(photo AC)
先日、中公文庫から発行された『心斎橋幻想』を読み終え、なんとも言えぬ懐かしさを感じ、「黒岩重吾こそ、自分の立ち返るべき作家」と改めて思った。そこで無謀にも、崩壊して本の下敷きになってしまうのを覚悟の上、押し入れや隣の倉庫の奥にうず高く積み上げられた過去に読んだ本の山の中から、黒岩重吾の本を引っ張り出すことを試みた。アホですな(笑)。その決死の作業の中、まず最初に行き当たったのが本作である。奥付は1980年11月25日第一刷。小生、高2(笑)。すでに黒岩重吾に首ったけだった。実に「43年ぶりの再読」である。感慨深いものがある。物持ちの良さと言うか捨てられない性格と言うか、それが幸いしてこうして再び読むことが叶うのだから、やっぱり本は手放しちゃいけませんな。と言いつつ、かなりの数の本を売りに出してもいるわけだが(笑)。
黒岩重吾と言えば「西成・飛田もの」に代表される、大阪の底辺を描いた作品群がまず思い浮かぶところだが、戦地における実体験を元にした作品群も、なかなか鮮烈である。
今年は黒岩重吾没して20年、そして来年は生誕から100年である。重吾の作品がもっと世に出てもいいと思うんだが…。
『裸の背徳者』 黒岩重吾
文春文庫 ¥280
しかし、この頃の文庫版は安かったですな。この値段なら高校生でも手軽に買える。文字は小さくて読みにくくはあるけど、ページ数が少なく薄いのがいい。今や文庫版でも1,000円超えは珍しくないし、文字が大きいのでページ数も多く、やたら分厚い。1,000円超えると「手軽に…」というわけにはいかない。なので、今回のように、古い本を引っ張り出して「40年ぶりに読みました!」とか、ブックオフなどの古書店で110円の文庫本で掘り出し物を見つけるのがいいね。
「この頃」ついでに言うと、当時、黒岩作品は角川文庫、講談社文庫、文春文庫、集英社文庫が競ってほぼ毎月出版しており、小生は角川、講談社、文春をよく買っていた。集英社はちょっと小難しい作品が多かった印象。でも多分、一通りは揃っているはず(笑)。
「解説」は尾崎秀樹(おざき ほつき)。ゾルゲ事件で有名な尾崎秀実(おざき ほつみ)の異母弟である。素晴らしい文章なんだが、ほとんど「あらすじ」であり、作品を読むときには解説は最後に読むこと(笑)。
語り手となっている黒木という伍長は、作者のことだろう。件の「解説」によれば、重吾は学徒出陣で信田山連隊に昭和19年3月に入隊し、ほどなく東満へ送られ、林口の山砲部隊に配属されている。「東満」と言うからには、満州東部であろう。本作は、そんな作者のソ満国境での原体験に基づくものだ。それだけに、重吾が実際に体験したり見聞きしたであろう様々なことが、生々しく綴られている。
黒木伍長は6人の「問題児」「落伍者」と言える兵たちと、囮としてソ満最前線の虎頭要塞へ送り込まれる。百万の精鋭を誇った関東軍は既に解体した後で、南方戦線へ移動していた。要はソ連軍を前に、戦わずして日本軍は敗走したわけである。黒木と6人の兵は「最前線防御」という名の「塹壕掘り」に日夜を費やすことになる。強大なソ連軍を目前にした落伍者たち。究極の状況下で、6人の「狂気」がむき出しとなるのに、それほどの時間はかからなかった。その6人について、「解説」がまとめてくれているので以下に抜粋する。
現役三年兵で関東軍の精鋭であることを誇りに思っている二十三歳の谷川兵長、天六で酒場をやっていたこともある五年兵の抜田上等兵、その抜田と同様、女にかけては目のない平口上等兵、平口と男色関係にある呉服屋の店員あがりの羽村一等兵、脱走を企てて要注意のレッテルをはられたインテリ出身の後藤一等兵、局部を凍傷にやられその劣等感に悩む吉井一等兵。
いずれも肩入れすることのできない人物ばかりで、吹き溜まり感しか感じない。ただ、吉井には同情すべき点もあり、味方はしたくなる。黒木もその思いが強まっていく…。
虎頭要塞もいよいよソ連軍の銃火から逃れられない状況になり、病院送りとなっている後藤を除く5人の兵士と黒木の脱走劇が始まる。勝手な退却は銃殺刑となるのを承知の上で…。その逃走の中で次々とむき出しとなるそれぞれの「狂気」に、ページをめくる手が止まらなくなる。
明日なき日々の合間に語られる満州の広大な土地の自然が印象的。さながら「戦場スケッチ」かと思うほど、鮮やかな情景が目に浮かぶ。この辺の描写は、現地でその時を過ごした者にしか書けないだろう。死を実感せずにはおれない状況にあって、こうした自然の光景は実際に重吾の心をほんの少しでも癒してくれたのだろうか…。一方で、ソ連軍に皆殺しにされた開拓団集落の凄惨な地獄図絵は生々しい限りである。重吾は実際にこの光景を見たのだろう…。
逃走の中で、一人、二人と命を落としてゆく。決して敵の銃弾に斃れたのではない。病死の羽村以外は、仲間の銃弾に斃れ、吉井は自ら命を絶つ…。後半、吉井に肩入れしていただけに、この自死は何とも言い難いものを感じた。
吉井には大阪の田辺に両親が健在で、妹もいるようである。こんなところで死ねるもんか、両親や妹に会うんだ、と黒木は黒木は吉井を元気づけた。
小生が生まれ育ち、今も暮らしているこの田辺の町に、吉井は生きて帰ることを望まなかった…。もしかしたら、隣組のおっちゃんになってたかもしれないのに…。
「生きて帰りたい」との思いが最も強く、運よく最後まで生き残ったかと思われた伍長の黒木だったが…。
人間の持つ「エグさ」「エゲツなさ」を生々しく描き出す。西成・飛田ものとは違う黒岩作品の凄みを感じる。後に出る『人間の宿舎』『カオスの星屑』と並び、重吾の自伝三部作のまずは一冊目であった。
しかし、購入当時高校2年生だった小生は、この作品から何を感じたんだろうか。43年前の自分に感想を聞いてみたい。多分「なぁ~んも感じへんかった」やろな(笑)。
(令和5年9月10日読了)
*価格は昭和55年発売当時の表示価格
『青い枯葉: 昭和ミステリールネサンス』 (光文社文庫) 黒岩重吾
¥990 (Amazon.co.jp)
大阪立売堀で機械器具の会社を営む橋田は、人生最大の危機に直面していた。二十年をかけて築き上げた会社が詐欺にあい、倒産寸前にまで追い詰められていたのだ。もはや金策も尽き、旧知の同業者に、愛人の秘書・由美子を差し出すほかに道はなかったが…。男達の欲望の間で生きる薄幸な女を描いた表題作等、社会の歪みの中で蠢く人々の闇をあぶり出す傑作七編!!
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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