かねてより、「な~んか、おしゃれな名前の作家やん」と、思ってはいたものの、なかなかそこまで手が回らなかった久生十蘭だが、昨年、建て替え直前の神保町は三省堂書店へ訪れたところ、複数の作家が「好きな作家」に名を挙げていたので、読んでみたら、これがアナタ、おしゃれなのは名前だけでなく、文章も相当おしゃれで、小生の読書傾向にピタッとハマってしまう。そんな次第で、遅ればせながら「ジュウラニアン」の仲間入りと相成った。
『黒い手帳 探偵くらぶ』 久生十蘭 日下三蔵 編
光文社文庫 ¥1,100
光文社も粋なことするね。谷崎潤一郎『白昼鬼語』、芥川龍之介『黒衣聖母』に続く「探偵くらぶ」シリーズの第三弾は、いよいよ久生十蘭の登場である。文芸評論家の日下三蔵の編集による本書は、「探偵くらぶ」と副題が付くように、ミステリ要素の高い中編、短編が並ぶ。いずれの作品も「さすが十蘭!」と唸らせるものばかり。なかなかこういう人、いませんな。
残念なことに、十蘭を知らない人のために、ざっと略歴を紹介しておこう。
明治35年(1902)、北海道函館市生まれ。本名、阿部正雄。東京の聖学院中学中退後、函館新聞社入社。昭和3年(1928)、退社して上京、岸田國士に師事。翌年、演劇研究のためパリに渡り、パリ市立技芸学校で学ぶ。同8年(1933)、同校を卒業し帰国。同郷の後輩、水谷準が編集長を務める「新青年」に翻訳、ユーモア小説、著名人インタビューなどを寄稿。同11年(1936)のミステリ長篇『金狼』から久生十蘭のペンネームを主に使用。時代ミステリー『顎十郎捕物帳』『平賀源内捕物帳』、長篇『魔都』『キャラコさん』『十字街』『真説・鉄仮面』、中・短篇『湖畔』『黒い手帳』『地底獣国』『ハムレット』『予言』など作品多数。同27年(1952)、 『鈴木主水』で第26回直木賞受賞。同30年(1955)、吉田健一の英訳した『母子像』で「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」紙主催の第2回国際短篇小説コンクール第一席に入選。同32年(1957)10月、55歳の若さで食道癌のため死去。早逝が惜しまれる。
本書には中・短編14作に加え、都筑道夫による論評も収録されており、編者解説も含めて、実に520ページに及ぶ。その分、いいお値段がついている(笑)。お値段とページ数だけ見れば、怯んでしまうが、一たび読み始めると止まらなくなってしまう。初めて十欄を読んだのが岩波文庫の『久生十蘭短篇選』(←これは十蘭入門編としてオススメ!)だったが、ミステリ作品にとどまらず、多彩なジャンルの作品で楽しませてくれるのが嬉しい。「小説の魔術師」「多面体作家」との異名を持つだけのことはあって、時代物、漂流記、ちょっとゾクッと系などなど、作品一つひとつが「う~ん、なるほど、そう来たか」の連続だった。何と言っても、それぞれの物語の落とし方、締めくくり方が絶妙なのである。
冒頭で「おしゃれな文体」と記したが、もっと言えば「ハイカラ」な小説を書く人なのだと感じる。かっこよく言えば、「美文、精密、知識」にあふれた作品の数々…。う~ん、なんとも難しいね、言い方が(笑)。
本書は基本的にはミステリ路線でまとめられているが、『地底獣国』のような冒険譚のようであり、SF要素も取り込んだ「不思議系」作品も収められている。代表作に挙げられる表題作『黒い手帳』はもちろん、『湖畔』『墓地展望亭』『ハムレット』を一挙に読めるのもいい。『湖畔』はオリジナルとも言える「文芸」版が収録されているので、読み比べができる。オリジナルから比すと、この作家、相当推敲を重ねる作家と思われる。世に出ている『湖畔』が読みやすく洗練されているだけでなく、上述の通り、相当「ハイカラ」になっているのである。読み比べは、『ハムレット』とその原型『刺客』でも一冊の中でできる<親切編集>。栞が2枚必要(笑)。
『海豹島』が非常に印象深い。海豹島(チュレーニー島)は樺太島の中東部沖にある無人島。作中では「ロッベン島」とも呼ばれている。樺太庁の技師が経験した海豹島での出来事が綴られた冒険物語であり、ミステリであり、怪異小説でもありという具合に、中編作品の中でいくつもの顔を見せる面白さがある。「ようそんな発想できたな」と感心。
『昆虫図』『骨仏』はちょっとゾクッと系で、この系列も十蘭の得意とするところ。ということで、久生十蘭の魅力をたっぷりと味わえる一冊だが、もう一冊、やはり<探偵くらぶ>シリーズとして十蘭作品集が刊行されているので、近々にそちらも読むこととする。読めば読むほど、深みにはまっていく作家である。
(令和5年5月22日読了)
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文庫で読む十蘭傑作選、好評第3弾。ジャンルは、パリ物、都会物、戦地物、風俗小説、時代小説、漂流記の10篇。全篇、お見事。
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在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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