<奈良・東大寺の毘盧遮那仏(大仏さん)と言えば、聖武天皇。教科書では知りえない聖武天皇の懊悩の産物なのか… (photo AC)>
「螺旋プロジェクト」8作目。締めの1冊となった。最初に伊坂幸太郎の『シーソーモンスター』を読み終えたとき、「まあ半年くらいで前作踏破やな」なんて思っていたら、1年半近くかかってしまった(笑)。他の本ももちろん読むわけやから、そこはしゃーないわな(笑)。今回は澤田瞳子『月人壮士(つきひとおとこ)』。時代は奈良時代。娘の阿倍内親王=孝謙天皇に譲位して太上天皇となっていた聖武天皇の崩御を発端に物語は始まる。この時代は本当に面白いのだけど、小説となると非常に少ないように思う。今回、「螺旋プロジェクト」の一冊として出会えたのは幸運というもの。この時代を舞台とする作品で世に出た作者だけに、期待も膨らむ。
『月人壮士』 澤田瞳子
中公文庫 ¥836
2022年12月25日 初版
令和6年4月11日読了
※価格は令和6年4月17日時点税込
「螺旋プロジェクト」の決め事の一番の根幹と言える「海族VS山族」の対立を、対立というよりも「海(藤原氏)に侵食される山(天皇家)」という図式にした点が、これまで読んできた「螺旋~」の作品と大きく異なる点。「おお、こういうやり方があったか」と。
橘諸兄から、聖武天皇の末期の「遺詔」を探し出せとの命を受けた中臣継麻呂と道鏡が、聖武天皇の周辺人物を訪ね歩く。浮き彫りなるのは、聖武天皇の懊悩や孤独。それらを正室の光明子はじめ、複数の周辺人物に語らせる。ここに道鏡が居るのが面白い。その後、孝謙天皇/称徳天皇に寵愛されることになるのだから、この名前が出てきて「お!そう来るか!」と思った。「いや~、これは面白いんちゃうの」というところだ。
日本史の授業的には、聖武天皇と言えば奈良の大仏さん、藤原氏と言えば平安時代の摂関政治となるわけだけど、もう奈良時代にはすでに藤原氏は天皇家にうまいことからみついて、権力を手中に収めんとしていたことを知る。しかし、聖武天皇も随分とご自分の母親が藤原氏であることを悩んでいたのだなと思いもするが、そこは「解説」で紹介された作者の弁にあるように「古代は史料が少ないので、想像力で埋めているうちに物語ができてくる」ということになるのだろう。
しかしまあ、歴史の偶然、あるいは「螺旋プロジェクト」の意図とでも言うべきか、伊坂作品『シーソーモンスター』でしっかりファンをつかんだ「宮子」さん、聖武天皇のご母堂と同じ名前だったとは! 安積親王から阿倍(孝謙天皇)に託された渦巻き状の首飾りも印象的。よくできた人物として描かれている安積親王の最期があっけなく哀しい。もし彼が皇統を受け継いでいたら、その後の藤原氏との関係はどうなっていったのかと、想像してみたりもする…。
渦巻きのお守り、何かが壊れる、「おおる、おおる」という泣き声など、一連の決め事ももちろん採用されているが、それが無くとも十分に「螺旋プロジェクト」の作品として成り立っていると言えるほどの対立感。海族たる藤原氏が山族たる天皇家をどんどん侵食していく様が描かれているのだが、明治期を描いた薬丸岳の『蒼色の大地』では、海族は世間から徹底的に虐げれる存在だった。このめくるめく関係、まさに「螺旋」。
色んな人物が登場したり、語られたりするので、整理しながら読み進めることになるので、ちょっと時間はかかる。その整理の手助けをしてくれたのが、冒頭の「天皇家・藤原家略系図」。この系図は便利なようで、「この人はどこに?」という具合で、載っていてほしい人が載ってないため不便な一面もあるが、これがなければ一々Wikipedia見ながらの読書になっただろうから、もっと時間はかかっていただろう。
最後の章「終」は、崩御の寸前の太上天皇=首(おびと)が描かれる。橘諸兄の命を受け、中臣継麻呂と道鏡が探し求めた末期の「遺詔」が何であったかが、わかる。が、時すでに遅し。すべては「海族=藤原氏」が主導する世の中へと動き出していたのである…。
最後に言っとくが、藤原氏は悪い奴らばかりじゃないよ、と(笑)。
ということで、「螺旋プロジェクト」全巻踏破達成。「三体ロス」のような得も言えぬ喪失感はないが、「終わったか」という気分ではある。一方で「螺旋プロジェクト第二弾」が始動している。言い出しっぺの伊坂幸太郎をはじめ、武田綾乃、月村了衛、凪良ゆう、町田そのこの名前が巻末に並んでおり、他にも参画する作家がいるとのこと。ま、それぞれの作品と出会えるのは5年後くらいかな?生きてりゃまた読みましょう(笑)。
本書には描かれていない「天平のパンデミック」。奈良の都を襲う天然痘の恐怖…。これはぜひ読んでみたい! |
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。