【睇戲】丼池

浪花の名女優 浪花千栄子

この作品が今回の企画「浪花の名女優 浪花千栄子」の見納め。結局、15本中8本を観た。残る7本もこういう機会でないと、なかなか観られないものばかりなので観たかったけど、小生も言うてるほど暇でもないんで(笑)。まあしかし、よう観たよな、短期間に。

さてこの日は小生の生まれた年に公開の『丼池』である。菊田一夫の原作を藤本義一の脚本で久松静児が監督。タイトルの丼池は「どぶいけ」と読む。大阪の人間なら間違えない(と思う)が、難読地名の一つだろう。現在は往時の賑わいはないが、最盛期には繊維問屋約1500軒が軒を連ねる「船場」の中核エリアだった。今の長堀通から北の「心斎橋筋北商店街」に微かな面影をたどることができないでもないが、丼池に店を構えていた多くは、中央大通り阪神高速高架下の船場センタービルに昭和40年代には移転しているようだ。

小生なんぞは丼池と聞けば、落語『池田の猪買い』が思い浮かびますな。

「うちを表へ出ると、これが丼池筋じゃ。これをド~ンと北へ突き当たるなぁ。すると、この丼池の北浜には橋が無い」「そぉそぉ、昔から無い未だに無い、これ一つの不思議でんなぁ。」

というくだり。有名ですな。丼池筋を北に行くと実際に大川に突き当り、丼池筋の北の浜(大川の水際という意味)には橋はかかっておりませんな。と、話はいささか淀屋橋の方にずれましたが(笑)、いかにも大阪映画という雰囲気満々のこの映画、さてさてどないなことに相成りますやら…。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

丼池

邦題『丼池』
公開年
 昭和38年(1963) 製作地 日本 製作 宝塚映画 配給 東宝
言語:日本語 
評価 — モノクロ

監督:久松静児 原作:菊田一夫 脚色:藤本義一 撮影:黒田徳三 音楽:広瀬健次郎

出演:司葉子、三益愛子、森光子、新珠三千代、浪花千栄子、園佳也子、佐田啓二、中村鴈治郎、田村奈巳、弘世東作、湯浅恵子、佐原健二、立岡光、加藤春哉、立原博、山茶花究

【作品概要】

「君の名は」の原作者・菊田一夫は、「大阪もの」でも天下一品。菊田原作を藤本義一が脚本化、昭和の庶民派・久松静児が監督した「大阪もの」の代表作。大阪のど真ん中、繊維街・丼池で、私利私欲に目がくらんだ女たちが繰り広げるコテコテの群像劇。大阪各地でロケを敢行。60年代の大阪が懐かしい!行商のおばちゃんを演じた浪花の「大阪のお母さん」も光る名編。

今回上映された作品の中では、『万事お金』の次に新しい部類の作品なのに、どういうわけかレビューや解説の類、スチールや当時のポスターの画像が、ネット上にはほとんど無い。DVDなどソフトも現在は発売されていないようだ。そういう意味では、貴重な鑑賞機会だったと言える。

監督の久松静児は『喜劇 駅前団地』、『喜劇 駅前弁当』、『喜劇 駅前温泉』、『喜劇 駅前飯店』の駅前シリーズのほか『クレージー作戦 先手必勝』も監督を務めている。多くの作品が東宝傘下の東京映画製作の作品で、昭和30年代、邦画全盛時代の東宝のヒットメーカーであった。

船場や丼池が舞台と聞くと、小生なんかより上の年代は大阪商人のど根性ものを想起すると思うが、そういうのは恐らくは花登筐のテレビドラマの影響だろう。そこは菊田一夫。そういうドロドロ系とは一味違う、金をめぐる女性たちの波乱万丈を「大阪もの」として描いていて、面白い。

ヤミ金融の美人経営者・室井カツミに司葉子、このカツミに高い金利で金を貸している高利貸しの平松子を三益愛子。ここに料亭「たこ梅」の女将・ウメ子 (新珠三千代)、口が達者で色仕掛けで男を篭絡し、商売を始める金沢マサ(森光子)。この4人の共通のターゲットが繊維問屋の老舗「園忠」。園忠の主人・園田忠兵衛は二代目中村鴈治郎。今企画上映では『小早川家の秋』に次いで2作目の登場。とにかく上方歌舞伎が超低迷していた時代。大看板の成駒家でさえも、映画出演でなんとか乗り切っていた冬の時代だったのだ。

始まりは債権者の群がる丼池・安本商店。ここを300万円の担保で分捕ったカツミは、友人数名と「室井商事KK」なる高利貸しの看板を出す。丼池のどこの店も安本商店の二の舞は御免だ。園忠とて同様。カツミは元婚約者の園忠の番頭・兼光定彦(佐多啓二)の仲介で、園忠主人の忠兵衛に会う。カツミは 700万円の融資を頼まれるも、自己資金では足らず不足分を松子を頼るが、すでに松子も850万円を園忠に貸しており、カツミが出す700万円と自分のを合せた1,550円で園忠の乗っ取りを目論む。

この「平のおばはん」こと松子を演じた三益愛子がとにかく上手い!せからしい大阪弁と、前のめりの早歩きが「嵐の予感」をスクリーンの内にも外にもまき散らす。ミナミは南炭屋町生まれの三益愛子のネイティブ上方言葉に、クールな標準語で応じる司葉子だが、「 あんたの言いたいこと、大体分かったわ 」と軽く言い放たれるのがなんとも痛快(笑)。

松子とカツミの密談を盗み聞きする金沢マサ(森光子)。松子の背後に吉本新喜劇の前身「吉本コメディ」のポスター。藤田まこと、白羽大介、平参平、秋山たか志といった、当時の看板連中の名前が見える。こういうのを発見しては、一人ほくそ笑むのが<上方芸能同好会>のしきたりw 昔の大阪映画の楽しみはここにもある

松子の園忠乗っ取り計画に反感を抱くカツミ、「宝投資」なる個人向けファンドを売り出して、現金をかき集めて松子との縁切りを謀る。苦しなったら、こうやって「キャッシュ」を集めるんよね。群がる人に言いたい「ハイリターン=ハイリスクやで」って。

で、自分から離れようとするカツミに怒り心頭の松子は、「宝投資不渡りらしいで」の噂を丼池中にまき散らす。SNSのない時代でも、こういうおばはんの情報伝播力はすさまじく、カツミはたちまち窮地に追い込まれ、挙句は金融関連法の違法でしょっぴかれるカツミ…。「平のおばはん」恐るべしである。

新珠三千代演じる「たこ梅」の女将、ウメ子も只者ではない。裏で土建業の田中(山茶花究)と手を組みながら、忠兵衛との昔の深い仲を活用して一枚加わる。忠兵衛には「一時的にそれで店を差押えたあとに返すから」と、まんまと4,200万円の借用書をとった。押し寄せる債権者たちに、家族や店の者はたじろぎ、忠兵衛に詰め寄るが「ええねん、ええねん」とニコニコ顔。そこへ土建屋の田中登場。たちまち店を差し押さえて、園忠、終了…。やっと騙されていたと気づく雁治郎はんだが、鼻の下伸ばしてるからこないなことになるねんて(笑)。しかし、「たこ梅」て(笑)。ほんまもんの「たこ梅」、怒ってきはれへんかったんかいな?

新珠三千代と言えば、チョイ役で若き日の園佳也子が出ている。両者は後にテレビドラマ『細うで繁盛記』で共演する。山水館の女将ながらも、小姑の正子(冨士眞奈美)らのつらい仕打ちに耐える加代(新珠)を支える女中のお多福を演じた。

ヘロヘロな忠兵衛だが、ウメ子の目を見てみなはれ。悪女の目でっせ。こうして見ると、当代の扇雀丈がよう似てはるな

大金をめぐる三人の女の間をちょろちょろ動き回っているのが、森光子演じるマサ。面白い役回りだった。ラジオ時代からテレビ黎明期の大阪のコメディ界で絶大な人気者を誇った森光子が、大阪を舞台とする映画で生き生きと弾けている姿が、とてもよかった。

浪花のおかあはんは、「平のおばはん」を「マッちゃん」と呼べる唯一の人物、堀川タダエを好演。タダエはんは、かつては丼池で商売していたが倒産。今では石鹸やら歯ブラシなんぞを風呂敷に包んで背負って売り歩く行商の身。森光子との「アドリブちゃうか?」みたいな応酬が客席の笑いを誘う。さすが、大阪の二大看板女優!

ところで、園忠の忠兵衛はんとタダエはんは、これ掛詞でっか?知らんけど。

しかしまあ、どいつもこいつも、ころっと騙されたり、金儲けには目がなかったり、噂に踊らされたりと、時代とは関係ないね、こういうのは。色々、教えられますわ(笑)。ラストシーンでタダエはんが言いますな。「損して徳取れ言いまっしゃろ」と。小生のような「損はしたないし、得もしたい」という愚かなる人間には耳が痛い(笑)。さらにタダエはん、「損得の得とちゃいまっせ、人徳の徳ですがな」と。人徳の備わっていない愚かなるわが身を嗤うしかございません…。

さて、どの上映回も緊急事態宣言もなんのその、お客さんびっしりで大当たりだったこの特集企画、早くも「アンコール上映」が決まり、7月31日~8月13日に6作品が上映されるとのこと。嬉しいことに、この『丼池』は全回満員だったことで次回の再上映も決定とかで、楽しみですなぁ。

(令和3年5月26日 シネ・ヌーヴォ)



 


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