「香港インディペンデント映画祭」3本目と言うか、3~5本目は短編3本を立て続けに一気上映。これが3本とも非常に素晴らしい作品で、できれば期間中にもう一度観たかったけど、まあそれは難しい相談というもんで、今回が「最初で最後?」となってしまったのは惜しい。15分前に観終わった『哭き女(なきおんな)』で心が幽界と現世を行ったり来たりしている後だったが、この3本で一気に現世に引き戻された(笑)。香港の息苦しい現実がそこにある…。
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
①『九月二十八日・晴れ』(港題『九月二十八日・晴』 英題『A SUNNY DAY』)
公開年:2016年 製作地:香港(オランダ合作) 言語:広東語
評価 ★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):應亮(イン・リャン)
攝影(撮影):大塚竜治
主演(主要キャスト):張同祖(ジョー・チャン)、彭珮嵐(アイビー・パン)
2014年9月28日未明、「佔領中環=Occupy Central」が発動され、金鐘(Admiralty)の香港特区政府総部を取り囲んでいた學聯(香港專上學生聯會)、學民思潮などの大学生や中高生グループを中心とした民主化要求の人波が、一気に一般幹線道にまで溢れ出す。事態を重く見た香港警察は催涙弾を発砲して鎮静化を図ったが、逆に市民の反発を招き、さらに佔領中環に繰り出す人が増える。雨模様の中、集まった市民は催涙弾を雨傘で防御、ここから「雨傘行動」が始まる。
作品は、その日の、ある父娘の光景を描く。特に「雨傘」を描いたものではないが、タイトルと、劇中で時折、テレビニュースが伝える現場の光景が、「その日」であることを観る者に伝える。
あの日、老いた一人暮らしの父親(演・張同祖)が我が家を離れ、高齢者住宅(劇中で父親は「老人ホーム」という表現を嫌う)へ移る。娘(演・彭珮嵐)が父に会いに来る、そして…。何気ない市民生活の一こまを切り抜いただけなのに、「雨傘」「独居老人問題」「親子関係の希薄化」などなど、香港の「あの日」の問題が25分間の中にしっかりと炙り出されている良作。
中国インディペンデント映画の雄、應亮(イン・リャン)の香港亡命後、最初の作品。北京時代からの盟友・大塚竜治を撮影監督に迎え、日本的な穏やかな風合いが「9月28日」を鮮やかに描き出している。
九月二十八日・晴(trailer)
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②『表象および意志としての雨』(港題『作為雨水:表象及意志』 英題『Being Rain: Representation and Will』)
公開年:2014年 製作地:香港 言語:広東語
評価 ★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):陳梓桓(チャン・ジーウン)
主演(主要キャスト):NIL
内容がに心当たりが無きにしも非ずだから、面白いし、グッと引き込まれる。「なんか『六四(天安門事件を指す)』追悼集会って、毎年、雨降ってない?」とか、「八號風球(台風の警報、会社や学校は休みになったり、早急に帰宅せねばならない)の発令時刻と解除時刻は李嘉誠(長江実業グループのトップ)が決めている」とか。実際にはあくまで偶然である。6月4日は香港は雨の多い時期だから、「毎年雨のような気が」するだけだし、「八號風球の発令時刻と解除時刻」もたまたま台風がその時間帯に最接近するだけのことで、仮に「毎年必ず雨」「八號風球の時間帯が同じ」でもまったく不思議ではない。しかし、実は雨が人為的なものだとしたら…。
雨を人為的に降らせる秘密機関が「中央なんとかかんとか(失念!)」と、「中央」が頭に付いている点に注目する。人為的降雨の大本が、中央すなわち北京政府なのでは? という疑惑を持たせ、「香港は政治、経済のみならず、天気まで北京のコントロール下に置かれてしまったのか」という絶望感を抱かせる。ま、あくまで「フェイクドキュメンタリー」ではあるのだけど…。
監督の陳梓桓(チャン・ジーウン)=写真は、今映画祭で最大の話題作である『乱世備忘』の監督でもある。この作品は「雨傘行動」以前に制作されたものだが、その後の『乱世備忘』への予感を感じさせる内容に仕上がっている。杜琪峰(ジョニー・トー)が主宰する新人監督発掘コンペティション「鮮浪潮」の助成金を得て制作された。
陳梓桓には、さきごろ、香港藝術発展局から藝術新人賞(映画部門)が贈られた。香港特区政府から予算の配分がある団体であっても、作品や人物の思想、信条は審査に反映されないという姿勢を貫く同局は、「香港の良心」と言っていいだろう!
《作為雨水:表象及意志》預告片 Fresh
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③『遺棄』(港題『遺棄』 英題『When We Cannot Breath』)
公開年:2014年 製作地:香港 言語:広東語
評価 ★★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):麥志恆(マック・ジーハン)
主演(主要キャスト):鄭敬基(ジョー・チェン)、薛立賢(ハワード・シット)、歐騰駿、陳逸玲、張雷
香港電台(RTHK)はテレビとラジオの放送を行う特区政府系列の放送局。現在はATVの停波により、昨年から独立した地上波を二波でテレビ放映を行っているが、それまではTVBやATV、ケーブルテレビの特定の時間帯で自局制作番組を放映委託していた。意外と人気番組が多く市民参加型の討論番組『城市論壇』は、小生もよく観ていた。また、ドキュメント番組にも力を入れており、『鏗鏘集』や『頭條新聞』は香港、中国の政治、経済、民生のほか日本など海外の時事ネタなども積極的に扱っており、根強い人気がある。
この『遺棄』は2014年4月に、社会派ドラマを1話完結で放映する『燃眉時刻 2014』という番組で、放送されたものである。監督の麥志恆(マック・ジーハン)は、同局の映像ディレクターで、ドキュメンタリーやドラマを制作するスタッフの一人である。
今回の映画祭で、最も「きつかった」作品で、香港の貧困問題を描く。持病の悪化でまともに仕事ができないことが引き金となって、心身ともに疲弊しきって、ついに自ら命を絶ってしまった父親。遺された一人息子は一旦、叔父の家に引き取られるが、結局、叔父の家からも「遺棄」されてしまう息子…。と、文字にすればたったこれだけのことだが、この約50分の映像作品の中に、「これでもか!」と言わんばかりに香港の厳しい現実が詰め込まれていて、いたたまれない気分になる。この現実は、実際に香港に暮していたから余計に締め付けられるものがあったのだと思う。
実際に起きた事件を元にしているとのことだが、この手の話は、香港のいたるところに転がっているというのが現実だ。このドラマは、2014年の「雨傘」以前に制作、放映されたものだが、「雨傘」の背景にはこうした貧困問題、社会的弱者問題がある。その引き金になっている「あれやこれや」を思うと、無念で仕方ないのである。
下記のアイコンをクリックすると、番組のPodcastのページに飛べる。『遺棄』全編を視聴できるのでぜひ観てもらいたい。広東語が理解できなくても、画面の中で起きることを追うだけで、十分に伝わってくると思う。
いや~、長編2本+短編3本、疲れた。特に最後の『遺棄』で生気を全部持って行かれた…。そんな香港であってほしくない。永久居民の一人として、いつまでも夢を見れる土地であってほしい、香港には。
(平成29年6月5日 シネ・ヌーヴォ)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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