【毒書の時間】『まち』 小野寺史宜

<荒川の河川敷野球場。主人公の瞬一はこのあたりをジョギングしてるのかなぁ… (photo AC)>


「読み心地のいい小説」というのがある。読んでいて不快に思う場面が無く、理想的な物語が展開いていく、という感じだろうか。小野寺史宜の著書を読むのは、今回が2作目。前回読んだ『ひと』が非常に読み心地がよく、だからこその「2019年度本屋大賞第2位」「累計40万部」なんだろう。要は「嫌味」が無いのだ。天邪鬼な人は、こういうストーリーを「起伏が無くつまらん」と切り捨てるけど、人間、時にそういう「起伏の無い淡々とした小説」を読んで、一息つきたくなるものである。もっと素直になりなさい、と言ってあげたい。

で、その読み心地の良さが結構気に入ったので、『ひと』に続いて文庫化された『まち』を読んでみた。

『まち』 小野寺史宜

 祥伝社文庫 ¥792

前作の『ひと』同様に、淡々と日常が過ぎていくというテイスト。『ひと』の主人公は全くの天涯孤独となった青年が主人公だったが、本作の主人公・江藤瞬一も、幼いころに実家の旅館が火災に見舞われ、その際に両親を喪う。その後は、「歩荷」の祖父に引き取られ、育てられる。瞬一に「お前は東京へ出て、よその世界を知れ、そして人と交われ」と言う。いいお祖父さんだなと思う。

祖父の仕事である「歩荷」はどういうものかは、作中に紹介されているが、絶滅危惧の職業なんだろうな…。大変な仕事である。100キロ近い荷物を背負って何キロも歩くのだから、楽なはずはないよな。

祖父のアドバイスに従い、東京へ出た瞬一。決して進学でも就職でもない。両親の保険金がそれなりにあったとは言え、これ、結構な冒険だと思うが…。

コンビニのバイトに始まり、大きな体を生かしての引越し屋のバイトで生計を立てる。「こいつ、まさかこれで一生過ごさないよな?」と思っていたら、終盤に、この先の計画が語られ、「そりゃそうやよな」と、安心させてくれた(笑)。

唯一と言っていい肉親である祖父が亡くなり、『ひと』の主人公・柏木聖輔と同じように、ほぼ天涯孤独の身となる。この瞬一も周囲の人たちとのつながりで成長していく。それも「画に描いたように」強く、優しく、立派に(笑)。その辺が「読み心地の良さ」であり、同時に、淡々としていて理想的すぎる、という小野寺作品の、ある意味「芸風」。

瞬一が住む「筧ハイツ」の隣人である君島敦美、彩美親子との関係が、いい。最初はゴキブリ退治、次に蛾の退治、さらには巨大蜘蛛の退治。そして虫よりタチの悪い人間の退治…。瞬一と君島親子の関係は「退治」の度に、縮まり、密になってゆく…。この先、この関係がどうなってゆくのか、気になるところではあるが…。理想的に話が進むなら、結ばれるだろうし、ぜひそうなってほしいなと思う。

『ひと』では、そのタイトル通り、主人公と周囲の人たちとのつながりにスポットが当てられていたが、本作はプラスして、瞬一が住む東京の荒川沿いの町や、故郷の群馬・片品村への愛着も描かれている。金八先生でおなじみの「荒川土手」の光景が詳細に描かれている。なので、行ったことない場所ながらも、街の様子が頭に浮かんでくる。もしかして、これ、狙ってたのか?

そして本作も、『ひと』がそうであったように、主人公も、主人公とつながる人たちも、実に「いい人」ばかりで、「こんなに人間関係に恵まれてる奴おるか?」って、突っ込んでばかりだったが、やはり「読み心地」がよいのだろう、あっという間に読み終えた。「世の中、こんなに上手く事は運ばないから!」って内心でブー垂れながら(笑)。そのあたり、見事に「小野寺マジック」に乗せられたって感じ(笑)。

『ひと』で主人公・柏木聖輔にとって、もっとも重要な人物だった「おかずの田野倉」の店長やエイキもチラッと出演(笑)。砂町銀座に行ったことはないし、田野倉のコロッケを見たことも食ったこともないのに、「この店のコロッケは旨いに決まってる!」と思わせる(笑)。揚げたての匂いやホクホクの風味が脳内に再生されて、夜中にコロッケが食いたくなる(笑)。

読みまくろうとは思わないが、ちょっとクセになりそうな予感がする小野寺文宣である。そしてこの作品、決して「続編を読みたい!」と期待もしないが、また別の物語で、さらっと瞬一の「その後」がわかれば、嬉しいなとは思う。

(令和5年3月24日読了)

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妹が、怪我を負った。案外面倒な兄なんだな、おれは――。
家族と、友と、やりきれない想いの行き先を探す物語。累計32万部突破『ひと』『まち』に続く新たな感動作、誕生!

 


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