【毒書の時間】『グランドシャトー』 高殿円

<京橋のシンボルたる黄色のこのビルに限りなく名前がよく似たキャバレーを舞台にした物語。近鉄バファローズを引退して解説者になった頃の梨田昌孝や、タレントのリリアンが出演するCMが懐かしい photo AC>


大阪の人間でなくても、近畿の人間なら本のタイトル『グランドシャトー』を目にした瞬間に、例の歌が脳内再生されますわな、多分。あんな覚えやすいメロディに歌詞はCMソングの王道。第11回となった「大阪ほんま本大賞」の受賞作品。第1回目から欠かさず読んでいる同大賞。よくもまあ、大阪を舞台にした作品が毎年、毎年出て来るもんだと感心している。本作も、京橋界隈が舞台とあって、なかなか濃い作品となっている。

『グランドシャトー』 高殿円

文春文庫 ¥880

【第11回大阪ほんま本大賞受賞作】

とにかく終始、あのCMソングが頭を駆け巡っていた(笑)。

♬京橋はええとこだっせ グランシャトーがおまっせ
 サウナでさっぱりええオトコ 恋の花も咲きまっせ
 グランシャトーはレジャービル グランシャトーへいらっしゃい!

ま、大阪人ならそうなるよな。本作の舞台となる大阪一の規模を誇ったキャバレー「グランドシャトー」のCMソングはもちろんこれではないが、

大阪人なら、関西人ならサンテレビでいやというほど聞いたこの曲、阪神戦の合間に、それから夜中の、いまいち売れ損ねた芸人と若さと露出だけが売りの無名な女たちを揃えた微妙な深夜番組の最中に、何十年も変わらずガサガサのフィルムのままで繰り返されるCMといったら、はぎや整形とグランドシャトーだ。

とあるが、いやまあ、本当にその通りで笑ってしまった(笑)。ちなみに、はぎや整形のCMは音頭はなく、美しいビーチの映像を背景に、女性の声が「はぎやせいけ~い」と響く。あの声の響き一度聴いたら耳から離れないという秀逸な一品(笑)。

環状線から見える黄色い塊のようなビル。京阪の京橋駅高架化前は、このあたりに京阪京橋駅があった。万博以前の話。本作の舞台となる「グランドシャトー」はすでに東京五輪前からあったし、外観の色はピンクで、その辺は現実とはちょっと違うが、そこは実録ものではない娯楽小説なので、気楽に読んでいけばいい。

主人公で時に語り部となるルーが、母親の再婚相手と結婚させられそうになったことで、母親はできるだけ「遠くへ逃げな、帰ってこようなんて思たらあかんで」とルーを逃す。大阪に来たのはいいが当てもなく、このまま川にどぼんと…、と思っていたところ、もう一人の主人公と言える、キャバレー「グランドシャトー」のナンバーワンホステス「真珠ねえさん」との運命的な出会い。こうしてルーは「グイランドシャトー」にたどり着くのでる。実に、小生が生まれた昭和38年のこと。なので、大阪の街の変わりようがCMソングとともに頭の中を駆け巡る。もう、1ページ目からエンディングまでずっと「京橋は、ええとこだっせ~」と(笑)。

物語は、ルーが真珠ねえさんに次ぐナンバー2に昇り詰めた末、本来の家族に見捨てられたも同然という現実に突き当り、「にせもんの光」を浴びるため、店を辞めて東京で芸能界入りを目指す決心をするまでを描いた「第一章」、芸能界で大成功を収め、富を得たルーだが、母の死をきっかけに名声を捨て大阪に戻り、真珠ねえさんに寄り添いながら暮らす日々を取り戻し、傾きかけたグランドシャトーを立て直す奮闘を描いた「第二章」から成る。

「第一章」のクライマックスは、義父との結婚を迫られた自分を逃してくれた母に会いに、姫路の飾磨へ行くも、状況は一変しており、すでにルーは「存在無き者」となっていた事実を突きつけらる下りか。義父との間に授かった幼子を抱く母を遠くから見ることしか叶わなかったルーの気持ち、弟の「幸せな家庭に波風を立てるような真似はせんといてくれ」みたいなルーに対する態度…。実に切なかった。

ルーは真珠ねえさんが住む中崎町の長屋で共に暮らす。このあたり、小生が年に5~6回通院する北野病院の界隈でもあり、病院の帰り道、路地(大阪弁では「ろーじ」と読む)をウロウロ散策するので、情景が浮かぶ。そう、当時とそのまんまな路地や長屋がまだまだ残っているのだ。それこそ、突き当りにお地蔵さんが鎮座するような「ろーじ」が。真珠ねえさんの質素な暮らしぶり。手料理のお出汁の匂い。中崎町の長屋の時間が止まったような情景。この辺の書きぶりがいい。癌に侵された真珠ねえさんが通うのも、小生と同じ北野病院。会計の列に真珠ねえさんも並んでいるような気がする…。

真珠ねえさんの癌がいよいよ行きつくところまで行ってしまってからの展開は、つらいものがあった。元々、「第一章」が『産経新聞大阪本社版』に連載されていたこともあって、真珠ねえさんの死を告げる「黒枠広告」も産経新聞に掲載という設定は産経へのサービスかな(笑)。お別れ会当日には、真珠ねえさんに金を借りたなど恩義を感じている人たちで、京橋界隈が埋め尽くされる。どんだけ金貯めてたんやろ。ナンバーワンホステスだから、それなりに稼いでいたとは思うんだが…。

謎多き真珠ねえさんの過去は、終戦前日の大阪砲兵工廠を狙い撃ちにした爆撃で、1トン爆弾の直撃を受けた京橋駅の惨劇につながる。お地蔵さんを毎日洗っていた理由もそれとなくわかる。京橋を舞台にした昭和を描いた小説としては、やはりあの日のことは避けて通れないということだろう。高度成長期からバブル全盛時までの大阪を描いた作品ながら、ここに触れることに大きな意義を感じた。

同じ店のホステス、ナンバーワンの真珠とナンバーツーのルー。ありがちなのが足の引っ張り合いで泥沼の女の闘いが繰り広げられるという展開だが、ルーと真珠ねえさんは、長年にわたって寝食を共にした。ある時は姉妹以上、ある時は親子のような関係を最後まで続けた。行動も接客スタイルも、考え方も全く違うのに、二人が仲たがいすることはなかった。辛い背景のある二人だが、お互いがそこに深く入り込まなかったことが、暖かい関係を継続してこれたわけだろう。物語もまた、暖かさに満ちたものだった。小生が生まれた頃から社会人になりたてのころまでの大阪の街の変貌ぶりも交えていたので、色んな光景も懐かしく読めた。

以下、余談ながら…。

新聞連載だった「第一章」はトントンとテンポよく進んだが、文芸誌で発表された「第二章」はちょいと長く感じてしまったのが、少々残念だった。新聞連載と文芸誌一気掲載との違いなんだろうけど。また、ネットで感想などを見ると「小気味よい大阪弁の応酬が」という言葉があふれているが、ルー自身は明らかに「阪神間の訛り」で、他の登場人物も決して「小気味よい大阪弁」を話していなかった。これはルーが幼いころを西宮の鳴尾で過ごし、父が亡くなってからは飾磨で過ごしたからだろう。作者もまた、神戸の人である点もその理由かもしれない。時に、位置関係に「おや?そこからその景色は見えないと思うけどなぁ」という場面があったり、京橋を「ドヤ街」と表現する点には、かなりひっかかりを感じた。意図的にそうしたとすれば、大阪の物語としては「どうなんや?」とも思うが、作者の本意は如何に…。

(令和5年11月12日読了)
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