【毒書の時間】『法王の牙 病院サスペンス集』 黒岩重吾


去年から言ってるけど、「昔読んだ黒岩本を押し入れの奥底や、倉庫のガラクタ山積みの中から引っ張り出す」という作業も、少しづつ進んではいるが、暑くなってきたので小休止。と、思ってたら、新たに中公文庫が『法王の牙 病院サスペンス集』なんていう、素敵な短編集を出してくれた。「黒岩重吾生誕100年企画」だそうで、初期作品の真骨頂、「病院」「医療」を背景にしたサスペンス6篇が収められている。これは、大いに楽しみではないかえ? ま、いずれも既読作品なんだが、内容ははるか忘却の彼方なので、「新作」を読む気分で。

『法王の牙 病院サスペンス集 黒岩重吾 日下三蔵 編

中公文庫 ¥990
2024年6月19日初版
令和6年7月24日読了
※価格は令和6年7月27日時点税込

いかにも黒岩重吾らしい短編集。帯に「生誕100年文庫オリジナル」とあるけど、生誕100年であるならば、もっと多くの作品集が出てもいいと思うのだが、ちょっと寂しすぎないか…。

初期作品集ということだが、一番古い作品が『病葉の踊り』で「近代説話」1960年4月号に初出。最も新しい作品は『最後の踊り』で「オール讀物」72年3月号に初出。あ、ちなみにに「病葉」と書いて「わくらば」と読む。これ、40年ほど昔にこの作品を読んで覚えたのを思い出す。

その『病葉の踊り』だが、入院生活を繰り返す男の物語。その容姿もあって軽蔑と哀憐の対象でもあった。それでも看護婦にちょっかいを出し、エッチなこともするんだから隅に置けない。過去を暴かれ、おのれの全存在を否定される恐怖を味わった末に取った行動とは…。

『深夜の競走』も入院患者の生々しい人間劇で、夜な夜な不自由な体で競争する患者たちの光景が息苦しく感じる。病院内の描写は、さすが自身も長期入院生活を送った重吾だけに、その臭いまで漂ってきそう。

この時代の、阿倍野の上町線沿いにあったような病院は、大体こんな感じだったと思われる。幼いころ、親戚なのか知人なのか知らないが、祖母に連れられて何度か見舞いに行った記憶があるが、「病院=怖いところ」という印象を持ったものだ。

表題作『法王の牙』も触れておきたい。これは上記2作とは違い、大学病院内での権力構造を描いている。主人公のT医大・大河原はK医大・高崎博士の門下。大河原の出世には高崎博士門下というレーベルもあるし、大河原の嫁は高崎の娘ということも関係している。その大河原夫人が、最近、行方不明になり…。権力を前に人生が変わるのは出世できた者だけでなく、転落を強いられてしまう者もいる。社会の底辺で呻吟する者たちと何ら変わりない、どぶ川のような饐えた臭いが漂う人間関係が描かれている。

他の3篇『さ迷える魂』『造花の値段』『最後の踊り』はいずれもエグイ展開、「うひゃぁ!」という終わり方である。一言「ひどいなぁ~」と漏らしてしまうようなストーリー。こういうの、まさに黒岩重吾の真骨頂というもんだろう。

今回も多くの作品にエロい場面が描かれているが、女性の身体の描き方がすこぶるよいのも、黒岩作品の特徴だと思う。中学生で初めて黒岩重吾を知り、まだネットなど無い時代において、小生にとっては貴重な「性の手引き」が黒岩作品の数々だった(笑)。

「解説」は本書の編者でもある日下三蔵。黒岩作品に病院を舞台にした作品が多い理由として、「黒岩重吾が長年、病気に悩まされ、辛い闘病生活を送った経験から馴染みのある場所であり、そこで見聞きした様々なエピソードが生かされている」ことと、「病院は生死の境を象徴する場所であり、人生の極限状態が常に凝縮されているわけで、サスペンス小説というスタイルで人間の暗部を容赦なく描く黒岩重吾にとって、これほどドラマを生み出しやすい舞台はほかになかった」という2点を挙げている。いや、ほんとそう思うね。うまいことまとめてはる。

ということで、黒岩作品、続けて読んでます。発掘作業で引っ張り出した『女の熱帯』。小生の地元、JR阪和線南田辺駅前が舞台。近々に感想をお届けできると思う。

本書の表題作『法王の牙』のほか『さ迷える魂』『最後の踊り』を収録。かなり古い文庫だが、電子書籍で読めるのだから、便利な時代になったもんだ。


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