【毒書の時間】『蒼色の大地』 薬丸岳

本作で「螺旋」の象徴となるのはカタツムリ (photo AC)


話題の「螺旋プロジェクト」4作目。

ここで改めてと言うか、今更ながら「螺旋プロジェクト」とはなんぞや? について記しておく。

共通ルールを決めて、原始から未来までの歴史物語をみんなで一斉に書きませんか?」という伊坂幸太郎の呼びかけで始まった競作ならぬ「共作」企画。呼びかけに応じた作家は、朝井リョウ天野純希乾ルカ大森兄弟澤田瞳子薬丸岳吉田篤弘、そして伊坂幸太郎の8作家。2016年から18年にかけて、中央公論社創業120周年記念小説誌「小説BOC」で連載され、それぞれ単行本として発刊された。8作家(9人)による共作は文芸史上初の企画という。いやもう、当代の売れっ子作家がよくこれだけ顔をそろえてくれたもんだ。

創作にあたってのルールは、次の3つ。

1)海族vs山族の対立を描く 2)共通キャラクターを登場させる 3)共通シーンや象徴モチーフを出す

これまでに3作家を読んだ。
伊坂幸太郎『シーソーモンスター』(バブル期)、『スピンモンスター』(近未来)
朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』(平成)
大森兄弟『ウナノハテノガタ』(原始)

それぞれ、各作家の色を出しながら、海族、山族の対立や争いを描いていて、「あ、やっぱり朝井リョウはこうするんや!」とか「結構、伊坂の王道路線やね」など面白いものであった。大森兄弟から先の6作家はいずれも初読み作家。お気に入りの作家がこれをきっかけにまた一人増えるかもしれない。

『蒼色の大地』 薬丸岳

中公文庫 ¥924

薬丸岳、初体験。少年犯罪などの社会派ミステリーという印象を持っているが、当たってる?

本作の舞台は明治初期。武家の時代も生きた人々が話の中心である。これまでに螺旋プロジェクト作品は3作(厳密には4作)読んだけど、海族vs山族の対立が一番激しい物語だったかな? 軍艦からの砲弾がポンポン飛んできて、ドカーンドカーンと水柱が立つ中での脱出劇なんて、絶対に朝井リョウは書かないし(笑)。と言いつつ、薬丸岳もこの時代を描くのは初めてじゃないかな…? 知らんけど。

やや長い話ではあったけど、物語に描かれる日にちとしては、最終章を除いては、多分わずかな日数のうちに起きたことだろう。それだけに濃密かつ進行が重い。重い割にはトントントンとページをめくっていくのだから、結構面白く読めた証だろう。

読み進めていて「おんや、まぁ」と思ったのは、目が青いという特徴を持つ海族が、いつの間に世間から「青鬼」と蔑まれる立場に追いやられてしまっていたのか…? この作品に前に読んだ『ウナノハテノガタ』が、原始時代の対立の話だったので、その間に一体、何があったの? という感じだ。その辺は、この先に読む(予定のw)、天野純希『もののふの国』(中世・近世)、澤田瞳子『月人壮士』(古代)で明かされていくのだろうか…?

物語の舞台となる瀬戸内の孤島「鬼仙島」は、『死にがいを求めて生きているの』の中で、山族の雄介が目指した海山伝説の聖地「嬉泉島」の下敷きにあたる。こうして各作品がお互いに何らかの「爪痕」を残し合っているの探すのも、螺旋プロジェクトの楽しみ方。

この鬼仙島は海族の支配下にあると言っていい。世の中から疎外された海族や罪人がこの島を目指す。彼らは海賊行為を生業とする。この島で頂点に立つのが海龍と呼ばれる女性。海賊の現場のリーダーが海狼。海賊の中には主人公の一人、灯(あかし)という青年もいる。

ここでもう一つの「おんや、まぁ」。実は天涯孤独の身だとばかり思っていた灯は、海龍の息子で、蒼狼は灯の兄だったという事実。これ、物語の中盤で明らかになったわけだけど、もう少し後にならなかったのかなぁ…。

山族ながらも幼いころから灯に心を寄せていた鈴は、灯に会いたい一心で一人で鬼仙島に乗り込む。そして海軍のエリートコースを歩む鈴の兄、新太郎。3人の運命が海族vs山族の対立に翻弄され、やがて国行く末をも左右しかねない海族と山族の大きな衝突へと拡大してゆく…。

争いを止めるため、勇気を出して行動した灯、新太郎、鈴の3人のおかがで、ひとまず最悪の事態からこの国は逃れることができた。終章もこの先、対立の無い平和な関係が続くと思うような幕切れではあったが、なかなかどうして、海・山の対立、争いはその後も延々と続くのは、これまでに読んだ朝井作品、伊坂作品ですでに明白なのである。続けて読んできた読者は「ねぇ、うまいこといきませんわなぁ…」とため息をつくのである。

全体像としては、とてもダイナミックに展開し、「差別、偏見、争い」に対する強いメッセージも込められている。ただ、<螺旋プロジェクト>と知らずに読んだ人には、やや「なんのこっちゃ?」な部分も。ま、それは8作品すべてにおいてそうなんだろうけど…。

(令和5年3月6日読了)

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「螺旋プロジェクト」、次に読むのはこちら未来のお話。

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