【上方芸能な日々 文楽】平成三十年十一月公演 <第一部>

人形浄瑠璃文楽
平成三十年十一月公演 <第一部>

何事にも「平成最後の…」という枕詞が付く今日この頃。今上陛下の譲位まで半年ほどとなり、次の年号が気になったりもする。

文楽も、その平成が終わりに近づくにつれ、舞台を華やかに彩ってきた人たちが、相次いで舞台を下りたり、生涯を閉じたりしており、昭和からのファンとしては非常に寂しいものを感じる。

九月の声を聞くと同時に、また一人、古き良き時代の文楽を知る人が、世を去った。

最後の舞台は、夏休み公演だった。「野崎」でシンを弾いてはった。いつものように表情一つ変えずに無心に太棹を鳴らしてはったのやけど、「このクソ暑い夏、こういう高齢の芸人さんを舞台に上げるのは、そろそろ止めにしたらどうなんや?」と、蓑助師匠の人形共々に、「う~ん」と考えさせらたのだが、いやいや、まさかその直後に人生の幕を引かれてしまうとは…。

寛治師匠の愛弟子にして孫である寛太郎が、数十年後には「八代鶴澤寛治」を襲名するのだろうけど、間違いなく、俺は生きてないなあ…。

さて、舞台。今公演は、落語との関係が深い狂言二本が、第一部にかかる。いつだったか、「たまには行かない公演があってもいいのかなと思う」などと記した。今回は演題次第ではそうなるかもと思っていたが、この二つだけは、やっぱり見物しておきたいなあと思った次第。

本日のお座席はこちら。結構ギリギリで取った割には、そこそこよいお席だったのはラッキー。浄瑠璃聴くには、少なくともこのあたりの距離は確保しておきたいところだ。人形を主眼にするなら、逆にここではかなり辛い。

蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)

■初演:享保19年(1734)10月、大坂竹本座
■作者:竹田出雲

久々感満載だったので、どれくらいぶりかと調べたら、小生が前回見物したのがなんともまあ、昭和59年の9月以来のことである。久々どころのハナシじゃない。平成ももう終わろうかとこのエントリ冒頭で記したが、なんと昭和の話であるからビックリ仰天だ。

その後も文楽劇場で何度か公演されているようだが、小生、香港在住中に付き、チャンスなく、今回となった次第だ。

そして、落語『天神山』の元ネタであるのは、皆様ご存知のとおり。

「葛の葉子別れの段」
中:小住、勝平
太夫はダブルキャストで、前半戦を咲寿、後半戦を小住が勤めたが、咲寿は苦戦していたようだ。で、小住は苦戦という印象はなく、さりとて完璧とも言えず、まあ奮闘したというところか。勝平が、何度も繰り返すが、襲名を機にスケールが増したことを益々印象付けられた。「すべては勝平のために」と言うと、太夫に悪いが、それほどまでに存在感を増しているのを感じた場であった。ここの場面は、引退した松香はんあたりなら安心して聴けたかもねぇ。

奥:津駒、宗助
義太夫漫才「三人奴」の市松笑顔師匠の十八番、「葛の葉の曲書き障子抜け」を思い出さずにはおれない、という世代です(笑)。笑顔師匠は器用に、下から上へ書いたり筆を口にくわえて書いたりして、最後は狐になって障子を破って、という名人芸を見せてくれていた。これを小生は、昔のなんば花月で何度も観ている。

『葛の葉の曲書き・障子抜け』 三人奴

まあ、この段の大まかな筋も、この映像を見れば一目瞭然。(クリックして観てください。まことに貴重な至芸であります!)

歌舞伎も三人奴師匠と同じような、「魅せる」パフォーマンスをすることが多いが、本来が「聴かせる」芸である文楽では、狐の化身の葛の葉が書く場面はなく、書き残されてあった障子を発見するというやり方。これがそもそもの形らしい。

落語の『天神山』では「狐詞」をわかりやすくするため、噺家さんそれぞれが工夫をこらし、語尾に「こーん」と付けるなどして可笑しみも加えているが、浄瑠璃では一拍おいてから「かッ」と付けている。

こんな具合に、様々な上方芸能で「葛の葉子別れ」を観たり聴いたりして、その違いや共通点、それぞれの工夫なんぞを見つけるのは、ほんと面白い。そのためにも、色んなジャンルの舞台はできるだけ観ておいた方が、人生豊かになるわな。

と、言うようなあれこれを思い出しながら観ることができた、津駒はんの語りでありました。

「信田森二人奴の段」
芳穂、津國、南都、咲寿、碩
藤蔵、清馗、友之助、錦吾、清允
掛け合いで。メンバーが良いので、聴くのも観るのも面白い段だった。

一方で、やっぱり「蘭菊」を飛ばしちゃ、あかんなと感じた。そりゃまあ、「パンフにここに至るあらすじ書いてますやん!」と言われたら、「えらいすんまへん」と言うしかないんだけど、「蘭菊」があってこその「二人奴」だと思うんで、これはやっぱり不親切と言うか、杓子定規に時間合わせしたと思われても仕方ないだろう。こういう実に「残念な」建て方が多すぎるんだわな、最近は…。

気を取り直し…。この段の貴重さは、「人形の三人遣い操法」が初めて舞台にかけられた段ということに尽きる。実は、前述の昭和59年の9月公演では「三人遣い創始二百五十年記念 」と銘打たれている。あれから34年。今回は「285年記念」というところか。

その「三人遣い」の最初となった、二人の奴、野干平と与勘平は玉助と玉佳。これはよいコンビだった。人形はこの二人のほか、葛の葉の和生はんも印象深かった。総体的にやっぱり今公演も、人形陣の充実が目を引くことになり、床、とりわけ太夫の人材不足が浮き彫りになってしまった。ある意味、「冬の時代」真っ只中というところか…。

桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)

これまた上方落語に縁の深い作品。『胴乱の幸助』でおなじみ「お半長」と言えばこの作品を指す。そして例の名文句「親じゃわやい、ちぇ~、あんまりじゃわいなぁ~、親じゃわやい、ちぇ~、あんまりじゃわいなぁ~」。まあ、実際の浄瑠璃ではこんなことは言わんけどね(笑)。そこは一種のパロディですわな。けど、昔の人はそれはちゃんとわきまえて聴いてはったんやけど、今はそうはいかんから、落語も浄瑠璃もどっちもやりにくい。そういう時代だわな。色々と難しいことになってきた(苦笑)。

■初演:安永5年(1776)10月、大坂北堀江市の側芝居
■作者:菅専助

前回見物したのが、6年前の4月公演。「帯屋」を嶋さん住さんのダブル切語りで、「どうだまいったか!」の圧巻ぶり、というものだったが、両巨頭すでに舞台にはおらず、今回は呂勢、咲さんというリレーでの「帯屋」。結果から言うと、これはこれで今の文楽が提供できる最高クラスの「帯屋」だったと。

「六角堂の段」
お絹:希、長吉:小住、儀兵衛:文字栄
團吾
文字栄はんが、こういう配役に来るのがちょっと珍しかった。希は、可もなく不可もなく。彼はいつも合格点だけど、他より抜きん出た感じがなく、埋没しがちという印象。何かきっかけをつかんでほしいんやけどな…。特筆すべきは、小住の長吉。「あんた、こんなんできるんですか?!」と驚く。来年、大きな飛躍が期待できる表現だった。

「帯屋の段」
前:呂勢、清治
小生の中では、呂勢太夫は重厚な時代物で能力をいかんなく発揮する人、という印象だが、だからと言って、世話物を避けて通るわけにはいかず、やはりマルチプレーヤーとして将来の太夫陣を背負っていくべき人。で、今回の「帯屋」である。落語ファンも「あの」場面を楽しみにしている(笑)。

難なくこなすだろうとは思ってはいた。あくまで「難なく」。後は、清治師匠がいい意味で引きずり回して、一定のレベルに仕上がるんだろうと。ところが、いざ始まると、きちんと呂勢の語りで、物語が仕上がってゆくのが、聴いていて楽しい。前回、聴いたときはここを師匠である嶋さんがやったのだが、嶋さんの教えも行き届いてはいるのだろうけど、それ以上に、呂勢なりの「帯屋」が聴けた。ホンマ、研究熱心なんだなぁと。

長吉や、笑い倒す儀兵衛の表現も素晴らしく、例の「親ぢやわやい親ぢやわやい」も「ナイス!」と声を掛けたいほどで。こりゃ、ええもん聴かせてもろたと、ウキウキな気分にしてくれた。

切:咲、燕三
小生如きがとやかく申し上げるのが畏れ多い、さすがの切場。登場人物も多く、それぞれアクの強いメンバーだから、これを上手くさばいていって、初めて浄瑠璃として成立するのだろうけど、そこ止まりの太夫が多すぎて、最近はなかなか舞台に熱中できないという、小生の欲求不満を見越したかのような、「どう?これでええんでしょ?」みたいな語り。それこそ、繁斎のような、物事をよくわきまえた人物から、憎まれ役の標本みたいなおとせ、うら若き恋に一途な娘・お半…。いずれの人物も、見事に客席とスイングさせるのだから、寝てるヒマなんかないよね、隣席のご婦人(笑)。

「道行朧の桂川」
胴乱の幸助はんに「しもた!遅かったか、汽車で来たらよかった!」と後悔させた、「お半長」の道行(笑)。

お半:織、長右衛門:睦 亘、碩
清志郎、寛太郎、清公、燕二郎
寛治師匠逝去にあたり、三味線は一人減ってのラインナップ。清志郎がシンを取る。任せて安心の三味線メンバー。寛太郎は、今公演限定で、師匠方先輩方の許しを得て、亡き師匠のおざぶで演奏した。この太夫三味線の中で、睦にミスキャストを感じたのは、小生だけか? であることを信じたいが…。

この演目も人形がよかったのは言うまでもないが、その圧倒的人形優勢の中で、咲さん、呂勢がいいものを聴かせてくれたし、小住が腕をますます上げているのも再認識できたのは、救いだった。

さてさて、今公演は第二部はパスした。「観たい観たくない」ではなく、それほど「聴きたい」とも思えんかったからだ。どうにもこうにも、ここ数公演、「ノリ」が悪すぎるのだ。ウキウキさせてくれないのだ。そう言う意味では、今年の文楽見物は、非常に淡泊なものだった。小生側の見物の態度に大いに反省すべき点もあるのは認めるが、淡泊にしか見せてくれない聴かせてくれない劇場側にも大いに問題アリだ。正月公演、どないしよ…。

(平成30年11月17日 日本橋国立文楽劇場)



    


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