毎度くどいようだが(笑)、ほんとこの夏は台湾映画のオンパレードである。先日観た『親愛的房客(邦:親愛なる君へ)』から始まり、この日観た『消失的情人節(邦:1秒先の彼女)』、この先観るつもりの『怪胎(邦:恋の病 潔癖なふたりのビフォーアフター)』、『返校(邦:返校 言葉が消えた日)』と続き、秋へとつながっていくような勢い。とは言え、「鬼滅もビックリ!」というような大ヒット作があるわけでもなく、一部の好事家がシアターへ足を運んでいるという程度で、定員100席ほどに10人程度の客がいるくらいだ。まあねえ、2000年前後を思えば、信じられないような現象ではある。あのころは現地台湾でさえ、年に10本も製作されていなかったのだから、それを思うとね…。一方で、香港映画がめっきり減ってしまったのは香港電影迷(香港映画マニア)としては、寂しい限りだ。で、本作は、あの『熱帶魚(邦:熱帯魚)』、『愛情來了(邦:ラブ ゴーゴー)』の陳玉勲(チェン・ユーシュン)監督の作品。これは十二分に期待できる!
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
消失的情人節 邦題:1秒先の彼女
台題『消失的情人節』
英題『My Missing Valentine』
邦題『1秒先の彼女』
公開年 2020年 製作地 台湾
言語:標準中国語
評価 ★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):陳玉勲(チェン・ユーシュン)
編劇(脚本):陳玉勳
監製(エグゼクティブプロデューサー):葉如芬(イエ・ルーフェン)、李烈(リー・リエ)
攝影(撮影):周宜賢(チョウ・イージェン)
剪輯(編集):賴秀雄(ライ・シユウション)
視覚特效(視覚効果):郭憲聰(グオ・ジエンゾン)
美術設計(美術):王誌成(ワン・ジーチョン)
原創音樂(音楽):盧律銘(ルー・リューミン)
主演(主演):劉冠廷(リウ・グァンティン) 、李霈瑜(パティ・リー) 、周群達(ダンカン・チョウ)
演出(出演):顧寶明(クー・パオミン)、陳竹昇(チェン・ジューシェン)、林美照(リン・メイチャオ)、黃連煜(ホァン・リェンユー)、王自強(ワン・ツーチエン)、張鳳美
特別演出(特別出演):黑嘉嘉(ヘイ・ジャアジャア)
上記の出演者リストは、上に掲載したポスターに記されていたもので、これ以外にも、「お!」という人たちが出演している。
女主人公・曉淇(シャオチー-演:李霈瑜/パティ・リー)の少女時代を演じた白小櫻(バイ・シャオイン)は先日観た『親愛的房客(邦:親愛なる君へ)』の名子役、白潤音(バイ・ルンイン)の姉。少女時代の曉淇の合唱団の先生が、『百日告別』、『星空』、『夕霧花園』の林書宇(トム・リン)監督。「台湾でチンピラと言えばこの人!」という存在の張再興(チャン・ツァイシン)が当たり前だがチンピラで登場。写真館の店主に『大佛普拉斯(邦:大仏+)』の莊益增(ジュアン・イーヅァン)、駐禁違反取り締まりの交通警官に『KANO(邦:KANO 1931海の向こうの甲子園)』の監督、馬志翔(マー・ジーシアン)…てな具合だ。また、曉淇が勤務する郵便局の同僚を演じた黑嘉嘉(ヘイ・ジャアジャア)は、「美しすぎる囲碁棋士」として、日本の囲碁ファンには超人気の女流囲碁棋士。俳優が本業かと思うほどの演技がいい。NHKEテレの『囲碁フォーカス』のミニレッスンコーナー出演中! とにかく色んな人が出ていて、それだけでも楽しいからそれでいいか(笑)。というわけにはいかん、楽しませてくれ!
【作品概要】
郵便局で働くシャオチーは、仕事も恋もパッとしないアラサー女子。何をするにもワンテンポ早い彼女は、写真撮影では必ず目をつむってしまい、映画を観て笑うタイミングも人より早い…。ある日、ハンサムなダンス講師とバレンタインにデートの約束をするも、目覚める となぜか翌日に。バレンタインが消えてしまった…⁉
秘密を握るのは、毎日郵便局にやってくる、常にワンテンポ遅いバス運転手のグアタイらしい。シャオチーは街中の写真店で、なぜか目が見開いている見覚えのない自分の写真を偶然見つけるが…。<引用:映画『1秒先の彼女』オフィシャルサイト>
「夢見るすべての人に捧げる―獻給所有愛作白日夢的人」
これは2019年に『熱帶魚』と『愛情來了』のデジタルリストア版が上映された際のパンフにあった言葉。小生のお気に入りのメッセージである。とくに『愛情來了』は、この言葉そのものの作品だった。本作もそのテーストを感じさせるものかどうかと言えば、いささか微妙であった。この2作に比べると、かなり洗練され、作品の「質感」が向上している。逆に言えば、デビュー時の2作に見られた、型破り的で稚拙ながらも完成され切っていない勢いというものを感じることはできない。仕方ない話だ。先の2作品は若かったからこそできた作品。60歳を目前にした陳玉勲(チェン・ユーシュン)に同じものを求めるのは間違いというもんだ。でありながら、本作が「原点回帰」とやたらと言われるのは、デビュー作『熱帶魚』と同じく嘉義県東石でロケを行ったり、『愛情來了』の直後に本作品の元となる脚本『有一天』を書いてから、20年以上温められてきた作品というのもあるんだろう。小生としては、「獻給所有愛作白日夢的人」はどこへ…というところかな。
さて、中文題、英語題ともに直訳すれば「消えたバレンタインデー」となるんだが、邦題は『1秒先の彼女』。「この邦題、なんとかならんかったんか!」とうんざりするものが多い中、この邦題はまあまあやなあと、映画を観て納得。「1秒」かどうかはさておき(笑)。
「情人節=バレンタインデー」は2月14日のあれではなく「七夕情人節」。旧暦7月7日(今年は新暦で8月14日)のこと。台湾はこっちに重きを置くようだな。
消えたことは消えたけど、この「消失」にはいろんな「消失」が重なっている。それぞれの「消失」が絡み合って一編の物語になっている。
ざっくり言えば、前半は女性主人公の曉淇(シャオチー-演:李霈瑜/パティ・リー)主体で展開する『消失的人(消えた人)』。後半は男性主人公の阿泰(グアタイ-演:劉冠廷/リウ・グァンティン)主体で進む『消失的情節(消えた物語)』。単に「情人節」が消えてしまった物語でなく、こういう意味も隠されているというタイトルになっていて、面白い。ちなみに「情節」はプロットとか経緯を意味する。
曉淇は何をするにもワンテンポ速く、阿泰はワンテンポ遅い。ってのがこの作品の大きなミソ。
この二人を演じるのが、男主人公で劉冠廷(リウ・グァンティン) 、女主人公で李霈瑜(パティ・リー)。劉冠廷は若き実力派。陳玉勳監督は、ハナから彼に男主人公をやってもらうと決めて、脚本作りしていたというほどほれ込んでいる模様。今後、飛躍しそうな予感がする。李霈瑜は司会業が本職。撮影中はNG連発で監督に怒鳴られっぱなしだったようだが、冴えないアラサー女子が次第に恋する女性に変貌してゆく様を、のびやかに演じていたという印象。
曉淇は勤め帰りに、公園でダンスを教える好青年の劉文森(演:周群達/ダンカン・チョウ)と出会い、恋の予感。ウキウキで帰宅してラジオに耳を傾けるとDJ(演:陳竹昇/チェン・ジューシェン)が「忘れられない失くし物について投稿してね」と。なんか変わった部屋である(笑)。窓の向こうにスタジオがあって、顔半分にモザイクのかかった、その名もDJ馬賽克(モザイク)が左右に動いている(笑)。「ラジオの見える化」効果か(笑)。また、洋服ダンスを開けると「壁虎伯=ヤモリのおっさん」がいて、「038」と書かれた紙と鍵を渡されたり…。そう、この「038」という数字と鍵はまさに、大きなカギ…。
七夕情人節前夜、ついに曉淇は劉文森と映画に!さらに二人は七夕情人節に市政府が開催する「カップルコンテスト」に参加することを決める。劉文森が身寄りのない女の子の心臓移植の費用が足りないなどと言ったためだが…。どうも胡散臭い…。昔はシュッとしたアイドル顔だったのに、最近は脂ぎっている周群達(ダンカン・チョウ)。案の定、帰りのバスで「恋愛詐欺」に遭ったという女性とその弟(演:張再興/チャン・ツァイシン)に襲われ、金を返すハメに。
で、このバスの運転手が阿泰。阿泰は阿泰でそのワンテンポの遅さから、劉文森にボコられてしまい、顔面に青タン作ってしまう(笑)。
翌朝…。目覚めてからの曉淇の身に様々な「超常現象」が起きる(笑)。すなわち「失われた七夕情人節」。この後描かれるのは、姿を消したダンス講師の劉文森、なぜか日焼けした肌、写真館の店頭に飾られている、いつ撮られたのか全く覚えのない目を開けた写真。さらに幼いころ、「豆花を買ってくる」と言い残したまま帰ってこなかった父。これらは、「失われた七夕情人節」に阿泰が深く関与している…。とまあ、これ以上書くと、「ストーリー紹介」どころか「大ネタバレ大会」になるのでやめておく。と言うか、文章にするのが結構面倒な展開なのである。そこはもう「観ればわかるよ」というところだ(笑)。
興味深かったのは、阿泰以外の時間が突然止まってしまうシーン。「最近の映像技術はすごいなあ~」なんてのどかに観ていたら、パンフで監督自身が明かしているが、出演者たちが、必死のパッチで動かないように気張っていたという原始的な撮影だった(笑)。ロケ地は台北の中心、信義區の商業エリア。非常に交通量が多いため、朝7時から10時までしか撮影許可が出なかったので大変だったと振り返っている。その「幕後花絮(撮影ウラ話)」はこんな感じ(笑)。
ところで、この時間が止まっている間の阿泰の行動について、台湾のネット民の間で議論が巻き起こった。映画館上映から半年経過してNetflixでの公開時である。時間が止まっている中で、曉淇は目は開いているが意識が停止している。その曉淇を砂浜へ連れて行き、好きなようにポーズをとらせて写真を撮っているという阿泰の行動に批判的な意見が集中した。同様の現象は日本でも見られる。曰く「単なるキショいストーカー野郎だろ」「変質者のホラー映画か」「女性としては到底受け入れられない」等々。こうした議論と言うか批判に対し、陳玉勲監督は雑誌『ユリイカ8月号』で、「正直唖然とした」と言いながらもクリエーターとしての意見をきちんと語っているので、ご興味があればご一読を。
まあ小生は、そういう「意識高い系」の人たちのような考えにはもちろん及ばず、「あはは、おもろい展開やね~。なるほど、そう来たか~、あはは」と観ていたんだから、よほど「意識低い系」なんだろう(笑)。かくのごとく、Netflixをはじめとしたネットでの配信がCOVID-19の感染拡大によって、すっかり定着して映画鑑賞の間口がぐっと広がったが、それも良し悪しだなと思った。同記事でインタビュアーの栖来ひかる氏も、配信のリスクを語っている。こういうケースは今後も増えていくんだろうなと思うと、ちょっと嫌な気分になる…。
さて、ラストはかなり感動的な二人の笑顔とビー・ジーズの「I Started A Joke」でめでたしめでたしとなる。いや~、改めて、名曲だね~ <<<そこかい!(笑)
【受賞など】
■第57屆金馬獎
・最優秀作品賞:『消失的情人節』
・最優秀監督賞:陳玉勲(チェン・ユーシュン)
・最優秀オリジナル脚本賞:陳玉勲
・最優秀視覚効果賞:郭憲聰(グオ・ジエンゾン)
・最優秀編集賞:賴秀雄(ライ・シユウション)
他6部門にノミネート
■青年電影手冊年度盛典
・華語片ベストテン:『消失的情人節』
他4部門にノミネート
■台灣影評人協會
・最優秀監督賞:陳玉勲
他4部門にノミネート
■アジア・フィルム・アワード
・3部門で結果待ち(2021年10月8日決定)
■臺北電影獎
・7部門で結果待ち(2021年10月9日決定)
【消失的情人節】官方預告,9月18日(週五) 全台上映
(令和3年8月16日 シネマート心斎橋)
『1秒先の彼女』 [DVD]
【封入特典】
●解説リーフレット:山下敦弘(映画監督)
【特典映像】
●メイキング…バスの運転/寂しくなんてない/静止した世界
●ミュージック・ビデオ”Lost And Found “
●予告篇集
※収録内容は変更となる場合がございます
「ユリイカ 」2021年8月号 特集=台湾映画の現在
台湾ニューシネマの異端児と呼ばれたチェン・ユーシュンの最新作『1秒先の彼女』の6月25日公開を皮切りに、白色テロ時代を描く台湾大ヒットホラー作『返校 言葉が消えた日』、ドキュメンタリー『日常対話』ほか多種多彩な公開作が続く今夏。その連綿と続く歴史を見つめなおし、台湾映画の現在地を描きだす。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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