【上方芸能な日々 文楽】令和5年夏休み文楽特別公演<第2部>


「夏休み公演」第2部は、4月公演に引き続き、『妹背山婦女庭訓』の後半。今回は「井戸替」に始まり、「入鹿誅伐」まで一気に上演。「井戸替」はあんまりやってくれないし、「入鹿誅伐」に至っては、文楽劇場では初の上演だというから、見逃せない。こんな塩梅だから、次に「入鹿誅伐」を文楽劇場で観られるのは、また40年ほど先になるよ(笑)。

2階ロビーには、「杉酒屋の段」にゆかりのある大神神社から授与された杉玉。杉玉は、古来酒屋の看板として、杉の葉を球形に束ね軒先につるしたもので、酒造りの神としても信仰を集める大神神社が杉を神木とすることに因むと言われている。三輪の銘酒「三諸杉」(今西酒造株式会社)の菰樽も非常に気になるのだが(笑)。

人形浄瑠璃文楽
令和5年夏休み文楽特別公演 第2部「名作劇場」

めっちゃ久しぶりに「足伸ばせる席」をゲットできた!これは快適!腰に優しいお座席!太夫、三味線の表情がよくわかる!何列の何番かは教えません(笑)

妹背山婦女庭訓 四段目

「井戸替の段」

小住 藤蔵

やっぱりねぇ、ここは絶対に外してほしくないんよ。これをやらないと、鎌足の息子である求馬=淡海の人物像がぼやけてしまう。

子供の頃、年に1回、隣組総出で大人の皆さんが「どぶ浚い」をやっていた。どこに保管してあったのか、5メートルくらいはあろうかという長い竹材、丁度、弓取り式の弓みたいな感じのやつを、どぶの端から端に通してガサガサやるわけですな。下水道に溜まったどぶを動かして、水はけをよくしたんだと記憶しているが、万博以降、大阪市内の下水工事が進行して、「どぶ」が新しい下水管に変わり、こういう年中行事もなくなった。そんなことも思い出す「井戸替の段」である。そういう観点でも、この段は外すことなくきちんと上演してほしい。

「堀川」や「十種香」のパロディーが巧妙に絡められ、そこがまたこの段のおもろいところでもあるんだが、ひたすら藤蔵に引っ張られて、なんとか語り上げる小住。もうひと頑張りやで! 人形陣、ワイワイガヤガヤぶりを生き生きと遣っていて楽しかった。

「杉酒屋の段」

芳穂 錦糸

芳穂太夫にしては、ちょっと消化不良気味だったのかな…。隣の烏帽子折(求馬)に恋するお三輪、というのを出し切れなかった。「力む拍子に呑み口抜け酒は滝津瀬びつくり敗亡」という、欲どおしいお三輪の母親が、求馬を追っかけて行こうとして、あわてふためいている様などは、芳穂が聴かせるというよりも、錦糸さんの三味線が「語って」いたのである。それにしてもこの言い回し、上手いこと出来てるなぁ。紋臣が欲どおしさとユーモアを巧みに掛け合わせて、しっかり遣っていた。

「道行恋苧環」

お三輪 呂勢
橘姫 
求馬 
聖 織栄
清治 清志郎 清公 清允 清方 藤之亮

三角関係は、小生の「推し」の太夫3人で。ここに3年目の聖、今公演が初舞台となる織栄太夫(おりえ)が加わる。三味線も藤蔵の初弟子の藤之亮(とうのすけ)が入って、清治師匠に引っ張ってもらう。正直、織栄や藤之亮がどんな声で語り、どんな音を鳴らしていたかなど、聴き分けることは小生ごときでは不可能だが、新しい人が並んでいるのは嬉しいし頼もしい。

一見、求馬を奪い合う二人の乙女のバトル、という図式だが、酒屋の娘が政争に巻き込まれていくという状況である。「私の恋人に惚れるなんて『女庭訓』『躾け方』なんかをよくお読みなった方がいいんじゃないですか!」なんて、もう勝手に求馬を自分のものと思い込んでいるお三輪ちゃん、可愛らしいもんだが求馬にすりゃ「はぁ?」ってところだろう。ここで「井戸替」でちらっと触れられた「乞巧奠(きっこうでん)」の苧環の位置づけが明確にされる。だから「井戸替」は外しちゃならんのよ。

番付にカラー見開きで、杉酒屋をスタートとして、この道行から入鹿御殿に至るまでのルートが紹介されている。これは相当な距離。「苧環に巻かれてた糸はそんな長いんか!」というツッコミもしたいけど(笑)。この企画ページ、ナイス!

「鱶七使者の段」

口 碩 燕二郎
奥 錣 宗助

口は御簾内から。碩太夫は仕丁のやりとりをテンポよく聴かせる。燕二郎もビシビシと鳴らしていて、よいものを聴けたという感じ。碩はその都度、成長の跡を感じられて、聴いていて楽しい。

奥のお二人は、さすがの展開。鱶七という人物像をよく表していたし、大笑いは客席から手が鳴った。口ともども、聴きごたえのある段となった。

「姫戻りの段」

希 勝平

求馬の人間性が現れる場面。「こいつ…」といつも思う。橘姫の思いを利用して、十握の御剣を盗み出せと迫るなんてのは、いかがなものか…。「尽未来際変はらぬ夫婦」など、よくもいけしゃあしゃあと抜かせるもんだなと思う。こう思わせた床の希と勝平、人形の玉助は、求馬という人間の肚をよく理解して舞台に臨んでいるのだなぁと、感心した。

「金殿の段」

切 呂 清介

来春、十一代目豊竹若太夫襲名が決まった呂さん登場。先ほどの橘姫に続いて、お三輪ちゃんが求馬に追いつく。まさか入鹿の御殿にたどり着くとは思ってなかっただろう。豆腐の御用に出会い、官女らにいたぶられ、「疑着の相」へと転じていくのだが、官女のいびりまではよかったが、疑着の相に関しては、もう一押し欲しかったかな…。嫉妬、悲しみ、怒り、恥辱が入り乱れ、酒屋のお嬢ちゃんにすぎなかったお三輪ちゃんが、疑着の相の女となる、そここそがこの段の肝、この物語の後半部の肝なのだから、そこが薄いと全体に薄い印象を与えかねない。ま、太夫の押しが不足しているのを、清介さんの三味線と、勘十郎師のお三輪ので帳消しにはしていたけど…。

2階ロビーには「お三輪」の人形が展示されている。この酒屋の純真なお嬢がやがて「疑着の相」の女へと変わっていく…

「入鹿誅伐の段」

鎌足 
淡海 南都
入鹿 芳穂
橘姫 咲寿
玄上太郎/金輪五郎 
宮越玄馬/荒巻弥藤次 文字栄
團吾

「ほう、これが入鹿誅伐というものか」と、しっかり見物した。入鹿の執念たるや凄まじく、首をはねられても、しばらくははねられた首が宙を漂うのだな。恐ろしや、恐ろしや。床の面々は、それぞれの持ち場をしっかりこなして、團吾が一人でそれをまとめるのがかっこいい! 太夫の配置が非常によかったことで、人形もますます映えるという相乗効果。文楽はこうでなきゃなりませぬ。とりわけ入鹿を遣った玉輝さんは、これ以上ない適役だと思った。

(令和5年8月8日 国立文楽劇場)

NHKと国立劇場の協力により人形浄瑠璃文楽名作の一つ「妹背山婦女庭訓」を全段完全収録!収録時間本編531分+特典144分をたっぷり楽しめる。


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