【毒書の時間】『心斎橋幻想-関西サスペンス集』 黒岩重吾

<本作の風情をどこかに感じさせる鰻谷界隈の夜  photo AC>


本のタイトルにちなんだ写真をトップに使いたいと、ストックを探してみたが、生憎、手持ちになかったので、フリー画像で「心斎橋」を検索したところ、9割が「道頓堀」界隈の画像…。写っているのは心斎橋でなく、「戎橋」ばかり。「いや、ちゃうねんて、それは!」と、ベタな大阪人としては激しくツッコミたいところ。本来、心斎橋は長堀川(現在の長堀通)に架かる橋で、元和8年(1622)に木造で建設されたのが最初。現在の心斎橋筋商店街心斎橋筋北商店街をつないでいた。小生の記憶にあるのは長堀通に架かる石造り風の歩道橋としての「心斎橋」。これも今は無くなり、クリスタ長堀の天井部を川に見立て、長堀川の水面が再現されて辛うじて橋の風情を残してはいるが、往来のヤングや訪日観光客にその由来を知る者は、ほとんどいないだろう。

さて、今回読んだ短編集『心斎橋幻想』。大好きな黒岩重吾の作品7編が収められている。いずれも昭和30年代に発表された作品で、表紙カバーの写真もその時代のものだろう。<関西サスペンス集>と副題にあるように、社会派サスペンス作品が並ぶ。

『心斎橋幻想-関西サスペンス集 黒岩重吾 日下三蔵 編

中公文庫 ¥990

黒岩重吾については、この数年、過去に発行された文庫本などを中心に、復刻や新たな短編集がいくつか発行されているが、いずれも収録作品がダブっていないのがいい。

そしてこの度の本作。まず、このタイトルを見て即座に、「わーい!復刊や!」と喜んだ。浪人中に読んだ同タイトルの講談社文庫版を思い出したのだ。しかし、小生は浪人中に何を読んでるねんな(笑)。

まあそんな塩梅で、当時の本を押入れ崩壊の恐怖の中、なんとか引きずり出して見たところ、表題作以外は収録作品は全く違っていた。奥付を見ると昭和57年(1982)4月1日。収録作は『心斎橋幻想』『南国の足跡』『深夜劇場』『氷河の瀑布』『茜ホテル』『湿った砂漠』『ガラスの橋』の7作。『心斎橋幻想』は今回読んで「ああ、そう言えばこういう話やったなぁ」と何となく思い出すことはできたが、他の作品はすっかり記憶から消えている…。辛うじて『茜ホテル』が微かに題名だけ記憶の片隅に残っていたが…。まあ、しゃあないね。もう40年前のことやもんね。

ちなみに今は講談社文庫版の黒岩作品はkindleで読める。えらい時代ですわ…。ガラクタ大崩壊の危険の中、決死の覚悟でその他の黒岩本も引きずり出すか、kindleでお安く手に入れるか…。悩ましいところだ。←幸せでんな、おたくも(笑)。

それにしても改めて思ったのは、本作収録作はもちろんのこと、重吾のサスペンスものは最後の数行できれいにフィニッシュする。それは伏線回収というものとは少々違うような気がする。また、びっくりするようなどんでん返しがあるわけでもなく、むしろ「ああ、やっぱりこの人はこうなるのか」的な終わり方で、それが返って主人公や登場人物への憐憫の思いを抱かせるのである。実にきれいな、見事な、惚れ惚れするエンディングを、ほんの数行で読ませてくれるのだ。

本作で言えば、『ぜいたくなホテル』『朝を待つ女』『心斎橋幻想』が特に見事な締め方をしており、思わず「はぁ~」とため息をついたほどだった。たとえば、表題作の『心斎橋幻想』のラスト1行、

兄が泣いたのは、その文章であった。

これなんぞ、兄と主人公の関係や主人公が「文章」を残すプロセスを見せこられた大方の読者は「おお…」と思わずにはおれないだろう。それくらい意味のある深い1行である。

収録作のいずれも、他の黒岩作品同様に女性が物語を動かす。主人公は男性であっても、あくまで話を動かしたり、騒動の元となるのは女性である。裏のあるダンサー、地方から大阪にあこがれて出てきた若い女性、「魔女」と言われるほど男を狂わす女性、華やかな世界で突然訪れる「リベンジ」に愕然とする女性…。夜の世界の表裏を見てきた重吾のこと、恐らくモデルとなるような女性がいたのだろう…。

また収録作の多くからは、当時の大阪の街の様子がうかがわれる。小生が黒岩重吾を愛読する大きな理由がそこにある。大阪は変わった。大阪人も変わった。だが、その根底にある「大阪のDNA」は変わっていないはず。いまだに黒岩作品が読み継がれる理由はそこかもしれない。編者の日下三蔵による「解説」の最後に重吾の大阪観が披露されたエッセイ『私の大阪観』の一部が抜粋されている。その終わりにこんな一文がある。水の都、大阪は実は古代から水と闘ってきた街で、そこから大阪人はエネルギーを養ったとし、

このエネルギーから商魂やユーモア精神、バイタリティ、また人生肯定の人間観が生まれたのである。そして文楽は人間臭さが持つユーモアと表裏をなす哀歓の美で、大阪の感性の一面を象徴している。

どうやら小生の文楽好きは黒岩重吾を数多く読んで来たことも影響しているようだ。あるいは、文楽が好きだから黒岩作品を愛読するのか…。小生も文楽が描く「大阪の哀歓の美」に大阪の感性を感じることが多々ある。これこそ今も変わらぬ「大阪のDNA」ではないだろうか。

重吾と小生が文楽に同じ思いを抱いていることに、喜びを感じるとともに、この先も何度も繰り返し読み続けるべき作家だと、改めて思う。

(令和5年8月31日読了)
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