【上方芸能な日々 文楽】平成28年4月公演第1部

人形浄瑠璃文楽
平成二十八年四月公演 通し狂言 妹背山婦女庭訓

前回エントリ締めくくりに「初日を観た限りでは、なんか気張りすぎている人が多すぎてちょっと肩が凝った」だの「「う~ん」とうなってしまう初日だったと、正直に記しておく」だのと、偉そうなことをつべこべ言ったわけだけど、そこはまあ好きだからこその苦言とまではいかないが、正直なところを言っただけで、お賢い熟練のご見物からすれば、「こいつ、一体何を見て、何を聴いていたのか?」ってところだと思うので、テキトーに聞き流しておいてね(笑)。

まずは、「妹山背山の段」で締めくくられる第1部の舞台から行ってみよ~。

元ネタは大化の改新だけど、それをそのまんまやっちゃうのは、江戸時代の人にはピンとこない(今もかw)やろうからと、サービス精神と発想力に富む近松半二や三好松洛なんかが人形芝居らしい脚色を加えたり大和の伝説などを取り込みながら、スケールの大きな時代物として作り上げたのが、今もなお、文楽、歌舞伎の人気演目として上演され続けているという次第。なお、今回の公演は、春日大社の第六十次式年造替にあわせてのもの。

とりあえず、このチラシは永久保存版だな。

■作者:近松半二、松田ばく、栄善平、近松東南、三好松洛 合作
■初演:明和8年(1771) 大坂竹本座

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初段
「小松原の段」
「蝦夷子館の段」

春日野の社頭に近き小松原、時雨晴れ間の狩戻り、大判事が嫡子久我之助清舟美男とも沙汰に聞えし角前髪、それとは見せぬ蓑笠に振り担げたる吹矢筒、詣で休みの捨床几これ幸ひと腰打掛け疲れを休むるその折から、本社の方より下向の一群れ派手を揃へる風俗の中に際立つ武家育ち、年は二八かそれぞとも振の袖のみ澪標、ゆたのたゆたの絹かつぎ腰元数多引連れて、打過ぎながら振返り見合す顔も清舟と互に月よ花の香の、こぼるる愛につっくりと思ひに悩む立ち姿。気転きかして腰元ども「コレ桔梗どの、今日はよほどの道、お上にもさぞおくたびれ、こちらの床几で一休み」「オヽ小菊殿、よう気がついた」とうなづき合うて隣の床几、小腰をかがめ会釈して、「イヤ申し、あなた様に御無心がござります。こちの御寮人の申されますは、お前様の持ってござるその遠眼鏡のやうなもの、暫しが間お貸しなされて下さりませ」と云ひかけられて「これは/\安いこと、これは小鳥狩りをいたす吹矢筒と申すもの」「ムゝさうしたらこれが吹矢筒でござりますか。申し/\御寮人様、これをマアご覧じませ、雛鳥でも大鳥でも、アレあなたの吹矢を持てくっしゃりと射なさるのぢゃ。マアこの筒をちょっと握ってご覧じませ。どのやうな処へでも、心よう届きさうな、長い物でござります」とおどけまじりの恋の橋、岩木にあらぬ清舟も、にっこり笑顔相惚れに下行く水のこぼれ口、……

この出だしが好きだな。いつ聴いても「ああ、ええなあ。上手い事これからのことなんかを暗示してて、なんともまあ上手やなあ」と感心してしまう。そしてまあ、マアこの筒をちょっと握ってご覧じませ。どのやうな処へでも、心よう届きさうな、長い物でござりますって(笑)。文楽にはこういうエッチな表現が少なからずあって、クククっと笑わせてくれる。しかしまあ、これが初対面で恋に堕ちて、挙句は悲劇を迎えるのだが、こんなに速攻で相思相愛になってしまうか~、という突っ込みはそこはお芝居やからそういうことでよかろう(笑)。

「小松原」
三輪、南都、靖、咲寿、文字栄、亘/喜一朗
一応、パンフには各太夫の評価を◎、○、△、×で記してあるが、公表はしないでおく。言えるのは、靖はここでは自分が出せなかったんじゃないかな?ということ。まあ、力を付けてきたとはいえ、いろんなことを経験積んでいかねばらならないキャリアではあるが、持ち味消されたって印象。人形は主遣いも頭巾。
「蝦夷子館」
口・小住/清公 奥・松香/清友
小住の成長は著しい。初日の幕間に行われた各賞表彰では、文楽協会賞(太夫の部)を受賞していたが、もらって当然だろう。ここも熱演だったが、それがゆえに後続の松香はんへ必ずしもきちんとしたリレーができたようには思えなかったのは小生だけ? 初日に強く感じたが、1週間後もやっぱりそうだった。

二段目
「猿沢池(さるさわのいけ)の段」
津國/團吾

寵愛してくれていた天皇に愛そう尽かされてしまった采女が猿沢池で入水自殺したという『絹懸柳』伝説を下敷きにしている。人形はここで再び頭巾被る。今後の展開からみると、結構キーポイント的な段かと思うが、す~っと終わってしまった(苦笑)。團吾師の演奏前の「ルーティン」が気に入っている。今度チェックしてみね。

三段目
「太宰館の段」
靖/錦糸

そうそう、靖太夫はこういう場面でこそ力が発揮できるというもの。錦糸師匠の絶妙のリードにくらいついて懸命に語る姿が頼もしくなってきた。入鹿の大笑いは、顔面真っ赤にしてやっていて、若干ながら客席から手も鳴ったけど、これに関しては、もっともっとお稽古を積んでもらいたいところ。
しかし、入鹿ってのは悪いやつやな…。と、ここで思いっきり客に印象付けるための段であり、その効果が上がれば上がるほど、この後の山の段が生きてくるというもんだ。そのためにはもっと入鹿の悪いやつ具合を印象付ける語りを望む。今回はお三味に随分助けられてるなと感じた。

お弁当の時間は30分。で、4月公演初日恒例の各賞表彰が行われる。あらかじめ10分休憩のときなどにお弁を買っておいて、表彰は座席でお弁いただきながら見るのがよいと思うよ…。

●第35回(平成27年度) 国立劇場文楽賞
〈文楽大賞〉 吉田玉男
〈文楽優秀賞〉 豊澤富助、竹本文字久太夫
〈文楽奨励賞〉 豊竹靖太夫、鶴澤清公
〈文楽特別賞〉 豊竹嶋太夫
●文楽協会賞
〈太夫の部〉竹本小住太夫、〈三味線の部〉豊澤龍爾、〈人形の部〉桐竹勘次郎
嶋さん登場で、場内割れんばかりの拍手。お元気そうで何より。若い太夫は、もっともっと住さんや嶋さんに食らいついて稽古してほしい。で、受賞者の顔触れは、まあ、順当なところ。靖の受賞は嬉しい。そして小住も協会賞を受賞しており、「見てる人は見てる」というのが実証された結果に。

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「妹山背山の段」
下手の床にも見台が用意されて、いよいよクライマックス山の段の始まりとなる。
思い起こせば前回6年前のこの段は、

背山*大判事-住、久我之助-文字久 (前)富助 (後)錦糸
妹山*定高-綱、雛鳥-呂勢 (前)清治 (後)清二郎 (琴)寛太郎
人形は、雛鳥(蓑助)、久我之助(紋壽)、大判事(玉女)、定高(文雀)

というメンバーだった。すでに住、綱、文雀は舞台を去り、紋壽も今公演にその姿はない。また、玉女は二代目玉男となり清二郎は二代目鶴澤藤藏となった。時代と世代が急激にめまぐるしく動いた6年間だったというのが、よくわかる。で、今回は、

背山*大判事-千歳、久我之助-文字久 (前)藤藏 (後)富助
妹山*定高-呂勢、雛鳥-咲甫 (前)清介 (後)清治 (琴)清公
人形‥雛鳥(蓑助)、久我之助(勘十郎)、大判事(玉男)、定高(和生)

初めてこの段に挑む人もおれば、師匠の後を引き継いでという人もいる。勘十郎が言う「総力戦」を象徴するかのようなメンバー。果たして、お客の反応は…。

この段も覚えやすく印象深い浄瑠璃で始まる。

古の神代の昔山跡の国は都の始めにて、妹背の始め山々の中を流るゝ吉野川。塵も芥も花の山。実に世に遊ぶ歌人の言の葉草の捨所
妹山は太宰の少弐国人(くにんど)の領地にて、川の見越の下館
背山の方は大判事清澄の領内、子息清舟いつぞやよりこゝに勘気の山住居。伴ふ物は巣立鳥。谺と我とたゞ二つ。経読む鳥の音も澄みて心細くも哀れなり

ここまでを背山(上手床)の文字久が語り、続いて妹山(下手床)の咲甫が語る。

頃は弥生の初めつ方、此方の亭には雛鳥の気を慰めの雛祭……

初日の印象。床はとにかく皆硬かった、硬すぎた。その代表格が千歳太夫。どうも気負いすぎているようで、大判事をこんなにがっしがしに語っては久我之助の立場がない(笑)。咲甫も気負っていたが、千歳ほどじゃなかった。でも硬かった。その点でいくと、太夫では文字久、呂勢は前回の経験が生きたのかも。三味線は富助師匠がよく聴けたかな。
そんな床に比して、人形陣は相対的に「しゃら~り」とこなしており、安定度の高さを感じる。とりわけ蓑助師匠の雛鳥は、絶品をはるかに超越してもはや別次元の素晴らしさ。久我之助(勘十郎)、大判事(玉男)、定高(和生)の同期三人も説得力あって、見ごたえ十分。

そして1週間後。太夫チームの硬さが少しは緩んでるかなと思って聴いたが、やはり千歳はまだ硬かった。硬いとか気負ってるって言うよりも、声の大きさで勝負されても困っちゃいますよ、聴く方は…。という感じ。咲甫はそこそこ改善されていたように聴こえた。
とかなんとか言ってはみたが、さすがに日本の舞台芸術屈指の名場面。退屈することなく、あっと言う間に時間が過ぎた。今回は、作品と人形に助けられたと言えないもないが、そこはやっぱり浄瑠璃聴かせてナンボの文楽の舞台。数年後にまたこのメンバーでこの段を観て聴く機会があったとして、どうなっているか。やはりこの作品もまた太夫チームの奮起にかかっているということだろう。

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それにしても、近松半二とその一味は、よくもまあ、このような美しく、悲しく、切ない物語を作ったものだと感心するな。初演から250年近く経過してなお、この人気なんやからなあ。

千秋楽にもう一回。

(平成28年4月2日、9日 日本橋国立文楽劇場)

 


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