【上方芸能な日々 文楽】初春文楽公演<弐>

人形浄瑠璃文楽
国立劇場開場50周年記念 平成二十九年初春公演

文楽劇場の初春公演も、さすがに1月も20日を過ぎると初春という風情はほとんどなくなってしまうが、それでも舞台上方の干支の大凧とにらみ鯛、館内のあちこちに飾れた繭玉がなんとか「初春」の情緒を保ってくれている。

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今公演の番付(公演パンフ)に、小生の若き日の奉公先の尊敬する大先輩、廓(かまえ)正子さんが文楽初芝居に関する一文を寄せられている。戦中から現代に至るまでの豊富な文楽観劇の記憶の中には常に文楽への愛があふれており、「こういう文章を書きたいんよな~、無理な話やけど」と思いながら何度も拝読申し上げたのである。大先輩には到底及ばないまでも、このちゃちなブログで今年も文楽に限らず何事も「ナマ」に触れて、慈しみながらそのひと時のあれこれを残していけたらと思うのである。やはり現場に勝るものはないのである。

さて、今公演は1月7日の序盤戦と21日の終盤戦の2回、見物した。21日の2部が少し寂しい客席だったが、それでも6割以上は埋まっていたのだから、朝日座時代のことを思うとよくここまで…と感慨深いものがある。その他はいずれも大入り満員で、いい雰囲気の中で見物できた。

<第1部>

国立劇場開場五十周年を祝ひて
寿式三番叟

B2ポスター副題にあるように、昨年の東京・国立劇場の開場50周年を祝っての三番叟である。50年前の国立劇場開場があって、今のここ文楽劇場もある。また、新春を寿ぐに最もふさわしい演目だと思う。

開演前、いつもの三番叟なら床にずらっと見台や座布団、三味線が並び、準備が進められるのだが今回はそれはなく、幕が上がって客席から「おおお!」っと、うねりが起こる。松羽目の前にずらっと太夫、三味線が居並ぶ圧巻の光景が目に飛び込んでくるからである。

九挺九枚、総勢18人が居並ぶ様は実に壮観でウキウキさせてくれる。太夫は呂勢がシンを取り、三味線は清治師匠がシンを取る。太夫陣の多くが嶋さん門下、三味線陣も大半が清治門下占めていたのが印象的。人形では、三番叟の玉佳、一輔が基本を踏まえたオーソドックスな動きを見せて、安定感抜群だった。

「北山村産のじゃばらサプリ。」

奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)

この話しは3年前の錦秋公演で観ている。初演、作者はそちらをご参照いただくとして。

「環の宮明御殿の段」
この長い段、4つのパートに分けられそれぞれ床も入れ替わる。

「敷妙上使」
靖、錦糸。毎公演「しかしまあ、靖はいいね~」と記しておるわけだが、いい加減次の段階の靖を聴きたいというのが本当のところ。ファンは欲深い。靖の浄瑠璃で睡魔が襲ったのは久しぶりだけに、そういうことよ…。

「矢の根」
咲甫、藤蔵。逆にこのコンビにはたたき起こされたみたいで(笑)。一時期、ほんの一時期だけ、しゃかりきに三味線を弾くというより叩く藤蔵がイヤだったけど、最近は咲甫とのコンビではそれはむしろ好循環しているようで、この組み合わせはなかなかよろしいな。結局、やっぱり床がきちっとやれば、人形もシャキンと動くから舞台全体が面白くなるっていう典型の場だった。にしても、ややこしい話である(笑)。

「袖萩祭文」
英、清介。次の大阪公演で祖父の名跡である呂太夫を襲名する英はん、英太夫としてのこの人の浄瑠璃を聴くのはこれが最後になる。人気の場面だが、ここは盲乞食に落ちぶれた袖萩が両親に思いを祭文で語るそれよりも、そんな境遇にありながらもきちんと育った娘のお君ちゃんの言動にウルウルしてしまうのである。

「貞任物語」
文字久、團七。文楽にしょっちゅうある、誰それ実は何某というアレがねぇ(笑)。人物相関図が番付に載っていたけど、それも大事だが、袖萩祭文なんてのはやっぱり前段の朱雀堤(しゅしゃかつつみ)も見物してこそ、深く味わえるというもの。「おいしいとこつまみ食い」の見取りは作品全体の本当の「味」を損なっている。上演時間の都合で仕方ないかもしれないけど…。

北山村産すっぱくないじゃばらジュース

本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)

よくかかる演目なので、スペックは割愛。

「十種香の段」
寛治師匠病気休演。せっかく番付にインタビューが載り、ご本人も意欲を見せられていたのに残念だが、病気とあらば仕方なし。代演は清志郎。いつもは寛治師匠にうまくコントロールされて語る津駒はんだが、中堅の清志郎に乗っかることもせず、自分のペースで。その分、清志郎はやや苦労したか?序盤に聴いたときはそんな印象だったが、終盤戦では大して気にならない程度にはなっていた。

「奥庭狐火の段」
もはや勘十郎のための奥庭狐火。勘十郎の素晴らしさは言うまでもないことだが、出遣いの左の一輔、足の勘次郎も素晴らしかった。兜を片手に足も遣いながらクルクル回る勘次郎はかっこよかったなあ。ずいぶん前、出遣いについてTwitterで質問したところ、勘次郎が懇切丁寧に回答してくれ、最後に「自分も出遣いでお声がかかるようになりたい」と言ってたのを思い出す。こうして今、八重垣姫の足を出遣いで立派にこなす勘次郎を見て、胸にグッとくるものがあった。
ラストシーン、四頭の狐が登場して八重垣姫を取り囲むのだが、メンツが和馬、玉彦、玉路、玉延(だったかな、違てたらゴメンな)でこちらも一人遣いながら出遣いだったので、顔が見えてよろしいねw。
いずれにしろ、この段を見物しただけで、「今日は文楽に来てよかった」と思うこと間違いなしだ。

熟練した職人が丹精こめて打ち上げる「雪村そば」

1部、2部通しで観る場合は1部終演後に一旦下に降りて再入場しなくても、そのままロビーで待っておれば程なく2部のチケットをもぎりに来てくれる。その間に小生はお弁当をいただく。なにせ昼休憩は30分とせわしなく、これでは飯食うだけで目いっぱい、煙草もクソもゆっくりできたもんじゃないからね~、ホンマに。

<第2部>

お染/久松 染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)

■初演:明和4年(1767)12月、大坂・豊竹此花吉座
■作者:菅専助

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本来なら最後はお染と久松が蔵の内外で命を絶つという幕切れだが、前回上演時もそうだったが、正月から死んじゃうのも縁起が悪かろうということで、二人の逃避行で幕が下りるというのがなんともなあ…。なら、ほかの演目やってちょうだいと言いたいところだが、話が大晦日のことでタイトルに「門松」とわざわざ織り込んでいるからどうしても正月芝居でかかることが多い。ま、あんまり野暮なことは言わないでおこう。

「油店の段」
中/咲甫、清友
切/咲、燕三
咲甫~咲さんの師弟リレーで盤石の油店。
切場に入ると舞台上の人形の数も増えるのだが、咲さんはこれらの語り分けを見事なまでにこなす。そりゃ、切の太夫だから当たり前と言ってしまうとそれまでだが、今現在の太夫でここまでの技量を備えた太夫がおるかと言うと、「咲さんすげ~!」って感心してばかりはおれない危機感が漂っている。何と言っても「しれ~」っとはさむ入れ事の妙たるや、見事としか言えない。勘十郎の遣う善六がこれによく応え、ご見物衆を手のひらで転がすが如し。「PPAP」、「私、失敗しないので」、「君の名は」と出てくる度に客席がどっと沸く。こういうのを他の太夫がやると、あくまで「チャリ場」の域を脱しないのだが、咲さんがやると「チャリ場を超越した切場」になるのは、もはや魔術の域。寝てる場合ちゃうよ、隣のご婦人(笑)。

「生玉の段」
芳穂/ツレ・小住、團吾/ツレ・錦吾
まあ、安定してるよ、このところの芳穂は。
しかし善六って男は、この物語のおいしい役どころだな。舞台の上に「夢」って出てきて、「え?今までもこんなん出てた?」と思ったのは小生だけ? なんともまあ親切なことである。余計なお世話である。客が夢の場面とわからいのなら、そうとしか語れていない太夫が悪いのだし、そこに思いを巡らせられない客が悪いのだ。

「質店の段」
千歳、富助
それにしてもお染の家の油屋ってのは大したもんだ。オイルマネーで稼いでる一方で、質屋で金貸しにレンタル業も営んでいるんだから、大企業である(笑)。そこの娘は丁稚と恋仲に…。世間も黙って見逃さない一大スキャンダルである。

いわゆる「革足袋」を千歳がグイグイと聴かせる。床下のお客さんにその都度ツバが飛んでいく。あんたは永源遥か(笑)。
それはさておき、勢いあるのはいいけど、全然そこで胸が詰まる思いがしないのは、小生に子がないからかはたまた、千歳の語りがそこまで達していないからか? 住さんで聴いたときは涙腺がユルユルになってしまったもんだが、「そこは好みの問題だ」で片付くものなのか?…。

「蔵前の段」
善六-松香 お染-三輪 久松-希 太郎兵衛-津國 清兵衛-南都
喜一朗/ツレ・燕二郎
お染のおとっつぁんが「白骨の御文」のたとえを持ち出して、短気を起こしたらあかんよと諭す。ってことは、その後にお染・久松がたどるであろう道はもはや「御文」にあるように「朝ニハ紅顔アリテ夕ニハ白骨トナレル身ナリ」ということなんだが、そう臭わせつつ、舞台上手からささっと逃避行しちゃうのがなんとも締りない。ただし、しゃ~っと逃げちゃったけど、お染の蓑二郎と久松の勘彌は、なかなかよい遣いようだった。
松香はんが善六の人間の本質の部分をうまく聴かせてくれたのだが、さてその松香はん、4月公演の配役に名前がなかった。2月の東京公演は病気療養で休演と発表されている。昔の雰囲気を漂わす太夫だけに、気になるところ。

今公演も大入り袋が出て、お客が多いのは何より。中身は別として…。
さ、4月は呂太夫襲名披露ですか。先代の呂太夫を聴いているだけに、襲名する英太夫には申し訳ないが、いまひとつピンとこない…。

(平成29年1月7日、21日 日本橋国立文楽劇場)



 


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