【毒書の時間】『アメリカの夜 インディヴィジュアル・プロジェクション 阿部和重初期代表作1』 阿部和重


初読みの作家さんにチャレンジ。毎年、30~50冊の本を読むが、知らないうちに偏りができてしまい、どうしても特定の作家の作品が増えてしまう。好きだから仕方ないんだが、それは勿体ない。自分の視野を広げる意味でも、より多くの作家の作品を読んでおくべきかとも思う。というわけで、気になっていたところで、阿部和重を選んだ。90年代後半、Jポップならぬ「J文学」の旗手として祭り上げられた阿部なので、名前はもちろん知っていたが、実は数年前に伊坂幸太郎との合作『キャプテンサンダーボルト』を読むまで、その文章に触れることはなかった。実に、「J文学」ブームから20年…。「何を今頃…」の阿部和重、さてさて、これからのラインナップに加わるかどうか…。

『アメリカの夜
インディヴィジュアル・プロジェクション 阿部和重初期代表作1』
阿部和重

講談社文庫 ¥924

『アメリカの夜』【第37回群像新人賞】【第111回芥川賞候補】【第8回三島由紀夫賞候補】
『インディヴィジュアル・プロジェクション』【第10回三島由紀夫賞候補】

表紙カバーのデザインがステキ。最近の文庫本は「マンガの文庫?」と思ってしまうようなデザインが多いので、こういうのは好感が持てる。

表紙はさておき…。上述の伊坂幸太郎との合作『キャプテンサンダーボルト』を読んでから、さらに数年。ようやくたどり着いた阿部和重(笑)。実は、ここのところ、阿部作品の文庫本が色々と出ていて、書店でよく目に付いたので、これはきっと「読みなさい!」という天の啓示に違いないと思い、手始めにデビュー作収録のこの一冊から読んでみようとなった次第。

まずはデビュー作『アメリカの夜』。冒頭から、李小龍(ブルース・リー)が編み出した截拳道(ジークンドー)がどうどうしたこうしたで始まり、てっきり功夫に関する作品かと思い、「お、気が合うね~」なんて思っていたら、こいつは騙された(笑)。結局、それなりの分量で截拳道研究のことが触れられていたにもかかわらず、それはどこかへ行ってしまった。いや、どこかへ行ってしまったと言うよりも、触れておかねば後の話が成り立たない、ということかもしれない。主人公は「特別な存在」でありたいと願い、映画的なものに憧れる青年、「秋分の日」生まれの中山唯生。勤務時間でも読書ができる、ゆるい職場、都内S区のS百貨店のSホールで、アルバイトの日々。この雰囲気に時代を感じる。西武のシードホールというのは一目瞭然だが、「解説」によれば、実際に作者が働いていたことがあるらしい。

唯生というのは、なかなかクセの強い、あまり友達にしたくないタイプの人間である。一方で、観察しがいのある人物でもある。やがて唯生をめぐる物語は、「陰キャラの青春の暴走」とでも言うべき展開を見せて行くことになる。展開の中で、語り部である唯生の友人「エス=私」の投影、分身が、ほかならぬ唯生であることが明かされる。明かされてもなお、物語は唯生の物語として進行してゆく。自分自身と語り合うとでも言うか…。

唯生の対極としての「春分の日」生まれの武藤の存在。小生からすれば「勝手に対立」してゆこうとする唯生。そこにチラ見えする李小龍、截拳道…。狂気、暴走、暴発へと一気に突っ走る唯生。う~ん…。なんか哲学書のような小難しさがあるなぁ…。最初にやたらと地の文が続き、やっと出てくる会話文も「」で括らず、単柱で記されているのでとっつきにくさがある。と、言いつつ、唯生の世界観に引き込まれている自分…。う~ん…。

ちなみに、タイトルの『アメリカの夜』、前述のように舞台は渋谷。決してアメリカでの話ではない。映画好きの人なら、このタイトル、ピンと来るでしょ(笑)。

もう一作、『インディヴィジュアル・プロジェクション』、略して『IP』は、打って変わって、なかなか面白い作品だった。『アメリカの夜』よりは、はるかに小説の体をなしている。主人公のオヌマ、こいつは『アメリカ~』の唯生よりも、よっぽどわかりやすい。この物語も渋谷が舞台だが、そこに至るまでのオヌマの故郷、東北の田舎町に出現したスパイ私塾?「高踏塾」の塾長マサキ、塾生、塾のドキュメント映画を制作すべく、自分たちも塾生となったオヌマたち映画学校の面々。その中で繰り広げられる疑いや暴力の連鎖。結局、『アメリカ~』の唯生同様に、オヌマも強すぎる自意識によって、やがて「私はだれ?」状態に陥ってしまう…。

自分を取り巻く状況に幻惑され、ある意味「錯乱」してしまうオヌマだが、それはオヌマだけでなく、読み手の小生までが「え?どうなってるわけ?」と幻惑してくるのだがら、作者の筆力たるや凄まじい。読後の敗北感をどちらの作品からも感じたが、より敗北感が強かったのは『IP』の方だろう。

どちらの作品も渋谷が舞台らしく「チーマー」みたいな集団が、主人公と一悶着、二悶着起こすのもまた、時代を感じる。唯生が文化施設、オヌマが二番館で働いているというのも、二人に共通したものを感じる。その他いくつもの通底するものが両作にあり、『IP』は『アメリカ~』の語り直し、と言われるのも頷ける。

同時刊行された『無情の世界 ニッポニアニッポン 阿部和重初期代表作2』も読むしかないのだが、なんとも厄介な作家と出会ってしまったもんだ(笑)。

(令和5年6月26日読了)
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次に読むのはこれになるんだろうな…


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