【上方芸能な日々 文楽】令和3年錦秋公演第二部

錦秋公演第二部と三部は半通しで『ひらかな盛衰記』。なぜか第三部の頭に『団子売』が入る。こういうのはどうかなと思う。「うまいこと時間調整してからに…」と思ってしまう。まあ、いろいろご事情もあるでしょうけど。

人形浄瑠璃文楽
令和3年錦秋公演 第二部

靖太夫、咲さんが出てくるので、張り込んで床下直下のお席にしたよ(笑)。ホンマは全部ここで聴きたいけど、何かと出費の多い昨今ゆえ…。

ひらかな盛衰記

大津宿屋の段

靖 錦糸 ツレ 錦吾

ここ「大津宿屋」と次の「笹引」は文楽劇場では26年ぶりの上演なそうな。その当時は香港に居たから観てないなぁ。じゃ、それ以前はと調べてみたら、昭和63年(1988)の秋公演のこと。これは観ているはずだが忘却の彼方(笑)。大序からのオール通しだったのね…。「大津宿屋」は掛け合い、「笹引」は嶋さんと団六師匠(後の七代目寛治)。そもそもは、令和2年(2020)の夏休み公演で三段目の上演が予定されていたが、COVID-19の感染拡大で公演中止になったわけで、今回はある意味、COVID-19へのリベンジみたいなもんやな。

さて、「推し」の一人、靖太夫。錦糸さんにうまいこと引っ張ってもらいながら、力量を発揮。敢えて言えば、前々から気になる低い声が、やっぱり出しにくそう。ここは、課題なのではと思うが、所詮は素人の耳のことなんで、靖くん、見てたらごめん(絶対見てないと思うけどw)。

この先の伏線を張りまくる段だけに人物も色々と出てくるが、船頭の権四郎(玉也)という人が魅力的。隣室で機嫌の悪い駒若君(勘介)に大津絵を与えるシーンなどは温かみを感じる。玉也さんが上手く遣っているのは言うまでもないが、大津絵を見せてもらっも興味なさそうな駒若君を勘介が上手くやっていた。子供って、ああいうところあるよね(笑)。この辺の語り、靖が上手く人物を表現していた。終盤、番場忠太(紋吉)がワーワー、ドタバタと闖入して混乱。この状況においても靖は自分が混乱していないので、わかりやすかった。行燈の灯が消える…、ちゅうのがミソやね、この後の(笑)。

笹引の段

咲さんがに選ばれた。「ちょっと遅すぎません?」と選出した機関に文句を言いたくなるが、とにかく目出度い。現在の文楽で唯一の切場語りの太夫である。その技巧は他の追随を許さないのは誰もが認めるところ。咲さんが若かりし頃から好きだった太夫さんだし、何と言っても、咲さんの出番では、浄瑠璃にどっぷりと浸かり、身を委ねることができる。この安心感を感じさせる太夫が他にいるかと言えば、答えに窮するほどである。もちろん、好き嫌いはあるでしょうけどね。

その唯一の切場語りの太夫の頭に「切」の字が付かない段を語らねばならないという現実を、太夫陣はしっかりと受け止めてほしいものである。そのうち数名が切場語りになるとは思うけど、「遅きに失した」とならないように…。

咲 燕三

ということで、ここは咲さんと燕三さんに身を委ねましょう。

お筆(清十郎)主体で物語が進んでゆく。「色々と一人で背負いすぎちゃいますか?」と言うくらい、あれもこれもお筆一人にかかってくる。とは言え、流れからしてそうなってしまわざるを得ないから、お筆にしたら「だってしょうがないでしょ!」ってところだ。なんせ父親、駒若君(後で取り違えとわかる。行燈の灯が消えた時に権四郎の子、槌松と入れ替わった)が番場忠太一味に殺され、さらには山吹御前(一輔)まで心労で死んでまうという中で、お筆は奮闘する。清十郎がそこらへんをよく見せてくれた。結局のところ、お筆という人は一途なまでに「忠義」に生きる女性なんだというのが、床ともどもよく伝わって来た。自分一人で、御前の亡骸を必死で引っ張っていこうとする「お筆の笹引」などはその最たるものだろう。「忠義」とともに「哀感」を感じる場面だった。

ああ、だから「笹引の段」やったんか!

松右衛門内の段

「大津宿屋」と「笹引」は文楽劇場では26年ぶりの上演だったが、「松右衛門内」と「逆櫓」は比較的よくかかる演目。

中 芳穂 勝平

公演前半だったので芳穂で聴く。後半の希は聴いていないが、ダブルキャストの場合は人形もそうだが、前半、後半どちらも見物しておきたいもの。そこは財布の中身との相談になるんだが(笑)。

「芳穂なら安心」に加え、もう随分前から安心の領域に達している勝平とのコンビなんで、身を委ねておればそれでよい。実際そうだった。もう少し長い時間聴きたいなあと思う。ご見物にそう思わせればしめたもの。

それにしても松右衛門(玉男)の人形はデカいなぁ!主遣いはもちろんのこと、左も足も、あれは相当体力使うな~。

奥 呂 清介

呂太夫がたっぷりと聴かせる。出だしのあの沈鬱な空気感が、文楽らしくて好きだ。物語的には、お筆もさぞや大変だろうが、巻き込まれてしまった権四郎ファミリーは悲劇的である。お筆が「子供すり替わり事件」について、「わが身の因果ですぅ~、しぇぇぇ」みたいに嘆くが、そんなん権四郎ファミリーに向かって嘆かれても困るだけだ。とにかくあの夜、我が子は殺害されてしまったのだから…。そこの感情が「女子黙れ!」なんだろう。もっと言うたれ!って感じたが、権四郎も出来た人物なんで、これでも相当抑えてると見たが、どういう解釈で太夫は読み、三味線は奏で、人形は遣ってるんだろう。

権四郎の無き笑いが胸を打つ…。番付の上では「奥」だが、立派な「切」だった。

逆櫓の段

睦 清志郎

畠山重忠(玉志)が出てくる完全バージョン。出すか出さないかは、そこは時間配分との兼ね合いなんだろうけど、それが先だってしまうと、物語の輪郭が曖昧になりかねず、ただ「文楽やってま~す」的になるやもしれない…。いろいろやりくりも大変だと思うが、きっちりやってほしいものだ。

「ヤッシッシ、ヤシッシッシ」の掛け声が印象的なこの段を、睦、清志郎で締める。独特なこの掛け声が耳に残るが、ここは三味線の聞かせどころだろう。なるほど、だからここは清志郎なんですな、と納得。掛け声とともに、波が船に当たる感じを三味線で聴かせる。睦は段切れの「樋口さらば」もビシっと決めて、「舟歌」も情緒たっぷりに。

(令和3年11月14日 日本橋国立文楽劇場)


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【出演】
「ひらかな盛衰記 源太勘当の段」:竹本織大夫(=竹本源大夫)・鶴澤燕三(5代)、吉田玉男(初代)、吉田簑助、吉田文昇(2代)ほか
「ひらかな盛衰記 神崎揚屋の段」:竹本越路大夫・鶴澤清治、 吉田玉男(初代)、吉田簑助、吉田文昇(2代) ほか
「ひらかな盛衰記 松右衛門内から逆櫓の段」:竹本津大夫・野澤勝太郎、吉田玉男、吉田簑助、吉田文雀 ほか


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