【睇戲】『一念無明』(港題=一念無明) <日本プレミア上映>

第12回大阪アジアン映画祭
コンペティション部門|Special Focus on Hong Kong 2017

『一念無明』(港題=一念無明)

postericom今映画祭、最大の話題作と言っていいだろう。

鑑賞後のその圧倒感は、他作品の比ではなかった。
観る者に、くを語らせることを拒んでいるかのような威圧感のようなものさえ感じた。

第12回大阪アジアン映画祭で、見事「最優秀作品賞」に輝く。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

港題 『一念無明
英題
 『Mad World』
邦題 『一念無明』
公開年 香港:2016年12月(限定上映)、2017年1月(一般上映) 台湾:2017年4月1日(予定)
製作地 香港
言語 広東語
評価 ★★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)

導演(監督):黄進(ウォン・ジョン)
編劇(脚本):陳楚珩(フローレンス・チャン)
配音(音楽):波多野裕介

領銜主演主演):余文樂(ショーン・ユウ)、曾志偉(エリック・ツァン)
主演(主な出演者):金燕玲(エレイン・ジン)、方皓玟(チャーメイン・フォン)

上映終了後、割れんばかりの拍手が巻き起こるも、その後の、シーンと静まり返った観客席。何とも言えぬ重たい空気が観客席を覆う。ああいう重い空気って、なかなか映画鑑賞後に漂わないもだけに、この作品の威圧感はただなるものがあったというわけだ。

黄進監督も脚本の陳楚珩も「これまでも、上映後はほとんど質問がなかったが、数日後にメールなどでとても長い質問や感想が来る」と言ってたが、そうしないことには、「さ、今から5分あげるから質問をどうぞ!」って言われれも、言葉など出てこないのだ。

作品には「今の香港のありのままの姿」が描き出されていた。もちろん、それが香港の全てというわけではないが、少なくとも描かれていた問題の一つ二つは、今を生きる香港人自身には思い当たる節があるはずだ。しかしそれは、香港に限った問題ではなく、日本でも同様のことが自分の身の回りに起きている。世界中どこに行っても同様の問題があり、結果、様々な不幸な事件に発展することも少なくはない。

心の病気とそれへの偏見、貧困と格差社会、不法滞在者、住宅問題、家族関係、高齢化社会…。各国が頭を悩ます社会問題の縮図のような作品だった。

余文樂(ショーン・ユウ)が躁鬱の青年、黃世東(阿東)を演じる。正直、彼がここまでの役者になるとは夢思っていなかった。歌手との二足のわらじで、デビュー当初は歌手に重きを置いているようだったが、『無間道(インファナル・アフェア)』シリーズあたりから、役者に軸足を移し、結果、それが成功し、今や香港映画に欠かせない人材となった。「心の病」という実に難しい役を誠実に理解し、脚本と向き合って役に徹した。

阿東の母親、呂婉蓉を演じた金燕玲(エレイン・ジン)が、すさまじい演技で観客を圧倒した。子供のころから阿東にきつく当たってきた母親は、寝たきりになってもそれは変わらず、むしろ過激さを増すばかり。父の大海(曾志偉/エリック・ツァン)は家を飛び出したきり、彼女が頼りにしていたはずの阿東の弟は、アメリカに永住して帰ってくる気なし。一人で面倒を見ざるを得なかった阿東はある日…。その事件をきっかけに阿東は精神を病み、精神病院に…。

金燕玲が介護されているシーンは非常にシリアスで、下の世話をしてもらったりバスルームで体を洗ってもらったり、あるいは半狂乱で阿東を罵ったり。しかもこれらのシーンをたった1日で全部撮り終えたというのだから、金燕玲の「女優魂」には敬服せられる。この3日前に観た『29+1』では、デキるキャリアウーマンを演じていた金燕玲だけに、余計にそう感じた。

台湾金馬奨で、この役が評価され「助演女優賞」に輝いた金燕玲

退院した阿東は結局、父の監督下で再スタートするわけだが、この住まいがまさに、香港の昨今の住宅事情、貧困問題、格差社会などが凝縮された存在たる「劏房」(=上写真)と呼ばれる「部屋」なのである。

ポスターの写真にもなっている部屋へ阿東を入院先から連れて帰った父親が、「ほら、ベッドからテレビまでたったの2歩だよ」と自嘲気味に笑って話すシーンがあったが、まさにその程度の広さで、二段ベッドが生活の場と言ってよい。阿東と父親はここで暮らすのだが、ビルの空きフロアをその程度の広さに仕切って、「間貸し」する住宅タイプで都心部に多い。

いまの香港の社会状況や経済事情で、「この程度の部屋を借りることができればまだいい方じゃないか」という状況にある人は結構多いが、度々火災も起きており、安全とは言い難い。

結局、他の住民の阿東の病への偏見や無理解があって、親子はこの「劏房」にすら住めなくなってしまう…。

ラストシーン。阿東は、幼児期の苦い思い出の場である池のほとりで、父親に「父さん、帰ろうよ」と言う。このシーンのこの一言が、観客に多くのことを考えさせてしまう。住む場所を追われた親子が帰るところとは、一体どこなのかと…。

映画で一番重視して描きたかったのは、父と子がこれから一緒に歩いていく決意。この先もこの親子には色々な困難があるだろうし、それらに立ち向かわなければならないが、それでも、やはり二人で一緒に歩んでゆく方が、一人よりいいから」と黄監督は語る。それがラストシーンに集約されているということであれば、見事な終わらせ方ではないか。

公私にわたるよきパートナー陳楚珩の発言を、優しい眼差しで見守る黄進監督。ヨッ!この色男!憎いね~ by Leslieyoshi

『香港01』というウェブのニュースサイトがある。民主派、反民主派に明確に色分けされがちな香港のメディアにあって、どちらにも与しない姿勢が好感度抜群なのだが、その『香港01』が取材したこの上映会の記事の締めくくりが、このメディアらしいし締め方だし、よく現実の香港を炙り出していると思えたので紹介しておく。

<在電影正式放映前,大會先播放了一段香港旅遊發展局的宣傳片段,講述香港如何繁榮穩定、多姿多采,對照陰沉壓抑的電影內容,實在甚為諷刺。但這晚吸引日本觀眾的,大概不是宣傳片中那個五光十色的香港,乃是電影中千瘡百孔,卻又無比真實的香港。>
(要約)「上映前、香港観光局のCM映像が流れる。香港がいかに繁栄し安定した社会であるか、その姿がいかに多彩であるかを紹介する。それに対して映画のどんよりと重く沈んだ内容。なんという風刺であろうか。それでも日本の観客はこの作品に引き込まれた。観光局のCMで流れた五光十色(色鮮やかで多様性に富む)香港ではなく、映画の中の千瘡百孔(欠点や短所だらけ)の香港に。真実の香港の姿に」

小生も、あの観光局だったか貿易発展局だかのCMやキャセイのCMの後にこの『一念無明』が上映されるのを見て、「うまいことやりはるww」と苦笑いした者の一人であった。

《一念無明》(Mad World) 正式預告片

(平成29年3月10日 ABCホール)



   


9件のコメント

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