17日から23日まで帰国してました。
帰国の大きな目的はまったくの野暮用でして。
これを一応、年に2回こなさねばなりません。
義務です。ってか生命維持の一環です。
まあ、色々あるんです、こんな風にヘロヘロしてるアタシにもね。
その帰国期間中に、地元民(あ、地元のお友達ですw)とのゆるやかな呑みの場がありました。
ご互いに色々あるんです、これまたね。
そういう色々をゆる~く飲みながら、一方で無責任に一方で相手のことを慮りながら語らうのです。
小生の場合、この5月20日で来港14周年。香港も15年目に突入ということもあり、その間の地元活動がなく、こうした地元民との交流は、地元における「空白の15年」を埋める貴重な場でもあることを、最近、痛感するのです。
バラバラになっていたパズルが徐々に合体してゆくような。
オカンのエエ加減な聞きかじり情報がまったくの「誤報」であるとか。
中学卒業から30年目にして初めて知る事実とか。
ま、年をとったということですね。
なんか最近、地元とか地元民がとても懐かしかったり、いとおしかったりするんですね…。
さりとて、今のところ帰国しようなんて気もないんですよね。
飛行機が往復2千円くらいならいいのにね…。
地元呑みのいいところは、こうしてゆるくダラダラ飲みながらも、時間は当然ながら正確に進んでゆくのですが、それでもフラフラと歩きやチャリで帰れるということ。大変お気軽です。
それとやっぱりね。
去年の地元小中3校合同PTA講演会で、「アニソン界のプリンス」影山ヒロノブ先輩も言われていたのですが、地元民との間には何の駆け引きも妙な腹の探り合いもないわけで。
まあ、いい町ですよ、あそこは。
香港も決して悪くはないんですよ、念のため、香港の名誉のため(笑)。
こうした地元への愛着は、そのときにはまったく気づいてなかったのだけど、やっぱり意義のある小中学校9年間だったということかな…。きっと30数年経過しないとわからんのよね。遠く海の向こうに旅立たないとわからんのよね。
そういうことなんでしょうね。
そういうことにしときましょか(笑)。
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。