【毒書の時間】『あなたも私も』 久生十蘭

(photo AC)


すっかりハマってしまった久生十蘭だが、世間的にも流行ってるんだろうか? この夏、角川文庫からも今回読んだ『あなたも私も』が出版された。これまで十蘭作品は岩波文庫か河出文庫と相場は決まっていたが、最近は光文社文庫から分厚い短編集が2冊出た。今後、角川からも十蘭作品が続々と出てくるんだろうか?

『あなたも私も』 久生十蘭

角川文庫 ¥726

全く想定していなかった角川文庫から十蘭作品が発売され、いよいよブーム到来か? なんて思ったりする久生十蘭だが、「俺だけのブームであって欲しい」などと思う自分もいる(笑)。

書店用ポップ。色々と大層な書きようではあるww 気持ち、わからんでもないけどw

本作は『毎日新聞』昭和29年(1954)10月29日から翌年の3月24日まで連載された。作中にも当時の世相が垣間見られる。新聞連載小説というこもあってか、これまで読んで来た作品に比べ、割とあっさり目、控え目。猟奇的な展開も、怪奇的な事件も、冒険もないが、それでもおしゃれでハイカラなタッチは変わらず。言い方、書き方もが一々洒落ている。「パークしている車」、「側扉」にドアとカナを振るなど、「こういう書き方、洒落てるね~」ってのが、至る所にある。

人物描写も鮮やか。キーマンの一人、坂田青年は「牛車で洗浄野菜を売りに来て『稗搗節』を歌」い、これまたキーマンの秋川愛一郎は、主人公との最初の出会いに「お姉さま、握手」と爽やかに言う。隣家に忍び込んだ空き巣のクセに(笑)。「冗談みたいな細い口髭を生やしているところは、どう見てもトニー・なにがしの弟子」なんて表現も、「トニー・なにがし」を覚えている世代だから、余計に笑える。また、ストーカーか!ってほどに主人公につきまとう刑事の名前が「中村吉右衛門」だったり(笑)。サービス精神旺盛なのか、色々と楽しませてくれる。

本作に限らず、十蘭作品における一連の「言葉遣いのおもしろさ」については、「解説」で町田康が「ぐっとくる言い回しが到るところにあってその都度、悶絶しながら読んだ」と述べている。あの町田康が、である。やっぱ、マチーダさんとは気が合いそうである(笑)。

主人公は売れないモデル、サト子。知らないうちにウラニウム鉱をめぐる遺産、権利の奪い合いに巻き込まれ、「何の話かよくわかんないんですけど、私…」な状態で翻弄される。味方のようにふるまう人間が実は…だの、見るからに胡散臭いだろうって人間が、もしかして味方?だったりだのと、さらには詐欺師だの山師だのが暗躍し、強国の思惑なんぞも見え隠れする。こういう人たちが次々現れるから、このタイトルなんやなとずっと思っていたら、最後に「おお、そういう意味か!」となる。前年のビキニの水爆実験をちらつかせ、13億円の遺産がーー、ウラニウム鉱山がーーって、浮かれていても…と。秀逸なタイトルだと感心。

敵か味方かわからない人たちを相手にしてきたサト子の気持ちになると、ラスト3行が心に染み渡る。きれいな収め方だった。

そして町田康の解説も「なるほど!」な内容で、こちらも必読。彼もまた「ジュウラニアン」の同志だったとは、心強い(笑)。

(令和5年7月29日読了)
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