<『三体』シリーズとは、文革の凄惨な吊し上げ殺戮に始まり、やがて舞台は宇宙へと広がる、スケールの大きな「群像劇」なのかもしれない>
今更、説明の必要ないと思うが、今一番、中国で世界で旬のSF作家、劉慈欣による長編SF超大作『三体』シリーズはもちろんご存じですよね? 「え?知らない!」って!! それは人生損をしているとも言えるし、ラッキーなことだとも言える。なんせこの『三体』シリーズ、『三体』に始まり、『三体Ⅱ 黒暗森林 上』、『三体Ⅱ 黒暗森林 下』、『三体Ⅲ 死神永生 上』、『三体Ⅲ死神永生下』の全五巻が出ており、その壮大な展開はページをめくる手が止まらない。読書冥利に尽きるSF大作なのだから、これを読んでない人たちの人生のつまらないことよ…。と、全巻踏破した小生などは思うわけだが、一方で、科学や物理が全く苦手で、それ故に国文学科に進んだ身としては、苦手分野の脳みそを使いまくるためか、毎回読むたびに凄まじい「読書エネルギー」を要するのだ。読むたびにくたびれるのである。
なので、最初に『三体』を読み終えたのが2020年6月で、最後の『三体Ⅲ死神永生下』を読み終えたのが2年後のこと。次の巻に行くまでに軽い作品を何冊か挟まないと、脳みそが破壊されてしまいかねないのだ(笑)。が、いざ、全巻踏破したらしたで、今度は喪失感が襲い「三体ロス」に陥ってしまう…。ネットで『三体Ⅲ死神永生下』の感想などを見ていると、皆さん「三体ロス」状態にあって、ちょっと安心(笑)。
その「三体ロス」を救ってくれるのでは!と期待の持てる作品が、『三体Ⅲ死神永生下』の刊行から間髪入れずに同じ早川書房から刊行された。
『三体』については、本国で『三体』シリーズの本国版『地球往事』三部作が雑誌連載としてスタートするやいなや、たちまち中国ネット民を中心に様々な議論が交わされていた。2008年、満を持して一作目の『三体』が版元の重慶出版社から発刊されると、そのうねりはさらなる広まりを見せる。今を時めく「中華SF」の若き旗手の一人である宝樹も、当時は日本でいうところの「なんJ民」のようなネット掲示板の常連に過ぎなかったが、こうした連中が『地球往事』三部作の完成を受けて<原作で描かれなかった世界>や<こうなったらいいのに>みたいなことを書き連ねていた。その中でも評判が高かったのが今回読んだ『三体X 観想之宙』。なんと『三体』シリーズの作者である劉慈欣認定の「二次創作作品」として、原作と同じく重慶出版社から刊行されるに至ったのである。
果たして、小生の「三体ロス」をどこまで救ってくれたか…。
『三体X 観想之宙』 宝樹
早川書房 ¥2,090
『三体』全5巻を読み終えて、いわゆる「三体ロス」に陥っていたのは、上述の通り。長らく積読状態だったが、いよいよ御開帳の運びとなった。思えば、あの精魂尽き果てたような、「読書エネルギー」が底をついてしまったかのような読後感が懐かしい。あんなにくたびれていたのにね(笑)。
しかしもう、この『三体X 観想之宙』は「『三体』ファンが書いた二次創作」とかの範疇には収まりきらない、シリーズ6巻目みたいなもんでしょう。「ホンマは劉慈欣が書いたんちゃうの?」と思うくらい小生にとっては「かゆいところに手が届く」一冊であり、全巻踏破後の「ええ、これで終わるの⁉ もうちょっとだけ先を教えて!」という、もやっとした気持ちを十分に汲んでくれる一冊だった。
特に気になって仕方なかった異星種族のひとり「歌い手」という存在。「双対箔」という一片の紙切れのようなものを放ち、太陽系を次々と二次元化してしまう。もちろん地球も一幅の絵となってしまう。これは三体星人が地球に向けて放った、たった一機の三体艦隊の先遣隊「水滴」の破壊力よりも恐ろしい。その「歌い手」について、「天萼(てんがく)」丸々1章を費やしてくれたのは嬉しかった。この「歌い手」にまつわる物語が壮大極まりない。かつ「オタク」精神に満ち溢れていて、「そこまで書くんかい!」って思える微笑ましさ、ある種の「厚かましさ」がとてもいい(笑)。
これこそ第一巻目からずっと気になっていた三体人の姿かたちについても、「おお、そんなグロいのか!」って感じで、なんとなく想像出来たり…。一巻目から、日の昇りと暮れが一定の法則で進まない「乱紀元」という時期を「脱水」してやり過ごすという描写?に「かなり地球人とは違う風体なんやろ」と思ってはいたが…。俺も仕事がぶわ~ってなってきたら脱水してやり過ごしたい(笑)。
まあ、『三体』シリーズのネタバレになるけど、結局『三体』シリーズは、「地球人vs三体人」の全面宇宙戦争を描く物語ではなく、終わってみれば、宇宙の滅亡へと続く物語だった、というのが全巻踏破しての感想。当の三体星系自体は「黒暗森林」理論で他の星系群の攻撃を受け滅んでしまう(『三体Ⅲ 死神永生 上』)。本作は滅亡から先の展望を見せてくれる物語でもある。
1963年生まれ、小生と同い年の劉慈欣はもちろん、1980年生まれ、いわゆる「80后」世代の宝樹も日本文化にはかなり造詣が深いようで、両者ともにここというところで、田中芳樹の『銀河英雄伝説』の一節を引用している。本作で言うなら「コーダ以後 新宇宙に関するノート」の冒頭に“伝説が終わり、歴史が始まる”を使っている。この章はまさにそれ。三体危機に面し、葉文潔に始まり、王淼、史強、羅輯、程心、艾AA、そして雲天明…。実に多くの人物が「前宇宙」で繰り広げた「伝説」は終わり、「新宇宙」の歴史が再び始まるってところか。「次元逆転が同じ歴史を繰り返す」という説に、雲天明はこれを『涼宮ハルヒの憂鬱』の「エンドレスエイト」を持ち出して反論したりしている。いやもう、ホンマに、わかりやすいわ、こういう解釈(笑)。
また、三体人に捕らえられた、脳みそだけとなって宇宙をさまよっていた雲天明。その頭の中にあったのは、日本のAV女優、武藤蘭とは、さすが「日本のAVに精通している中国人男子!」ってハナシ(笑)。
雲天明と艾AAのその後についても、それは「そうか、こうなったのか」と、納得のいく展開が綴られていた。敢えてかどうかはわからないが、劉慈欣が描かなかったエピソード、読者に想像を委ねたエピソードをオタク心全開にして、ウヒャウヒャ楽しみながら書き上げた「オタク妄想爆裂弾」という一冊だった。その上で、最後は「おお!そう来たか!」という締め方で、上手いこと持って行ったなあと感心。そっか、『三体』作者の劉慈欣は、「前宇宙」では脳みそだけとなって宇宙をさまよっていたのか…。
「オタク、万歳!」「宝樹、万歳!」と叫びたい!
とにかく『三体』シリーズ全巻を踏破した人だからこそ楽しめる作品ではないだろうか。まったくSFに興味のなかった小生を、ここまで引き込んだのは『三体』作者の劉慈欣の力量とともに、二次創作作品『三体X 観想之宙』まで携わった大森望、光吉さくら、ワン・チャイの翻訳メンバーの力量によるところ大である。改めて労いと感謝の意を表したい。
ってことで、多くの方たちには「なんのこっちゃ?」「何言うてはんのか、さっぱりわからん!」という稿になってしまったが、知りたけりゃ『三体』全五巻と、この『三体X 観想之宙』を読み切っていただくしかないですな(笑)。ま、おきばりやす!
(令和5年11月25日読了)
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在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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