典型。

こんな二人、対立するのが避けられない星のもとにに生まれてきたわけだが、異端視され、排除され、差別されているのは共通している。それでも対立するのは、大森兄弟が描いた原始時代の「螺旋~」の物語『ウナノハテノガタ』から延々と続く対立の歴史なんだなぁ…。

まあねぇ、どうしても合わない奴とか、嫌いで仕方ない奴ってのは、たまにおるよな。大体の場合、相手もそう思っているとみて間違いないだろう。もはや、ガン無視するか、適当に距離を置くしかないわけで、無理にお近づきになる必要もないと思うけど、今作の主人公二人は、集団疎開してきた子と、受け入れ先の子なので、日々、どうしても顔を合わせてしまうから、そうもいかない。またこの二人、相手の接近には感度良好すぎて余計に対立してしまう。

そしてついに…。清子が母から授かった「渦巻き状」のお守りを巡る事件。最終的にリツがとった行動は、飲まれたら助かる者はいないという滝つぼに、清子を突き落としてしまう…。ここで渦巻き状のお守りが超常的な威力を発揮し、ただでさえ「水に強い」海族の清子は無傷で助かる。この事件をきっかけに、二人の気持ちに変化の兆しが芽生え始めるのだが、なかなか嫌悪の火は消えない。

「螺旋~」の決め事の一つに「超越的な存在」というのがあるが、本作の場合、清子の立場で言えばそれは彼女の母であり、リツの立場で言えば、炭焼きの老人「爺つぁま」こと今谷源助だろう。清子が東京大空襲で亡くなった母の遺体を見つけた場面、それからの清子の振る舞いは胸を打った。

源助はリツを、清子の母は清子を諭したことで、嫌悪の塊がぶつかり合う二人の気持ちに変化が起きて、徐々にそれぞれの相手への接し方も変わっていくのだが…。おまけの短編『九月、急行はつかり車内にて』を読む限り、う~ん、なかなかうまいこといきませんな…。それでも、清子の隣席のサングラスの女性が言うように「きっといつか、彼女と話せると思いますよ」となるのかね…。

そう言えば、リツが見た幻影なのか白日夢なのか、その中に「みやこさん」という名が出てきたが、あれは「螺旋~」で最初に読んだ伊坂幸太郎の『シーソーモンスター』『スピンモンスター』に出てくる「宮子」さんなんだろうか。さらに、上述のサングラスの女性って、なんか宮子の姑のセツさんではないだろうか、なんて想像するのも「螺旋~」を読む楽しみではある(笑)。

ま、「螺旋プロジェクト」作品をずっと読んできた小生のような人間には「お、そう来るか!」みたいな感じだが、そうじゃない「一見さん」や単に「乾ルカが好きだから」で読んだ人には、消化不良どころのハナシではないような展開ではあったかもな。それはどの作品にも言えることだけど(笑)。

さあ、いよいよ最後の作品『月人壮人』で「螺旋プロジェクト」踏破へ!

いよいよ「螺旋プロジェクト」最後の一冊へ!

 


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