【毒書の時間】『逆ソクラテス』 伊坂幸太郎

<小学校の運動会と言えば、学級対抗リレー。足の速い子はいいよなぁ… photo AC>


色んな作家の小説を読んでいるが、小生にとって最も「安心と信頼」のおける作家が、伊坂幸太郎。こんなことを言いながら、単行本は買わずに、ひたすら文庫化されるのを待っている(笑)。今回読んだ『逆ソクラテス』は、COVID-19の最初の感染拡大の波が来て、世の中が果てしなく「終末観」にあふれていた2020年4月に単行本として世に出た。何かと時間を持て余し始めた時期だったので、「たまには新刊で伊坂本を買って、おうち時間を過ごそうかな」と思ったが、他に欲しい文庫本がいっぱいあったので、そっちを買ってしまった(笑)。この度、めでたく文庫版が発行ということで、3年越しの『逆ソクラテス』と相成った。

『逆ソクラテス』 伊坂幸太郎

集英社文庫 ¥792

【2021年本屋大賞ノミネート作】【第33回柴田錬三郎賞受賞作】

「安心と信頼の伊坂幸太郎が帰って来た!」とでもいうところ。と言って、「昨今の他の伊坂作品は安心も信頼もできない!」という意味ではない(笑)。表紙カバーも単行本のものを踏襲していて、この短編集によく合っていると思う。

小生が勝手に分類するに、伊坂作品には2パターンがある。一つは、伏線たっぷり仕掛けて、終盤に怒涛の回収、というパターン。もっぱら、掌の上で転がされまくるという感じ。もう一つは、決して大事件が起きたり、ミステリではないが「こんな奇跡みたいなことあれば楽しいな」とか「ありそうで、なさそうな、それでもありそうな話」で進んでいくファンタジー系の一群。いわゆる「安心と信頼」のパターン。本作は後者にあたる。

小学生を主人公にした、あるいは小学生の視点で見た短編5編は、いずれも大事件に巻き込まれもしなければ、伏線散らばらし&怒涛の回収系列でもなく、「ああ、小学生の頃に思い当たる節あるかもね」なストーリーばかり。巻末の文庫版おまけのインタビューで、ご本人は「子供をメインにした小説を書くのが苦手」とおっしゃるが、全然、そんなことなく、むしろ「大得意でしょ!」と言いたくなるほど。

表題作「逆ソクラテス」。カンニングから始まったその作戦は、クラスメイトを巻き込み、思いもよらぬ結末を迎える…。キーマンは主人公ではなく転校生の安斎。行動的で時に示唆に富んだ大人顔負けの発言をする安斎…。「理由(わけ)あり」の家庭だったため、すぐにまた転校してしまう。安斎のその後はチンピラになったというウワサもあるが、「あの子、絶対チンピラになんてなってない」と信じたい。運動音痴だった草壁が、プロ野球選手になったのは、安斎おればこそ。この安斎の「その後」を読んでみたいという読者の声が多いが、それについて伊坂は「読者が思い思いに想像してくれれば」と言う。書かれていない部分を想像してみる、実際にそれもまた小説の楽しみ方の一つではある。でも、やっぱり気になるのよね…。

スロウではない」と「アンスポーツマンライク」に登場する磯憲先生が、いい先生になっていく過程を想像してみたりもする。「スロウではない」のクラス対抗リレーにまつわる話なんだが、このほろ苦さ…。小生も小学校の時のリレーには「ごぼう抜き」されるという苦い思い出があって、つくづく自分の鈍足を恨んだものだが、あのときの自分に読ませてやりたいなぁと思った。きっと勇気づけられたと思う。

「逆ソクラテス」「スロウではない」そして「非オプティマス」に共通するのは、クラスの中でのヒエラルキー。これ、子供にはどうしようもない。運動のできる子、苦手な子、成績のいい子、悪い子、何よりも家庭環境。金持ちだ、デカい家に住んでる、お父さんが重役、一方で家は借金まみれ、ボロアパートに住んでる、お父さんは服役中…。こうして自然とヒエラルキーは形成される。そんなん、あっという間よ。ただ時の過ぎゆくままにその状況を耐えるとかじゃなく、そういう世の不条理をなんとかしてひっくり返そうと、あれこれ作戦を考えて実行してゆく子供たち。上述のインタビューで「『やったぜ』と思えるもの…」と語っていたが、どのお話も「やったぜ」感にあふれていた。そう、この「やったぜ」感を子供だけでなく、大人も望んでいるんだろうな。気持ちいいもん、たとえその一瞬だけだとしても。完全なる形勢逆転は無理であっても、ヒエラルキーとか先入観とかいう高くそびえる山を、少しでもグラっとさせることができたんじゃないだろうか、彼らは。

最終章の「逆ワシントン」。ラストシーンで、テレビに映るバスケの試合結果に号泣する店員は、その前の「アンスポーツマンライク」で騒ぎを起こしてしまったあの犯人なんだろうな、きっと…。きっちり最後は「伏線回収」していたね。そこは、やっぱり伊坂幸太郎(笑)。

(令和5年7月19日読了)
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