<アイキャッチ:©台湾國際紀錄影片展>
香港インディペンデント映画祭 in 大阪
民主派の心のよりどころであった『蘋果日報』が、この日の発行を以て、廃刊となった。顛末については別稿に記したが、前日の『僕は屈しない(港:地厚天高)』に続き、そんな日にこの映画を観ることになろうとは、繰り返すが因果な話である。『僕は屈しない』と並ぶ本映画祭の真打が、本日の『理大囲城(港:理大圍城)』である。
もはや、暴力破壊行動をひとつひとつ追うのにくたびれてしまった時期に起きた「香港理工大学衝突」。拙ブログでは取り上げなかった。取り上げなかったと言うよりは、毎日、香港のどこかで破壊だの、放火だの、集団リンチだの、殺人だの…が起きていたことで、ブログにするのが追いつかないほど、香港が乱されてしまった時期である。
その理工大事件が、ドキュメント映画になったのは知っていたし、機会があれば、観ておきたいというのはあった。この籠城については、民主派(実は独立派)を支持する人たちは、「籠城ではなく警察による包囲で校内から出れなくなった追い込まれた学生たち」という見方をするし、反民主派の人たちにすれば、「大学を不法占拠して警察に対して攻撃を繰り返す狼藉者たち」となる。
小生は事件のピークとなった2019年11月17日~18日は、週末ということもあって、ほとんど寝ずにネットライブで現場の状況を観察していたが、やっぱりどこからどう見ても、「大学を不法占拠して警察に対して攻撃を繰り返す狼藉者たち」でしかなかった。ただ、そんな狼藉者たちがどんな心理状況で校内に立てこもっていたのかは、ライブ映像からは伝わらない。そういう意味で、観ておいて損はないだろうという次第である。
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
理大囲城 港題:理大圍城
港題『理大圍城』
英題『Inside the Red Brick Wall』
邦題『理大囲城』
公開年 2020年
製作地 香港
言語:広東語
評価 評価し難し(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):香港紀錄片工作者(香港ドキュメンタリー映画工作者)
【作品概要】
2019年11月中旬、香港理工大学(理大)で警察と学生との攻防が11日間にわたり繰り広げられた。その間、大学キャンパス内は惨憺たる戦場と化した。後に、1000人以上の学生が暴動罪で逮捕されることになったこの事件は、2019年の民主化デモの中で最もスキャンダラスな事件であったが、あまりマスメディアでは報道されておらず、その真相と経緯も未だに明らかにされていない点が多い。本作の監督と製作者は、今後のキャリアや身の安全を考慮して匿名(香港ドキュメンタリー映画工作者)とされている。香港映画評論学会最優秀映画賞、台北国際ドキュメンタリー映画祭オープニング映画。<一部引用:「2021年 香港インディペンデント映画祭 」公式サイト>
ドキュメント映画として観た場合、非常に優れた作品。本当によくこれだけのものを映像に収めたなあと、拍手喝采である。警官隊にいつ何時拘束されるかもわからない衝突の現場、心身ともに極限状態で「不割席=仲間れしない」の方針が崩れ、一触即発寸前の学生たち、大学構内から下水溝を抜けて脱出する学生を、恐らく首まで汚水に浸かりながら追う映像…。これだけ観れば、いかに「学生大正義」かが伝わる。しかし一方で、彼らが犯した罪深き行為の数々は映像になく、立て籠もった側の正義のみしか伝えない映像には、「やっぱりそっち側のことしか言わないんやな」という「がっかり感」しか残らなかった。ま、あくまで籠城する側から撮った記録片だから、そうなるのは仕方ないか…。
犯罪者引き渡し条例が事実上廃案となって、本来ならそこでデモは終息するべきであったが、民主派(というか背後で糸を引く一派)は、それでは面白くなかったのか、「警察の暴力への抗議」という形に変えて、デモをエスカレートさせ、暴力的な破壊行動に転じたのが2019年下半期のこと。連日の破壊、放火、交通妨害、集団リンチ、殺人をどういうわけか、日本のメディアは「民主化デモ」として「誤報道」を繰り返していた。
11月には、戦場は市街地から各大学に拡大。まず、香港中文大学で学生と警察の激しい衝突が発生する。呼応するように、各大学でも学生が大学構内に陣取り、警察側と対峙するようになり、ピリピリとしたムードが漂い始める。
香港理工大学も同様だ。理大は九龍と香港を結ぶ海底トンネルの出入り口、すなわち、九龍側の交通の要衝に近接して建つ。ここをデモ隊が占拠し過激行動を展開するということは、海底トンネルが遮断されることを意味する。料金所をまたぐ歩道橋の上から鉄パイプなどを投げつけるのだから、交通妨害どころか明らかな殺人行為である。だから警察は大学を包囲し、催涙弾や放水で投降を迫る。反発する学生側は、警察に向かって火炎瓶を投じたり、中にはボウガンで警官を射る殺人未遂者まで現れる始末。こういうにらみ合い、互いの攻撃が数日間続く。そしていつの間にか、大学構内は火炎瓶などの武器製造の現場と化す。武器製造の資金源は、なんとも罪なことをしでかしたもんだ…。
映像は、理大衝突のピークとなった2019年11月17日~18日の状況をとらえたものが、大半だったように思う。
疲労が蓄積し、心身のバランスが保てない学生たちの間では、意見の対立も目立つ。発言が極めて支離滅裂になっていたのが印象的だ。「大学構内での籠城を継続する」派、「早く家に帰って休息したい」派の大きな二つの流れがあるが、意見はまとまらず、こじれる一方。そのうち、自力で脱出を試みる者も出てくるが、多くはあっという間に警察に取り押さえられる。学生たちの側に、意思統一ができないもどかしさが画面から伝わる。
民主党議員の許智峯(テッド・ホイ)も一緒に籠城しているが、こやつは毎度衝突の現場に現れて、学生側の味方のツラしながらも、実際には何の役にも立たない。現在はデンマークに逃亡中だ。いい身分だ。この時に籠城してた連中のうち、1,000人以上が逮捕されているというのに…。警察に向かって「話し合いましょうよ!」と叫ぶだけだ。学生たちの気持ちが平静を保てない状況を、なんとか落ち着かせなければならない立場じゃないのか?だから若者は「伝統的民主派」に「No!」を突き付けるんだよ。
学生側が疲労困憊の極致に達したころ、親中派の大物や法学者、数名の中学(香港では日本式に言えば中高一貫)の校長が「自主投降」を促すために校内へ入る。とりあえずは身分の登記をすれば、帰宅できるという。ただし「警察は逮捕する権利を持つ」。当たり前だ。作品には無かったが、当日のネットライブでは中学の校長に抱きついて号泣する生徒も多かった。怖かったんだろう。
結局、かなりの数の学生(含む中高生)が自主投降に応じるが、「騙されるな!逮捕されるぞ!」と自主投降を咎める声も飛ぶ。じゃ聞くが、このまま立て籠もって、その先に何があると言うのだ、と。
ラストシーン。「行くか、とどまるか」、階段の中ほどで立ち止まって、判断に迷う二人の姿が印象的だ。
良くも悪くも、心の糸がピーンと張りつめたままの88分だが、「ブレークタイム」としてなのか、警察vs籠城学生の音楽合戦が一息つかせた。警察が大音量で周杰倫(ジェイ・チョウ)の『四面楚歌』や、陳奕迅(イーソン・チャン)の『十面埋伏』を流せば、籠城側は許冠傑(サミュエル・ホイ)の『学生哥』を流して対抗。ほんのつかの間だが、張りつめた糸がたるんだ瞬間ではあった。
果てしなく続く暴力破壊行動と警察の衝突の日々は、完全に香港社会及び香港に関わる人々に分断を作ってしまい、ネット上ではお互いの「監視」が強まり、息苦しさこの上ない毎日だったのを思い出させる記録映画だった。とてもよくできてるんだけどねぇ…。なにせ片方だけの視点しかないから、そこがもう、受け入れられないわ…。
(令和3年6月24日 シネ・ヌーヴォ)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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