【毒書の時間】『もののふの国』 天野純希

<楠木正成ゆかりの観心寺「開山堂」。奥に正成の首塚が見える。本作では足利尊氏と正成の「海族vs山族」の対立も描かれている。小3の遠足で観心寺を訪れた際、住職さんが楠木正成について熱弁されていたのが懐かしい (photo AC)>


「共通ルールを決めて、原始から未来までの歴史物語をみんなでいっせいに書きませんか?」という伊坂幸太郎の呼びかけに、8組の作家(朝井リョウ天野純希乾ルカ大森兄弟澤田瞳子薬丸岳吉田篤弘)が賛同した「螺旋プロジェクト」。この度読んだ天野純希『もののふの国』で6作目。最初に伊坂の『シーソーモンスター』を読んで、およそ1年。あの時は「来年(すなわち今年)中には前作読み切ろう!」と張り切っていたが、そうは問屋は卸さない(笑)。他に読みたい本は続々と出て来るし、積読本は溜まっているし、何十年も前に読んだ本をガラクタの山から引きずり出して読んでみたりと、なんやかんやしているうちに1年たってしまった。てなことで、ゆっくり進めてます(笑)。

『もののふの国』 天野純希

中公文庫 ¥946

「螺旋プロジェクト」作品で、これまで読んだ中では一番面白かったかも! 出版元の集英社文庫の宣伝文句では、

武士とは、何だったのか?
千年に亘る戦いの系譜を一冊に刻みつけた、驚愕の傑作歴史小説。
〈螺旋プロジェクト〉中世・近世篇。

となっており、裏表紙カバーの紹介文は、

負け戦の果てに山中の洞窟にたどり着いた一人の武士。死を目前にした男の耳に不思議な声が響く。「そなたの『役割』はじきに終わる」。そして声は語り始める。かつてこの国を支配した誇り高きもののふたちの真実を。源平、南北朝、戦国、幕末。すべての戦は、起こるべくして起こったものだった――。
〈巻末付録〉特別書き下ろし短篇

とある。「これ、果たして読み切れるかな」と若干たじろぐ。ページ数も496ページと、そこそこの分量。何せ1000年分の物語である。これは難敵と、腹をくくって挑んだが、そんな心配はあっという間に消え去り、瞬く間に物語に吸い込まれてゆき、いつの間にか歴史のうねりの中に自分がいるかの心持で、どんどんページをめくってゆくことになる。天野純希、恐るべし! 初読みの作家さんだけど、すっかり魅了された。

そもそも時代小説、歴史小説は好きなのだけど、どうしても江戸の長屋話や剣豪ものに偏ってしまいがち。そりゃまあ、読書に娯楽性を求めているんだから、そうなってしまうのは仕方ない。

で、本作はどうかと言えば、平将門の栄華から西郷隆盛の死に至るまでの「武士(もののふ)」の世の中を、ダイジェスト的に、それも「螺旋プロジェクト」の様々な約束事をきちんと消化しながら読ませてくれる。歴史小説の醍醐味は、史実の合間に垣間見る様々なヒューマンストーリーにあるわけだが、そのツボをしっかり押さえて上で、「螺旋プロジェクト」を時に巧妙に、時にあからさまにからめていくのだから、ある意味、娯楽小説の王道を行っていると言ってもいいだろう。

そうなれば、今度は各エピソードについて書かれた他の作家の小説を読みたくなってくるる。例えば、南北朝時代の対立を描いた「南北朝の巻」。この巻で重要な位置を占めるのは楠木正成。小生の住む大阪市南部から南河内一帯には、楠木正成にまつわる寺社や遺跡が多く、よく知られた人物である。以前から、正成には興味を抱いていたので、この巻は心が躍った。足利尊氏との「海族、山族」対立は、神戸の湊川で決着がつく。このあたりなどは、もっと深く掘り下げれば、一編の小説として成り立つ展開である。それは「螺旋プロジェクト」から離れた場で、作者には描いてほしいなと思う。二人の間で蠢く「婆娑羅(ばさら)大名」こと佐々木道誉からも目が離せない。この人物についても、名前だけ知っていたけど、本作を読んでもっと知りたくなった。これはもう北方謙三の「南北朝三部作」読むしかないでしょw。

「南北朝の巻」について言えば、大塔宮護良親王の生涯も深く知りたい。文楽で近年復活された『大塔宮曦鎧(おおとうのみやあさひのよろい)』を見物して以来、この人物についてもっと知りたいと思っていたわけだが、こうして巡り合うことができた。ありがとう!天野純希! ありがとう!「螺旋プロジェクト」!

今作での「海族vs山族」の対立は、長い時代を描いていることもあって、非常に多いので時代を追って下記に整理してみた。(青字:海、緑字:山)

平将門
源氏vs平氏 (平氏滅亡)
源頼朝vs平教経
足利尊氏vs楠木正成大内義弘
織田信長vs明智光秀
豊臣秀吉vs徳川家康
大塩平八郎
土方歳三vs西郷隆盛

海山対立に加え、幕府への私怨も絡んで物語が展開する。「大塩平八郎の乱」などはその典型で、平八郎の幕府や大坂町奉行に対する私怨と、彼自身の「いらち」な性格が災いとなってしまった好例だろう。こういう人間性を描いた上で、海山対立ストーリーに仕上げたのは、作者の腕の見せ所であった。

また、対立は海山だけでない。頼朝はあくまで領地にこだわって土地本位制の武士社会を守ろうとしたが、清盛は日宋貿易によって貨幣経済を模索していたという点を海山の対立軸で描いている点が、非常に興味深い。学校の日本史もこういう風に教えてくれたら、この時代が苦手にならなかったのに(笑)。

あと、小生、これまでずっとそう思ってたのだが、西郷隆盛はてっきり田原坂で切腹したと思っていたが、「ああ、そうだったのね」と(笑)。なまじ『あゝ田原坂』なんて三橋美智也の悲しい歌があるからの思い込みなんだが…。

一事が万事この調子で「あ、そうでしたか!」の連続であった。ちょっと海山対立、「螺旋プロジェクト」の決め事にこだわりすぎて、それが強調され過ぎている感もあって「え?それはどうよ?」と思う画場面もあることはあったが、「螺旋プロジェクト」のうちの一つということで見れば、非常に明快なストーリーで完成度の高い作品だった。

(令和5年10月30日読了)
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「螺旋プロジェクト」、次なるはこの一冊!


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