【睇戲】『盗命師』(台題=盜命師)

昨年、決してロードショーで公開されないような、それでいて非常に質の高い台湾映画の数々に触れることができた上、「こんな俳優がいたのか!」など多くの発見もあって大満足だった「台湾巨匠傑作選」が、今年もシネ・ヌーヴォで開催。とにかく「台湾ニューシネマの原点から最近作まで、台湾映画の魅力を伝えきる好評企画!」という触れ込みだ。実に魅力的な作品がラインナップされている。すべての作品を観たいのは山々だが、いくら「職業=暇人」でもそういうわけにもいかず、厳選していくつかの作品を観ることとした。今年は小生にとって「記念すべき一作」となった作品もラインナップされているなど、楽しみな作品が目白押しである。

盗命師 台題=盜命師

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

台題 『盜命師』 英題 『Pigeon Tango』
邦題 『盗命師』
公開年 2017年 製作地 台湾 言語 標準中国語
評価 ★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督):李啟源(リー・チーユエン)
編劇(脚本):李啟源
音樂(音楽):半野喜弘

演員(出演):陳庭妮(アニー・チェン)、王陽明(サニー・ワン)、陸弈靜(ルー・イーチン)、 喜翔(シー・シャン) 、廖峻(リャオ・ジュン)、楊烈(ヤン・リー)、楊朵立(ドリス・ヤン)、蔡思韵(セシリア・チョイ)

【あらすじ】

事故死した恋人が遺した借金返済のために、デコトラのポールダンサー、ジン・バービー(金芭比)は彼の臓器を売ることを承諾する。謎の名外科医、マラッカ(麻六甲)に手術を託すが、彼女は次第に彼に惹かれていく。『河豚』の リー・チーユエン監督6年ぶりの新作は、臓器売買と鳩レースをめぐる人間模様と愛が描かれた、サスペンスタッチのヒューマンドラマ。<引用:シネ・ヌーヴォ「台湾巨匠傑作選2020」特設サイト

日本ではあまりなじみがない(話題にならない?)鳩レースだが、台湾では日常生活の中のありふれたものだという。ただ、これをテーマにした映画はこれまでほとんどなかった。日常的ではあっても、レースの背後にはダークな部分があることも、一般には知られていないようだ。作品は、臓器売買というダークサイトなストーリーをうまく融合させている。ポスターを見る限りでは、ホラーとかサイコスリラーとかシリアルキラーとか、そんなイメージを抱いたが(そもそもタイトルがそんな雰囲気だし…)、観ていくうちに色んな人間模様が見えてきて、最後は「ああ、よかったね」という気持ちで見終わることができる、という流れだ。

オープニングで夜の風景。湖にそびえる二つの塔は、多分、高雄は蓮池潭の龍虎塔だろう。パワースポットという触れ込みだが、小生はそのパワーにやられてしまったのか、プチ熱中症でダウン寸前だったわいな(笑)。

2007年11月8日 筆者撮影

そんなウダ話はさておき、映画について。

レース鳩のタンゴ

「主人公」という存在がぼやけてしまっていると思った。それはミスなのか、はたまたそれこそが監督の意図するところだったのかはわからないが、最後まで小生の中でそこが解決しないままに終わった。ポールダンサーのジン・バービー(金芭比)が主人公なのか、臓器摘出外科医のマラッカ(麻六甲)なのか、それとも鳩レースの胴元、ローレン(肉仁)なのか、さらには老刑事のヤン・カイミン(陽開明)なのか…。「そんなもん、見る側がだれをフォーカスするかで変わるだろう」ってもんだが、そりゃそうなんだけど…、ってのが強すぎるんだわな。色々と伏線をばらまいて、一つひとつ丁寧に回収はしているんだけど、なんかスカーっとしなかった。もう一回観たら、変わるのかもしれんけど。

そんな中で、一番、己のポジションを不動のものとしていたのが、レース鳩「タンゴ」であった。レース終盤、みんながタンゴの帰巣を待つも、なかなか戻ってこないことに、やがていら立ちを隠せなくなる面々。そして遠くにタンゴらしき姿を発見した時の金芭比のうれしそうな表情。この顔で、上述のもやっとした気持ちが一気に晴れた思いがした。

実は小生、鳥が大嫌いで、中でも鳩は勘弁してほしいランキング1位なのだ(笑)。なかなか説明してもわかってもらえないのだが、西加奈子の『地下の鳩』の最初に、主人公の鳩嫌いの理由が綴られているので、ご興味あればご一読を(笑)。この年齢になっても、神社仏閣で鳩がワ~っと来ると建物に駆け込むくらいだ。そんな大の「鳩恐怖症」の小生が、タンゴが愛おしくてたまらなかったのだから、その存在感はよっぽどのものだったとご理解いただければ、これ幸いだ(笑)。

もし、何かの間違いで(絶対ないけどw)、小生にこんな風に鳩を触る役が回ってきたら、いくらギャラが高額でもお断りする(笑)。しかし、よく平気だね~

陳庭妮と王陽明

「主人公のフォーカスがー」とか偉そうに言ってるが、だれが見てもジン・バービーを演じた陳庭妮(アニー・チェン)と、マラッカを演じた王陽明(サニー・ワン)が、主役だろうというのは間違いないところだろう(笑)。陳庭妮はモデル出身の人気女優で、これまでテレビドラマには多く出演しているが、映画は少なく、これが3作目。4作目があの『悲しみより、もっと悲しい物語 (比悲傷更悲傷的故事)』の女性カメラマン役である。本作では、事故死した彼氏の遺志を受け、先述のタンゴをレースの参加させるべく奮闘する一途さを好演していた。

一瞬、古代シナの偉い学者さんかと思う名前の王陽明は、米国生まれ育ちのいわゆる「ABC=American born Chinese」。2011年に台湾でテレビドラマデビュー。以来、ドラマや映画出演を数は少ないが、こなしている。どうも本業?の実業家としての活動に軸足を置いているという感あり。まあ、そんなに「上手い!」って感じでもないし(笑)。描かれ方がもう一つだったのかな?何故、違法な臓器摘出に手を染めているのか、そこらをもっと明らかにしてほしかった。逆にそのミステリアス具合がよいのかな…。

李啟源(リー・チーユエン)監督はこうした若手を積極的に主役に起用するのがお好きなようで、今回のプログラムで上映されるもう1本の監督作品『河豚』でも若手を主役に起用している。

ベテラン3人

ベテラン勢がいい。まずは、鳩レースの胴元であるローレン(肉仁)役の喜翔(シー・シャン)。多くの映画やドラマに出演し、受賞歴も豊富なキャリア抜群の俳優。小生はスクリーンで初めて見る顔だが、なかなかトーンを抑えた演技が渋い。牧師としての「善」の顔の一方で、極めてダークな顔も持つ役どころを渋く。

ジン・バービー(金芭比)がポールダンサーをやっていたデコトラの元締め?役の陸弈靜(ルー・イーチン)は、今回のプログラムでは一番よく顔を見る名女優。特に蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の作品には欠かせない。金馬獎、金鐘獎の常連でもある。

鼻血が印象的な老刑事を演じた廖峻(リャオ・ジュン)も経験豊富。役者としてだけでなく、テレビタレントとして幅広く活躍する。この時に見せる「鼻血」にはラストあたりで衝撃の事実!が隠されていたことを、観客は知ることになる。そりゃまあ、あの鼻血はどう考えてもそういう伏線だわな。

この3人がいたおかげで、ストーリー展開が散漫にならなくてすんだようなもの。やはり、ベテランの力は大きい。

「自然、風景」という台湾の魅力

 蔡思韵(セシリア・チョイ)演じる貓仔(ミウ)と楊朵立(ドリス・ヤン)演じる林百惠という二人の女子が背負う運命とか鼻血の刑事との関係など、鳩レースストーリーと並立する臓器売買ストーリーという作品の柱も見どころなんだが、このへんのバランスが難しいところ。もう少し、バランス関係を調整した方が面白くなったのでは?と思う。そこは欲張りすぎたのかなとも感じたが、「じゃ、どうすりゃよかった?」と聞かれても答えに窮するところではあるが(笑)。

さて、これまでにも台湾映画を語る際に何度も触れてきたが、台湾の風景というのは、台湾が誇るべき映像資源であると痛感する。特に東部の太平洋側や一面の田畑、山岳地帯などは素晴らしい。半野喜弘の音楽もよくマッチしていた。バービーが亡くなった彼と住んでいた、車体の上に鳩小屋を置いたキャンピングカーは、田んぼのど真ん中。実りの秋、金色に輝く稲穂は見とれてしまう美しさ。この明るく広大な風景が、臓器摘出を行う手術室の暗く湿ったムードを一層引き立てる。このコントラストの使い方は上手いなと思った。

ラストシーン。バービーがレース鳩を迎える赤い旗を思いっきり振る場面もまた感動的。「鳩はつがいで飼うべし。雄は必ず雌のもとに帰ってくる」という旨をタンゴでレースに挑むバービーにローレンがアドバイスするシーンがあったが、その謎解き的場面でもあった。

自然といえば、台湾の鳩レースは海上でスタートするらしいのだが、そのスタート場面も圧巻。レースの主催者側と交渉を重ね、「一発撮り」となったスタートシーンは台風で荒れる海の上から、何万羽?もの鳩が飛び立ってゆく迫力は息を呑むばかりであった。

支離滅裂な映画評はいつものことでご愛嬌と受け取っていただきたいが、色々と自分の中で消化しきれない、胸やけ状態になった作品ではあった。目の付け所はとてもいい作品なんだけど、料理の仕方、味付けなんだわな、そこはきっと。

(令和2年11月15日 シネ・ヌーヴォ)



 


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