【返還10周年】思い出話(35)「六四 その1」 *旧ブログ
六四、中華圏では6月4日の事件を指します。すなわち、1989年6月4日の「天安門事件」。 香港では当時、天安門の活動家を支持する声が上がり、数十万人規模のデモや支援集会が行われました。そして、事件を受けて左派も右派も関係…
続きを読む →六四、中華圏では6月4日の事件を指します。すなわち、1989年6月4日の「天安門事件」。 香港では当時、天安門の活動家を支持する声が上がり、数十万人規模のデモや支援集会が行われました。そして、事件を受けて左派も右派も関係…
続きを読む →香港に戻りました。 では再び、10年前のあれこれを。 【1997年5月15日】 ◇返還後の香港特別行政区行政長官事務室が「公安条例」「結社条例」の再修正草案を公布。民主党は「当初の修正案と原則的に変わらず、政治的タブーを…
続きを読む →【1997年5月9日】 ◇江沢民国家主席がCNNのインタビューで「海外からの圧力や干渉さえなければ中国は『一国両制』『港人治港』を堅持できると確信している」 ◇郵政署が新しい郵便ポストを発表。王冠マーク撤去、色は赤から緑…
続きを読む →【1997年5月6日】 ◇中共・江沢民総書記が「法による香港統治は我が国の法治体制実現の重要な部分であり、全国人民は香港基本法をまじめに学習しなければならない」と演説 ◇行政会議が「公安条例」「結社条例」の改正について再…
続きを読む →【1997年5月3日】 ◇双語(英語と華語)法令諮問委員会が、8年半がかりで英文による514の法令の華語訳を完了し、審議を終えたと発表 ◇台湾と国交のあるパラグアイ政府、返還時に香港総領事館を閉鎖すると発表 【5月4日】…
続きを読む →【1997年4月29日】 ◇返還後に初代行政長官に就任する董建華(C.H.トン)氏が「返還後の香港にもデモの自由はあり、天安門事件のようなことはありえない」「7月1日に民主派がデモをしても一向に構わないし、李銘柱(マーチ…
続きを読む →再開、10年前のどがちゃが。 【1997年4月25日】 ◇米国が返還後の特区旅券所持者に対し、現行の香港各種旅券と同様に10年間のマルチビザ発給を認めると発表 ◇財界基盤の親中派政党「港進連」と「自民連」が5月末の合併を…
続きを読む →【1997年4月22日】 ◇反対臨時立法会大連盟のメンバー10数人が董建華(C.H.トン)氏がかつて英国保守党に献金していたことを批判し、「庶民には灯りをつけるなと言い、役人には放火を許すのか!」と抗議デモ 【4月23日…
続きを読む →前エントリーで予告した返還前最大の「どがちゃが」、「生きてるうちから遺産争い」となった「鄧家争産事件」について書いておきましょう。 騒ぎの主役は、新馬師曾(1916年6月20日-97年4月21日)。本名・鄧永祥、広東順徳…
続きを読む →【1997年4月21日】 ◇周伯栄副司令官率いる人民解放軍先遣部隊40人が香港に到着。金鐘(Admiralty)の駐港英軍総司令部添馬艦基地と英海軍昂船洲(ストーンカッター島)基地に駐留。返還時の本格進駐に向けた準備開始…
続きを読む →