【上方芸能な日々 文楽】平成29年十一月公演<其壱>

人形浄瑠璃文楽
平成二十九年十一月公演 第一部

あっという間に11月が過ぎ去り、早や師走。
「師が走る」と言われる通り、来年正月公演で六代目織太夫を襲名する咲甫くんが、ミナミで大々的なお練りを敢行し、多くのファンから祝福を受けたという報あり。駆けつけて、一言祝意をと思うも、この日は生憎、余人に替え難い特殊な技能を要する業務があって、叶わず。例によって、正月公演初日のお席も「即完売」でゲットできず。

まあとにかく、文楽はすでに織太夫襲名モードのまっただ中を突き進んでいるのである。そんな祝賀モード、襲名披露モードにありながら、秋の公演はいささか低調だったと感じた。小生が訪れた公演回だけがたまたまだと言われれば、それなら安心なのだが、どうもそうとは感じられないほど、客入りも好調とは言い難いものを感じた。
各演目はそれぞれ良い作品が並んでいるのだが、どうにもその組み合わせが良くないと言うか、結局は消化不良に終わってしまった感じで帰路に就くとでも言うか。狂言建てって大事やなと思った次第。

本日のお座席からの眺め(11月5日)

八陣守護城(はちじんしゅごのほんじょう)

大地震で大きく損壊した熊本城復興への願いのこもった上演ということもあるのだろうか、公演中には、くまモンも駆けつけた。できれば土日に来てもらいたいものだ。彼も忙しいとは思うけど(笑)。
で、熊本城と言えば加藤清正、清正と言えば『八陣守護城』と相場は決まっておる。
実に久々に見物した気がするが、調べてみると、文楽劇場では平成20年の秋公演以来とのこと。当時は香港住まいだったので見逃しており、小生自身としては平成4年以来、なんと25年ぶりの見物である。大体、大阪、東京ともにこれくらいの周期でしか上演されていないので、次回上演時には小生、生きてるかどうかもわからん(笑)。

■初演:文化4年(1807)、大坂・道頓堀大西芝居
■作者:中村魚眼(漁岸)、佐川藤太合作

「浪花入江の段」
靖、希、小住、亘 / 錦糸 琴・錦吾
織田信長を小田春永、加藤清正を加藤正清と実名を伏せる(いやいや、伏せてないってw)のは、時代物の常套。その正清をここでは靖が受け持つ。もはや、彼には物足りないくらいのポジションとなっているが、それでも大笑いではまだまだ貫録不足と言うか、力及ばずと言うか、公演前半で聴いたときには、客席の反応はほぼ皆無だった。千秋楽にもう一度聴いたが、まあ、ご祝儀程度の手は来たかというところ。それ以外の部分では、肚の良く座った心地よい語りだった。若い靖がさらに若い太夫をリードし、それをベテランの錦糸がまとめる、結構聴きごたえある床だった。
でもまあ、いきなりこの段から入られても、いくら番付に「これまでのあらすじ」が記されているとは言え、ちょっと無茶すぎやしないかと…。なんのこっちゃわからんわ、これでは。ここで演じられる色んな場面が台無しである。
御簾内から聞こえた舟歌が、ええ声やった。大方、誰の声だかわかったが(笑)。

「主計之介(かずえのすけ)早討の段」
咲甫 / 清友
千秋楽にこの段を聴いて感慨無量。咲甫太夫、大阪の舞台での聴き納め。次の正月公演ではいよいよ六代目織太夫として床を勤める。現有の太夫陣ではやはり、一番ノッてる太夫だなというのが、しっかり伝わる肚に来る語りよう。目まぐるしく物語が動く段だが、展開に屈することなくきちんと仕分けた語りで、「たっぷり」聴かせてくれた。やはり、こういう人が大きな名跡を継いでいくべきだと、あらためて感じた。
一方で、人形が展開の忙しさに、やや振り回されていたようにも見えた。

「正清本城の段」
呂 / 清介
実質、この段が「切場」ということになるのだろうが、床の出来栄え聴きごたえとしては、前段の方がはるかに良かった。もちろんストーリー展開の性質の違いもあるので、一概に断じることもできないのだが、単純に素人目に観て聴いて、「さっきのほうがおもろかったなぁ」と感じたのは偽らざるところ。初回見物では床直下で聴いていたから感じなかったのだが、千秋楽に後方の二等席で聴いてみて、やはり声量不足が気になった。というか、「聞こえん」のだ、響いてこないのだ。特に小生のように聴力にやや難ありの見物人には、その耳の悪さに「太夫の語り」という刃を突きつけられる辛さがあった。上手な人だけにもったいない。見せ所聴かせどころの場面であるにもかかわらず、印象の薄い段となってしまったのが、残念やら悔しいやら…。

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鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねのかたびら)

今公演では昼・夜で近松作品がそれぞれかかる。どっちも渋好みの作品だが、こちらの『鑓の権三』は比較的よく観る。姦通もの、妻敵(めがたき)ものであって、『曾根崎~』などとは一線を画す作品だと思う。近松には「三大姦通もの」として、これ以外に『堀川波の鼓』、『大経師昔暦』があるが、もっぱら上演されるのは『鑓の権三』である。初演以降上演が途絶えていたものを、昭和30年(1955)に野澤松之輔の脚色・作曲で復活されたのだから、これはもう、近松ものと言うよりも、戦後の「新作」とした方がいいだろう。

「浜の宮馬場の段」
始、芳穂、咲寿、南都、津國 / 喜一朗
兄弟子の咲甫の襲名に大いに刺激を受けないはずがない咲寿の奮闘が光る。素直に真面目に研鑚を積んでいるというのが、こういうところできちんと出てくるから、日ごろの稽古だの練習だのというのは、恐ろしいものだとつくづく思うのである。

油壷から出すやうな、しんとろとろりと見とれる男

と、権三を喩える表現がいかにも近松らしい。小生もそうだが、こういう言い回しが好きな人、多いよな、文楽好きには(笑)。
ところで、川側伴之丞が権三との競走で落馬して後、再び舞台に現れた時には、包帯グルグル巻きで松葉杖をついて登場したが、こりゃもう漫画ですがな(笑)。その包帯やら松葉杖はいつ調達されたのか…、などと突っ込みたくなる気持ちを抑えつつ…(笑)。

「浅香市之進留守宅の段」
津駒 / 寛治 (千秋楽は寛治休演につき寛太郎代演) 琴・燕二郎
まあそんな次第で、「しんとろとろりと見とれる男」である権三は、あちこちの女性から熱い眼差しで見られているわけだが、それがやがて激しい嫉妬を生み、悲劇的結末へとつながってゆく。その伏線としての前段、そしてそんな嫉妬が現実のものとなってゆくというこの段は、なかなか面白い。元々、権三に気がある浅香市之進の妻おさゐの嫉妬、こっちもあっちも立てねばならぬ権三の心のうろつき具合なんぞを、津駒はんと寛治師匠が上手い具合にやってくれて、わかりやすいことこの上ない。

が、しかし。千秋楽は、寛治師匠急病につき休演のため、孫で弟子の寛太郎が代演となり、様相が一変した。急なことだったのか、いつもは攻めの三味線をしれーっと聴かせる寛太郎が、朱に目をやりながらなんとか頑張って弾いていたのだが、出足からバラバラで「これはどうしたものか…」状態。一方の津駒はんは、我関せずでどんどん我が道を進んで語ってゆくから、余計にバラバラ感が増してしまう。中盤以降はなんとか落ち着いてきたが、千秋楽は寛太郎の手元に気を取られてしまい、見物する集中力を欠いてしまった。寛太郎には気の毒な出番だったと思うが、一層、寛治師の大きさが身に染みたのではと思うと、収穫も大きかったのではないか。

「数寄屋の段」
<切> 咲 / 燕三
やっぱ、唯一の切場語りの咲さんである。バシッと決めてくれる。障子に浮かぶシルエットが咲さんの語りと燕三の太棹でさらにくっきりと且つ艶っぽく見えてくる。こういうところに太夫の力量が表れるし、義太夫節の楽しさを感じることができる。ま、こうした場面に遭遇したくて、長年、文楽通いしてるわけだ。また、川側伴之丞が醸し出すチャリの空気も咲さんならではで、スリリングな場面との「緊張と緩和」の創出が上手い。織太夫襲名を控えた咲甫くんは、咲さんのこういうところをきちんと継承していると、この数年、特に感じる。

「伏見京橋妻敵討の段」
呂勢、睦、小住、碩、咲寿 / 清治、清馗、寛太郎、清公、清允
太夫陣を呂勢、三味線陣を清治師匠が締める。咲寿が相変わらず、エエ声で突き抜け感抜群。キャリア半年の碩も存在感を見せる。数は少ないが、若い太夫が着実に力を付けてきているので、睦あたりはもっと奮起してほしいところ。
この物語、戦後の復刻らしく、全体を通して三味線の節付けがおしゃれである。この段では、浅香市之進と岩木甚平が橋の上から、河原の権三とおさゐを見つけて

「やア権三おさゐ見つけたり。逃ぐるなそこを動くな」

と、駆け下りてくる場面の節付けが特におしゃれである。野澤松之輔はこの他に『曾根崎心中』や『女殺油地獄』など一連の近松作品の作曲を手掛けている。結局、近松の時代の浄瑠璃が、現在のような洗練された三味線の節付けの域にはなかったからこそ、戦後の復刻で改めて「新作」として生き返ることができたんだろう。そういう意味では、近松作品を現在の地位に押し上げた最大の功労者は、野澤松之輔ということになるだろう。

この<第一部>は、人形陣よりも太夫、三味線が場をリードしていた。いつもは人形の充実に「太夫、しっかりやらな!」と言っているのだが、個々には課題を抱えながらも、太夫陣が新しい境地を拓きつつある予感を感じさせる場であったような…。で、あるといいなぁ…。かな? みたいな(笑)。

本日のお座席からの眺め(11月26日)

すっかり長くなってしまったので、御退屈なきように、<第二部>のあんなこんなは次回に譲ることとして、本日はこれにて。

(平成29年11月5日、26日 日本橋国立文楽劇場)



 


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