【毒書の時間】『女の熱帯』 黒岩重吾


続けて黒岩重吾です。例の、「昔読んだ黒岩本を押し入れの奥底や、倉庫のガラクタ山積みの中から引っ張り出す」作業で、出てきた一冊。古い本ですわ、ホンマに。この作業で気付いたんだが、角川文庫がやけに「昭和54年●●版」が多い。そんないっぺんにまとめ買いするほど、高校1年生が潤沢なお小遣いを持っているわけもなく…。「これはいかに?」と、この本の巻末を見たところ、「角川文庫30周年記念 ベスト100選」のラインナップが。そこでうっすらと思い出したのが、その30周年に合わせて、角川文庫はカバーを刷新したように記憶する。なので、黒岩重吾作品もこの時に一斉に重版、カバーリニューアルされたんじゃなかったっけ?? などなど、記憶は曖昧だが、そうだったような…。なんか書誌学みたいになってきたけど(笑)。それにしても当時の小生は、どうして帯を捨ててしまっていたんだろう。そこに手掛かりがあったかもしれないのに。

『女の熱帯』 黒岩重吾

角川文庫 ¥260
昭和53年10月25日 初版発行
昭和54年9月30日 5版発行
令和6年8月10日読了
※価格は昭和54年9月30日5版発売時

初出は「婦人生活」で昭和41年1月号から12月号まで、1年にわたって連載され、昭和43年の全集に収録された。全集では主人公の収入に関して「純収入は10万は下らない」とあったものを、文庫化にあたり「30万」にしている。10年間の経済状況の変化の著しさに鑑み、かなりの訂正が入れられたようである。とは言え、その文庫化も45年前のことなので、そこからも大きく経済状況は変化しているので、「30万」は「100万」くらいにしておけば「それなりに儲かってるんやな」というところか…。その辺はわからんわ(笑)。

黒岩作品には「女の~」というタイトルが結構多い。角川文庫から出た黒岩作品では『女の樹林』はその代表作だろう。これも発掘済みなので、そう遠くない将来に再読しようと思っている。それにしても、初版から1年たたずして5版とは、えらい売れ行きである。

本作の舞台は、当時の国鉄阪和線南田辺駅前の洋裁店。前回も言ったが、南田辺駅界隈は、小生が生まれ育った地域で、現在もこの街に暮らしている。当時の阪和線は、旧型国電車輛の掃きだめみたいな路線だったが、それが却って「鉄オタ心」をくすぐり、えも言えぬ魅力のある路線であり、沿線には全国から「撮り鉄」がやって来たものだ。今では駅も高架化され、走る電車も統一されて、なんの面白みもない。黒岩作品には、時々、この南田辺が登場するのだが、もしかしたら黒岩重吾は住んでいたことがあったのだろうか…。「駅前は大きな菓子屋(P.11)」は、小生の弟の同級生の家かもしれないし、「古い池で水はよどみ傍を通ると青臭い匂いがする(P.12)」は桃ヶ池長池か。などと、洋裁店や襟子の住まいの周辺の情景に、近所の風景を重ね合わせてしまう。

ま、それはさておき。

主人公はこの洋裁店を、友人の眉子と営む襟子。繊維会社の総務課長の山形と共働きなのだが、収入は襟子の方が多い。と、これが悲劇の要因となる。妻の収入が旦那の収入よりも多いというのは、やっぱり男としては嫉妬を覚えるんだろう。ま、その気持ちもわからんことはないけど…。そこで、旦那は一儲けを企み、選んだ企みが「産業スパイ」という、誠に危ない手段。勤務先から盗んだ機密をライバル会社に高く売ろうというわけだが、そこに目をつけて旦那を篭絡しようとする、神戸の服地専門店のマダム、椎香暁子。これは結構な悪女。そんな折、山形が謎の交通事故死を遂げる。愛のない夫婦関係だったとは言え、夫の死の背景をどうしても知りたい襟子。この辺は、黒岩重吾ならではのミステリー仕立てで、「ふん、ふん、それからどーなる?」な展開で面白い。他殺だったのか、単なる事故死だったのか…。死因が最後まで回収されないままだったのは、少々、がっかり。あまり黒岩作品でがっかりすることはないんだが、珍しい。

一方で共同経営者の眉子も、襟子には少なからず嫉妬を覚え、やがて袂を分かつことになる。こちらの関係は、紆余曲折はあったものの、むしろ離れることで、お互いが素直な気持ちになれたのだから、雨降って…、ということだったろう。眉子のことを「いやな女やな~」と散々思わせて、こちらの対立は落着。

終盤に襟子と椎香暁子との対決シーンがあるが、読者の気持ちをすっきりと晴れやかにする終わり方で、「よう言うた!偉いで、襟子!」と拍手を送りたい気持であった。

で、タイトルの『女の熱帯』の意味するところだが、「ああ、なるほどね」と納得するシーンがある。

寒い。ガスストーブをつけた時、襟子は自分の中にひそむ女の熱帯を感じたようである。山形が今までの態度を改めず、このままの夫婦生活が続けば、危険なことが起きるような気がする。(P.49)

ここに「女の熱帯」が指すところが集約されているのではないだろうか。肉体的、冷えた夫婦間における決定的な愛の欠乏…。「解説」の最後は、下記の一文で締めくくられる。ほとんど「ネタ晴らし」になっているが(笑)。

襟子が心の底にひめていた<女の熱帯>は、宝川によって始めて(原文ママ)もえゆくようである。愛による<生>の認識ーーこれが黒岩文学のメルクマール(標識)だとすれば、<女の熱帯>もその例外ではない。(「解説」P.249)

宝川は、夫の死に深く関わりのある人物で、山形が企業機密をライバル会社に売った金で、椎香暁子と3人で事業を興すはずだった三流弁護士。結局、夫の死に関係する人物で信頼できるのが宝川だけというのが、わかってゆく。その過程で襟子は宝川に「女の熱帯」を発露する、という展開。

婦人雑誌に連載されたということで、サスペンス、ミステリー薄めの、なんとなく「よろめきドラマ」(古いかww)の様相が強い作品だった。

余談ながら、大学の一般教養の講義中に読んでいたことを思い出す(笑)。何を読んでるねんな、お前ww。ちゃんと勉強しなさい!

黒岩作品の入門にはうってつけの一冊!


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