香港インディペンデント映画祭
『乱世備忘―僕らの雨傘運動』
(港題=亂世備忘)
「香港インディペンデント映画祭」、超目玉作品である。2014年秋、世界中が香港に注目した「雨傘活動」のドキュメント映画である。この映画祭の開催が実現する以前から、香港で自主上映のような形で上映されていたこの作品には、興味を持っていた。いや、興味を持つと言うよりも、「日本で、大阪で観られる日は来ないのか…」などと、やや悲観的にその日が来るのを待ち焦がれていたところ、この映画祭がまず東京で開催され、名古屋、そして今回の大阪での開催となり、意外にも早く『乱世備忘―僕らの雨傘運動』を観られる日が訪れた。「これはいずれ、上映会の告知を見つけたら、香港弾丸ツアーでも企てて行ってくるしかないな」なんて思っていただけに、こんな朗報はありゃしない。
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
港題 『亂世備忘』
英題 『Yellowing』
邦題 『乱世備忘―僕らの雨傘運動』
公開年 2016年
製作地 香港
言語 広東語
評価 ★★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):陳梓桓(チャン・ジーウン)
監督の陳梓桓(チャン・ジーウン)は、前回のアップで紹介した短編『表象および意志としての雨』の監督。あの作品を観た時点で、ますます『乱世備忘』への期待が膨らむ。
デモ隊の戦闘でスクラムを組んで警官隊と対峙する若者たち。彼らは無表情な警官隊に向かって、「血も涙もないのか?」「あなた方も香港人ならこの気持ちがわかるだろう」などと「情」に訴える。ネット新聞『立場新聞』2016年5月5日付に、陳梓桓が寄せた一文『為更美好的香港』によれば、これは「雨傘」に発展する2日前の様子とのことだ。
『乱世備忘』は、この若者たちの行動を追いながら、彼らの目から見た一連の「雨傘行動」をドキュメントに仕上げたものである。
イデオロギーを語らず、という姿勢が一貫していた。この作品が優れていると思う点はまさにそこである。「雨傘行動」というと、どうしても18歳になったばかりの黄之鋒(ジョシュア・ウォン) らが率いる中高生中心の「學民思潮(Scholarism)」や、大学生による民主化活動団体「香港專上學生聯會(學聯)」に注目が集まりがちだったけど、この作品にはこうした連中は「出演」しない。また、デモ隊と地元民(黒社会?)の間で激しい衝突が起き、連夜の流血沙汰となった旺角(Mong Kok)の状況もほとんど映像には出てこない。レンズが追ったのは、あくまで自らの意志でデモに参加した「普通の」若者たちの姿である。
彼らの多くがかなり早い時点で、デモは成果を上げないだろうと冷静に見ていた。それでも引くに引けなくなったのは、もはや「闘争」の目的が「普通選挙の要求」から、「学生vs警察」という構図に変化してしまったからだ、という流れも、映像から伝わってくる。
さらに、既存の民主派政党や、一見、デモを支援しているかのように見えて、実は主導権を握ろうとしているのではないかと疑いの目で見られている、現在で言う「本土派(香港第一主義、排他主義)」政党への不信感なども、伝わってくる。「自分たちが動かなければ」「自分たちが声を上げ続けなければ」という意思が痛々しくもある。
「ゴキブリ兄さん」と呼ばれる、若者たちより少し年上の男性が、時に折れそうになる彼らにアドバイスを送る。この兄さんの投げかける言葉が実に的確で、強く印象に残る。彼の言葉で若者たちは考え、行動し、時には口論もする。
「まさか自分がデモに参加するなんて思ってもみなかった」という若者が大半 である。彼らを動かしたものは何なのか? 映画ではそこにすら語らない。この姿勢があればこそ、「親中派ではないけれど反民主派」の小生を引き付けたのだと思う。本来、ドキュメント作品って、こうあるべきだよな…。と思った次第。
これ、DVDとかにならんかね? あるいは日本でもっと各地で上映機会が増えないかね…。
さて、上映にあたって、2014年の雨傘を小生自身がどう見ていたかを、一たび、振り返ってみた。最初に「雨傘」に関して記したのが、「Occupy Central(佔中=セントラルを占拠せよ)」が発動されてから3週間ほど経過した14年10月16日だった。
それまでもFacebookでは事態の成り行きをツッコミも入れながら追っていたが、こうしてブログに上げたのはこの日が最初だった。佔中が長期化を見せる中で、中央及び特区政府の落としどころははっきりしているが、当のデモ主体側はどこにどう落ちつけたいのかが、見えてこない中でのことだった。続いて、
として、香港はもとより日本のテレビ、新聞報道も殺伐としたものばかりだったので、意外とみんなこんな具合に楽しくやってるよ、という佔中の一面を記した。次には、小生が毎度毎度言ってることが数字になってはっきりと表れたよ、ということで、従来の民主派の凋落について。
そしてデモも終焉が見えて来たころには、学生君たちの未来を心配してあげて、
なんてのを記したら、運よく香港出張の仕事が転がり込んできて、デモはあと数日で完全排除されるというギリギリの段階でようやく現場に立つことができた。
小生が現場に赴いた2日後にはこのテントも完全に排除され、排除から数時間後には、何もなかったかのように車がスイスイ走っていた。なんか物悲しかった。そういう意味では、ほんのわずかな時間だったが、この場所に立てたのはラッキーだったし、非常に貴重な経験をしたなと思っている。
写真の右側には既存の民主派政党ののぼりが立っているが、学生たちはハナから連中を頼りにはしていなかったし、上述の通り、映画の中でもそれを感じさせる発言がいくつか聞かれた。
9月28日に始まった佔中が、12月に入ってもまだ続くとは当初は誰も思っていなかった。結局、催涙弾ぶっ放してそれでおしまいと甘く構えていた特区政府の初動ミスが、事態を長引かせてしまった最大の原因。それにより、香港社会の二極対立構図がより鮮明になって、世の中が非常にギスギスしてしまった。その影響は今も尾を引きずっているし、今後さらに強まっていくだろう。
あと数日で、返還から20周年となる。振り返るに、この「雨傘行動」は香港が抱える多くの問題、矛盾の一面にすぎないと思っている。これからもっと色んな問題や矛盾が噴出してくるのは間違いない。そこでうろたえないためにも、「自分で考えて行動する」、この気持ちは忘れないでいたいと思う。それは民主派も親中派も関係なく、香港市民のだれもがそうあってほしい。そんな気持ちになる素晴らしいドキュメント作品だった。
《亂世備忘》官方預告片 Yellowing Official Trailer
《亂世備忘》官方預告片 2 Yellowing Official Trailer 2
(平成29年6月6日 シネ・ヌーヴォ)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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