昨年の第36回 東京国際映画祭では、台湾現地の一般上映前に公開され、非常に高く評価された作品である。「これは見逃せない!」と思っているうちに、近場での上映期間は過ぎ去ってしまった…。めっちゃ職場の近くだったのに、何してますねん!って自分に対して怒りがこみあげてくる…。ってわけで、今回もまた「塚口サンサン劇場」に救っていただいた。ホント毎回助かります!
老狐狸 邦題:オールド・フォックス 11歳の選択
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
台題『老狐狸』 英題『Old Fox』
邦題『オールド・フォックス 11歳の選択』
公開年:2023年 製作地 台湾
言語:普通話、台湾語
上映時間:112分
評価 ★★★☆(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):蕭雅全(シャオ・ヤーチュエン)
監製(エグゼクティブプロデューサー):侯孝賢(ホウ・シャオシェン)、小坂史子、林逸心(リン・イーシン)
編劇(脚本):蕭雅全、詹毅文(チャン・イーウェン)
配樂(音楽):侯志堅(クリス・ホウ)
聲音設計(サウンドデザイン):杜篤之(ドゥ・ドゥチ)、江宜真(ジャン・イーチェン)
攝影(撮影):林哲強(リン・チャーチァン)
藝術總監(美術):王誌成(ワン・チーチエン)
領銜主演(主演):劉冠廷(リウ・グァンティン)、白潤音(バイ・ルンイン)、陳慕義(アキオ・チェン)、劉奕兒(ユージェニー・リウ)、門脇麥(門脇麦)、黃健瑋(ジャン・ホアン)
特別演出(特別出演):温昇豪(ジェームズ・ウェン)、傅孟柏(フー・モンボー)、楊麗音(ヤン・リーイン)、張在興(チャン・ツァイシン)、班鐵翔(パン・ティシャン)、莊益增(ジュアン・イーヅァン)、高英軒(ガオ・インシュエン)
《作品概要》
台北郊外に父と二人で暮らす寥界(リャオジエ)。コツコツと倹約しながら、いつか、自分たちの家と店を手に入れることを夢見ている。ある日、寥界は“老獪なキツネ”と呼ばれる地主・謝(シャ)と出会う。優しくて誠実な父とは真逆で、生き抜くためには他人なんか関係ないと言い放つ謝。バブルでどんどん不動産の価格が高騰し、父子の夢が遠のいていくのを目の当たりにして、寥界の心は揺らぎ始める。図らずも、人生の選択を迫られた寥界が選び取った道とは…!?<引用:映画『オールド・フォックス 11歳の選択』公式サイト>
日本がバブル景気で沸き返っている当時、台湾も好景気を迎えていたわけで、本作はまさにそういう時代、1989年の台北が舞台となっている。その2年前に戒厳令が完全に解除されたことで、急激に台湾社会が良くも悪くも開放的な空気で盛り上がっていく、そんな時代背景である。
まあしかし、主人公でもある11歳の少年、寥界(リャオジエ)を立派に演じ切った白潤音(バイ・ルンイン)は大したもんだ。あの「世を拗ねた」ような或いは「世をはかなむ」ような目つきは、いったい何なんだろう。そんな中で瞬間的に時折見せる子供らしい表情がたまらん。「天才子役」と言われる所以が随所で光る好演を見せた。パンフの蕭雅全(シャオ・ヤーチュエン)監督のインタビューにもあったが、「この映画を観て皆さんが感動してくださったとしたら、それはバイ君のおかげによるところがとても大きいです」。まさしくその通りだろう。異論はあるかもしれないが、小生はこの映画は完全に白潤音の映画だと感じた。「X」を通じて、ガンガン日本語でプロモかけてくるのもかわいい。
散々白潤音を持ち上げたが、もちろん、彼一人で映画が成り立ったわけでなく、周囲の大人たちも好演を見せた。「老獪なキツネ」と呼ばれる地主の謝を演じた陳慕義(アキオ・チェン)は第60屆金馬獎で助演男優賞を獲得した。
父親とはあまりにも好対照な生き方をする謝。寥界は彼に大いに刺激を受ける。「他人に同情するな、他人のことなど知ったこっちゃない」と、平然と言ってのける謝は、他人に優しい父とは考え方、生き方が違い過ぎるのだが、高級車に乗り、豪宅に住む謝に心惹かれるのは、仕方ないだろう。俺もこうありたいと思ったよ(笑)。つまりは、おっさんは典型的な「勝ち組」で、父親は「負け組」ということだ。寥界父子が住む部屋の階下で麺屋を営むおっさん(演:班鐵翔/パン・ティシャン)がうまい投資話に騙され、大損こいた挙句に自殺した際、葬儀に訪れて遺族に「即刻退去」を申し渡すシーンがある。これなど実に冷酷な仕打ちだが、こうすることで「勝ち組」になったというような象徴的なシーンだ。
ただし、おっさんは、一連のバブルが生み出した「勝ち組」ではない、というのが作品のキモの一つでもある。おっさんが「勝ち組」になるまでには、それはそれで、一つの独立した物語にもなるほどのストーリーがある。貧しかった少年時代、分かり合えない息子(演:傅孟柏/フー・モンボー)との関係、死別…。そりゃまあ色々あるだろう。なんせ映画のタイトルが『老狐狸=老獪な狐と狸』ってくらいだもん。
そんな「老獪なキツネ」とは正反対の生き方をするのが、劉冠廷(リウ・グァンティン)が演じた寥界の父親の泰來(タイライ)。画に描いたような、誠実で他人に優しい人物。まあぴったりの役どころかな。
レストランの給仕に仕立ての内職で、コツコツ金をためて家を買うことを目標にまじめに働く。映画には出てこないが、それほど昔ではない時期に、奥さんを亡くしているのだろう。奥さんは散髪屋さんを開くことが夢だったようで、泰來もその遺志を継いで店を持ちたい。息子の散髪してるから、なんとかやっていけるだろう、なんて軽く考えているのが、「ちょっと、ちょっと…」てなところなんだけど(笑)。そう言えば、寥界が誰もいなくない散髪屋に寂しそうにたたずむシーンがある。
寥界もそんな父の姿を見て倹約に励むのだが、謝と接近したことで、父に生き方に疑問を抱くようになる。そんな寥界を見て泰來は「あいつには近づくな」と警告するのだが…。そんな折、株で儲けた親族が頭金を出してくれることになり、目標の3年よりも早くマイホーム&ショップの夢が実現する見込みに。喜ぶ父子だが、ここがこの時代の悲哀で、喜びも束の間、株価はどんどん上昇し不動産価格も高騰。父子の夢も儚く頓挫する。泰來も案外、世の動きに疎く、人から聞いて驚くというシーンがある。「おい!しっかりしろよ!」ってところなんだが(笑)。
父子の元に、家賃の集金に来る「漂亮姐姐=美人のおねんさん」こと、謝の部下である林珍珍(演:劉奕兒/ユージェニー・リウ)は、何かと二人を気遣う。寥界が熱を出したときは付きっ切り看病するなど、二人に優しい。でありながら、ちょっと謎っぽい。ちなみに劉奕兒は、先日観た『月老』で馬賊の女役だったが、まったくイメージが違うので、気付かなかったぜよ(笑)。漂亮姐姐と懐く寥界だが、ある現場を目撃したことで、林は窮地に立たされることに…。この辺、謝から狡猾に生きることを徐々に学んでいく寥界の「成長ぶり」が興味深い。
さて、本作では門脇麦が泰來の中学時代の初恋の人、楊君眉(ジュンメイ)役で出演する。蕭雅全(シャオ・ヤーチュエン)監督が、エグゼクティブプロデューサーの侯孝賢(ホウ・シャオシェン)から「日本の俳優と一度一緒に仕事してみるといいよ」と言われていたところ、『浅草キッド』を観て門脇麦を気に入ったので、出演を依頼したのこと。確かに雰囲気はよかった。脚本をよく理解しているんだろうなとも感じた。泰來の初恋の人であると同時に、地域ににらみを利かせる華哥(華兄ぃ)こと魏少華(演:黃健瑋/ジャン・ホアン)の妻でもある。それだけに、姐御の雰囲気も良く出ていて、好演と言えば好演なんだけど…。この役、別に台湾人女優でもよかったんじゃないかなぁ~、または華哥の日本人妻って設定でもよかったんちゃいうますかね~と…。
で、11歳の寥界の周辺には彼ではどうすることもできない、また父親の力をもってしても動かすことのできない、社会の大きなうねりが起こっていく…。そして邦題のサブタイトル「11歳の選択」へとつながるのだが、その選択が何だったのか、鈍感な小生にはよくわからなかった。寥界が謝になお執拗に「家を売って」と迫るのだが、ここで謝は寥界に自分の過去を語り、再び人生訓を語る…。そして…。
ラストはシュッとした建築家(演:温昇豪/ジェームズ・ウェン)が登場する。我々はこれが成長した寥界だと、一目で理解できる。わずかな登場ながら、「11歳の選択」をした後に、寥界が歩んだ道のりがなんとなく理解できる。このラストシーンで、観客はかなり安心するのだけど、一方で、その間に想像を巡らせねばならないわけで、小生はちょっとだけ不満が残った。まあ、この終わり方が普通なんだろうけど…。
正直なところ、「何がそんなにええのか?」って疑問に思うところもある作品だった。どうも昨今、日本で公開される台湾映画は「過去」を描いたものが多いように感じる。映画を通じて知りたいのは、あくまで「現在」の台湾である…。と言いつつも、そんな時世にアート系の文芸作品を放ったというのは、大いに評価できるし、各アワードでの受賞の数がそれを物語っている。侯孝賢プロデュースは、本作が最後かも、と言われているところで、本作を観ることが叶ったのは、よかったと思う。
《受賞など》==================================
■第60屆金馬獎
・最優秀監督賞:蕭雅全
・最優秀助演男優賞:陳慕義
・最優秀映画音楽賞:侯志堅
・最優秀メイクアップ、衣裳デザイン賞:王誌成、高仙齡
他3部門にノミネート
■第5屆台灣影評人協會獎
・最優秀作品賞:『老狐狸』
・最優秀監督賞:蕭雅全
・最優秀脚本賞:蕭雅全、詹毅文
・特別表彰:侯孝賢
他3部門にノミネート
■第26屆台北電影獎
・最優秀長編作品賞:『老狐狸』
・最優秀監督賞:蕭雅全
・最優秀脚本賞:蕭雅全、詹毅文
・最優秀撮影賞:林哲強
・最優秀メイクアップ、衣裳デザイン賞:王誌成、高仙齡
・観客賞:『老狐狸』
・最優秀ポスター賞:方序中
他7部門にノミネート
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(令和6年8月28日 塚口サンサン劇場)
いつも助かってます!塚口サンサン劇場さん! |
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。