【睇戲】好好拍電影

このところ忙しくて、まともな生活ができなくなっている。当然、映画どころではない。随分と観たい作品を泣く泣く見逃さざるを得なかった。それらはもう日本では二度と劇場上映されんだろうな…。ま、今度いつになるかはわからんが、香港里帰りの際にDVDでも購入しよう。その里帰りも一体いつになったら、以前のように気軽に往来できるのか…。

で、この日はそんな忙しい中を無理して、大阪市南部の人間が滅多に足を運ばない十三へ映画を観に行った。ちなみに十三と書いて「じゅうそう」と読む。

この日観た『好好拍電影(邦:我が心の香港 ~映画監督アン・ホイ~)』は、実はこの春の「大阪アジアン映画祭」で見逃した作品。見逃した、と言うよりも「観られなかった」と言う方が正しいか。オープニング作品だったんだが、ド平日の午後とあっては、労働者には「あんたは来んでもええで」と宣告されたようなもんである。さらに、ナントカ映画祭で上映された海外作品は、まあ普通はロードショウにはかからないんだが、反中・嫌中の大旋風の裏返しとしての親台・親香港というプチブームも世間の片隅にはあって、その上、巨匠・許鞍華(アン・ホイ)監督のドキュメンタリーということもあってか、第七藝術劇場(ナナゲイ)という超マニアックな小屋ではあるが、一般公開ということになった。ありがとう!配給元。

小生自身、ナナゲイも十三も久々。大体、ナナゲイか酒饅頭の喜八洲以外に十三に用事はない(笑)。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

好好拍電影 邦題:我が心の香港 ~映画監督アン・ホイ~

港題『好好拍電影』 英題『Keep Rolling』
邦題『我が心の香港 ~映画監督アン・ホイ~』
公開年 2020年 製作地 香港
言語:標準中国語、広東語
評価 ★★★★☆(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督):文念中(マン・リムチョン)
監製(プロデューサー):文念中、廖婉虹(ジャクリーン・リウ)
原創音樂(音楽):大友良英
混音(ミキシング):杜篤之(ドゥー・ドゥージ)

出演(主演):許鞍華(アン・ホイ)、徐克(ツイ・ハ―ク)、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)、劉德華(アンディ・ラウ)、蕭芳芳(ジョセフィーヌ・シャオ)、張艾嘉(シルヴィア・チャン)、陳果(フルーツ・チャン)、田壯壯(ティエン・チュアンチュアン)、 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)、爾冬升(イー・トンシン)、施南生(ナンサン・シー)、吳念真(ウー・ニェンチェン)、嚴浩(イム・ホウ)、李檣(リー・チアン)、李屏賓(リー・ピンビン)、杜篤之(ドゥー・ドゥージ)、 舒琪(シュウ・ケイ)、劉天蘭(ティナ・ラウ)、楊凡(ヨン・ファン)、林嘉欣(カリーナ・ラム)、關錦鵬(スタンリー・クワァン)、 張敏儀(チャン・マンイー)

そうそう、そうなんだ。登場する両岸三地の名だたる映画人の面々を見ながら「そうなんよな~、この人たちの作品が俺を中華電影に引きずり込んでくれたんよな~。おかげで、いまだに離れられずにおります(笑)」という次第。そりゃもう、知らない顔も名前もないんやもん、この中に。お母さんと姉さんと弟さんくらいか(笑)。

監督の文念中(マン・リムチョン)は、芸術監督としてキャリアを積んできた人で、許鞍華(アン・ホイ)作品には2002年の『男人四十(邦:男人、四十)』以来携わってきた。今作が監督としての第1作目。常にエネルギッシュな許鞍華と仕事を重ねる中で感じたものをドキュメント作品として残したかったのかな…。『明月幾時有(日本未公開)』の公開に合わせ、本土の各地を舞台挨拶で回る中で見せたいら立ちの表情や発言なんか、まさにそういうのを残しておきたかったんやなってのが、感じられる一コマだった。

文念中はかつてネットニュースサイト『香港01』で次のように語っている。例により、勝手に返り点をつけて自己流に読み下した漢文的和訳をどーぞ(笑)。

映画製作の当初の意図は非常に単純だった。大陸での『明月幾時有』の撮影中、許鞍華はアシスタントとの会話の中で「中国や台湾の映画監督の多くのドキュメンタリーがある。大陸なら張藝謀(チャン・イーモウ)、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)、台湾なら侯孝賢(ホウ・シャオシェン)、李屏賓(リー・ピンビン)。でもなぜ香港はこんなにも少ない?」と。『男人四十』以来、仕事を共にしてきた文念中から見れば、許鞍華こそそれにふさわしいのではと。すると、彼女が「だれもいないなら、私を撮れば?」と…。<引用:『香港01』2020-11-07>

現場での彼女の仕事ぶりは、素晴らしいものだったが、時に感情を爆発させることもあった。本作中にもその場面がある。それでも翌日には現場スタッフに前日のフォローを忘れない。そんな人間的な場面が散りばめられているのが、とてもいい。許鞍華の輝かしい業績をたたえながらも、作品の軸足は、一人の香港人としての許鞍華をクローズアップすることに置いている、その辺のバランスが非常によかった。まあ、このおばさんから映画を取ったら、そこらにいてる普通の香港のおばちゃんにすぎないからね(笑)。

同時代、やはり一世を風靡した徐克(ツイ・ハ―ク)。彼に限らず、この世代の香港映画の監督は、すでに一線から遠ざかっている。決して彼らは悠々自適の老後を送っているわけでなく、香港の映画界で彼らの出番、彼らを必要とする場がなくなってしまったというところではないか。1970年代末期に始まる「香港新浪潮=香港ニューウェーブ」を共にけん引してきた中で、今なお映画を取り続けているのは彼女くらいか。いやはや、ほんと大したおばちゃんである。

その大したおばちゃん、普段の生活では、老いた日本人の母親と向き合う73歳の娘である。このさりげない向き合い方がなんか彼女の人柄を象徴しているように感じた。

本作には、作品スペックに列記したように、両岸三地の代表的な映画人が登場し、それぞれの「許鞍華論」を語る。一々、納得のコメントばかりだ。初期の作品で許鞍華の名をゆるぎないものとした『投奔怒海(邦:望郷/ボートピープル)』が実質デビュー作となった劉德華(アンディ・ラウ)は、『桃姐(邦:桃さんのしあわせ)』でおよそ30年ぶりに許鞍華作品に出演したが、「商業映画を撮りたいんで出てくれないか」との誘いに「商業映画と言えば、僕だろう」と(笑)。いやいや、すごい自信やな華仔(笑)。

小生自身の許鞍華と言えば、蕭芳芳(ジョセフィーヌ・シャオ)の『女人四十(邦:女人、四十)』が忘れがたい。普段から折り合いの悪い舅(演:喬宏/ロイ・チャオ)が痴呆症になり、介護することになった40代の嫁という、そこらへんにいくらでもありあそうなストーリーを、涙あり、笑いありのエンターテインメントに仕上げる手腕。演じた蕭芳芳と喬宏がすごくよかった。個人的には、香港生活をスタートさせた当初に毎週末2,3本観ていた香港映画のうちの1本。1996年香港電影金像獎で最優秀監督賞、最優秀作品賞など6部門受賞という栄冠に輝く作品。改めて作品情報を見れば、本作と同じく音楽を大友良英が担当しているではないか。ちなみに撮影は、本作でもコメントしている台湾ニューシネマをけん引した一人、李屏賓(リー・ピンビン)。

天水圍的日與夜(邦:生きていく日々)』も大好きな作品。新界の天水圍(Tin Shui Wai)という典型的なニュータウンのさりげない出来事、人間関係を温かい目線で描いている。こういう目線の作り方って、許鞍華ならではのものだと思う。て言うか、許鞍華だからこその作品ではないかとさえ思う。舞台を無表情な街、天水圍にしたセンスのよさに感心したものだ。決して大ヒット作ではなく、インディー作品的な色合いの作品ながら、2009年香港電影金像獎で6部門にノミネートされ4部門で受賞という高い評価を得ている。

鮑起靜㊧、陳麗雲という当時の亞視(ATV)の両ベテラン女優が好演した『天水圍的日與夜』

我が愛すべき張艾嘉(シルヴィア・チャン)とのやりとりの場面もよかった。張艾嘉は許鞍華の監督デビュー作『瘋劫(邦:シークレット)』の主演でもあり、同じ時代に台湾、香港の映画界をけん引してきた女性監督ということもあって、分かり合えることが多いのだろう。会話が弾んでいたのを見て、なにかほんわかとした気分になった。

ほとんどの作品を観てきた中で、どうしてもDVDなどのソフトが見当たらないのが『客途秋恨(邦:客途秋恨)』。これ、めっちゃ傑作なんだが、なぜか映像ソフトがないし、上映もされていない(はず)。ちょっとどこかがなんとか、上映かソフト化してくれへんかなぁ…。

この映画自体は、作品を振り返り、映画人の許鞍華評を聞くというものではなく、あくまで許鞍華なる人物をじっくりと観察し、知られざる部分を掘り返してゆくというものだが、やはり色々な作品を思い出してしまう。その多くに共通しているのが、決してスポットを浴びない、社会の片隅に生きる人たちや出来事に目を向け、ユーモアを交えながらも「こういう香港もある」という点ではないかと思う。もちろん、映画で食べて行く以上は、そういう作品だけでは食っていけないから、大陸の巨大マーケットを多分に意識した作品も撮っていかねばならないのだが、そこは特別に肩に力を入れずに作っているところが、また好感が持てる。

最後に、彼女のこの言葉が香港映画好きにはたまらないのだ。

「香港には様々な物語がある。とても魅力的だ。今は香港のために何かしたい」

70歳を過ぎたとは言え、まだまだ香港のために、香港のどんな物語を撮っていってくれるのか、期待していきたい。

(令和3年勤労感謝の日 第七藝術劇場)


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