【睇戲】猫と庄造と二人のをんな

浪花の名女優 浪花千栄子

先日観た『夫婦善哉』とともに、森繫久彌の代表作にして出世作が『猫と庄造と二人のをんな』と小生は思っている。谷崎潤一郎の同名の小説の映画化ということで、「文芸作品」と思って観たら大変なショックを受けるだろう。原作もかなりファンキーだが、映画はそれに輪をかけてファンキーである。とにかく主要キャストが皆、ぶっ飛んでいる。『夫婦善哉』同様に脚色・八住利雄、監督・豊田四郎のコンビで行くところまで昇華させている。

「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。

猫と庄造と二人のをんな

邦題『猫と庄造と二人のをんな』
英題『SHOZO, A CAT AND TWO WOMEN』

公開年 昭和31年(1956) 製作地 日本
製作 東京映画 
配給 東宝 言語:日本語 
モノクロ
評価 — 

監督:豊田四郎
原作:谷崎潤一郎

脚色:八住利雄
撮影:三浦光男
音楽:芥川也寸志

出演:森繁久彌、香川京子、山田五十鈴、浪花千栄子、万代峰子、三好栄子、南悠子、芦乃家雁玉、林田十郎、田中春男、山茶花究、横山エンタツ、環三千世、春江ふかみ、都家かつ江、内海突破、桂美保、谷晃、宮田芳子、平尾隆弘、三木のり平、リリー(雌猫)

【作品概要】

牝猫リリーをこよなく慈しむ庄造(森繁)を中心に、母(浪花)、先妻(山田)、後妻(香川)が繰り広げる愛憎喜劇。豊田監督が谷崎文学に挑んだ意欲作で、森繁のダメ男ぶりは本作でも天下一品で、山田と香川のバトルも壮絶! 夫亡きあと、女手ひとつで庄造を育て上げ、嫁をいびり出す母を浪花が熱演。京都市民映画祭助演女優賞を獲得。以降も豊田に重用された。 <引用:シネ・ヌーヴォ特設サイト

「へったくそ」な字のタイトルからしてぶっ飛んでいるこの映画、のっけから、山田五十鈴浪花千栄子のいがみ合いである。品子(山田)はしっかり者の商売熱心な女だが、とにかく姑のおりん(浪花)とは全くそりが合わなくて、ついに「子種がないから」と追い出される。そのシーンから映画は始まる。もっとも、「子種云々」は適当な理由で、実際には、おりんの一人息子にして品子の夫である庄造(森繁)の西宮の伯父・中島(林田十郎)が娘・福子(香川京子)との持参金付きの結婚を持ち出したことが、離縁の理由である。林田十郎師といえば芦乃家雁玉師との「雁玉・十郎」は戦前からの人気漫才コンビ。雁玉師は庄造と福子の仲人・木下を演じており、コンビでの出演で、それぞれ持ち味を発揮している。

余談ながら、雁玉師の弟子に芦屋三兄弟。また雁玉師は熱狂的な南海ホークスファンとしても有名。上方の芸界からは、横山エンタツ師が出演。庄造がかしわ(鶏肉)を買うのに借金した国粋堂の親爺を演じる。エンタツはん、今企画ではアチャコはんにええとこどりされた感じやけど、エンタツ主演映画も観てみたい。

さて、後妻の福子(香川)。アタシは、長い間映画もテレビドラマも観てきたし、その中で、何度も香川京子を観ているが、こんなぶっ飛んだ開けっ広げな香川京子は見たことない。「ちゃんとした人」との印象だったが、いやまあびっくらこいた、いい意味で裏切られた(笑)。庄造(森繁)というのは、雌猫リリーを溺愛するだけで、他の事はとにかくダメダメでまったく生産性のない男なんだが、そこにこの後妻を迎え、我が物顔で暴走しまくる嫁に丁重な態度で接するという母おりんには、持参金目当てという金の亡者ぶりが見え見えだ。庄造も庄造で、品子とは正反対の福子の自由奔放さに夢中になる。

この香川京子なら、お付き合いしたいw。めっちゃタイプですww

追い出された品子は、とりあえず六甲に住む妹の初子(南悠子)の許に身を寄せるのだが、夫の添山(山茶花究)は迷惑顔である。今企画、本当によく出てくる山茶花究。今回もぴったりの役どころ。と、言うかこの人、何でもこなしますな、いい俳優ですな。

庄造、おりんを憎みつつも、庄造を忘れることができない先妻の品子は、未練半分、意地半分で、後妻の福子に「庄造とあんたがうまくいくには、猫のリリーが邪魔になるはずやから引き取ったげる」と誘いをかける。福子はその手に乗るかと突っぱねたけど、年がら年中「リリー、リリー」の庄造に我慢がならず、ついに先妻の品子にリリーを引き渡してしまう。ここの先妻、後妻の駆け引きがかなり面白い。ジトーっとした目つきで迫る山田五十鈴にビビり気味の香川京子。ちょっとしたホラー映画の雰囲気さえあった(笑)。

リリーを品子に渡すことになった決定打は、「庄造のリリーへの愛情は尋常じゃない。私はリリーに負けた。もし庄造がリリーを手放さないなら、それは妻のあんたより猫のリリーの方が大事やから」みたいな品子から福子への「忠告」。ある日、福子は珍しいことに庄造の好物「アジの二杯酢」を作ってみる。が、しかし…。庄造はそんな福子の手料理をホイホイとリリーに食べさせてしまう。この光景に「リリー譲渡」を決心する福子。ま、まんまと品子の術にはまりましたな…。

「アジの二杯酢」は、谷晃演じる魚屋が「鯵のとれとれ」と売り歩いている。そして庄造曰く「小鯵は、そのまま焼いて、二杯酢で生姜を刻んだものをかけて食べるのがうまい」。福子は「そんなもん食べとうない」と拒絶してたのにねぇ…。リリーではなく自分に気を向けさせようと作ってみた「アジの二杯酢」やったけど、逆効果やったと。

まあ品子もリリーを引き取ったはええが、全然懐かないんで困っていて、ついに脱走されてしまう。品子の部屋の近くで国粋堂の親爺(エンタツ)に借金して買ったかしわの水炊き持参で、リリーを待ち受けてた庄造もスカ食らう(笑)。

こんな感じで、前妻、後妻に情熱を注がれているのに、一向にそこには興味なく、ひたすら「リリー、リリー」の庄造。庄造はリリーを連れ戻すため、品子のもとに来るが、早合点したのかやっぱり庄造という男を理解しきれていなかったのか、庄が求めていたのは自分ではなくリリーとわかるやいなや、二階からリリーを放り投げる…。いや~、今では絶対撮れないシーン。凄まじいなあ、あの場面は。「人間は皆嫌いや、わての気持ちを知るのはリリーだけや」と言う庄造の気持ちも、わかるわな…。

そして衝撃のクライマックスシーン。品子と福子のバトルが始まる。いやいや、これは怖いよ。ぶっ飛びすぎてる山田五十鈴と香川京子。睨み合い、つかみ合い、遂には取っ組み合いの大喧嘩となる。これぞ日本映画史上最高の「キャットファイト」。バトルにびくびくしながら庄造が発した「怖いなぁ」「畜生の方がえらい…」という言葉がこの映画のすべて。庄造にはリリーしかいないということだ。

庄造でなくとも「怖いなぁ…」と言いたいシーン

土砂降りの海岸。びしょ濡れでリリーを探す庄造に「そうやよな、そうなるよな」と声をかけてやりたい気分で、終演後も余韻にひたる。今企画で、この作品ほど余韻を味わえたものはない。庄造に共感したから?ということは、結局小生も上方のダメダメ男ってことかな?(笑)。

さて、本作は阪神間のあちこちで撮影されており、1950年代の風情を知ることができる。芦屋が舞台だが、高級住宅地の芦屋ではなく、庄造の実家の荒物屋のような木造の庶民的な街並み。庄造と福子がキャピキャピと楽しんでいた須磨浦海岸に見立てた(?)香櫨園浜などなど。古い映画を観るということは、作品を堪能する楽しみと同時に、その時代のその町の風景や人々の暮らしを知る楽しみがある。

で、浪花のおかあはん、この作品では金の亡者ぶりを好演しているんだが、印象深いのは荒物屋の二階。天理教を信心するおりんが、「悪しきを払うて助けたまえ天理王命」と、「お手ふり」付きでおつとめしている場面。あれ、二番もあるんですな…。

この作品、手元に置いておきたいけど、DVDとかBlu-ray出てないんよな…。やっぱり、やたら猫が投げつけられるからかなぁ…。

(令和3年5月21日 シネ・ヌーヴォ)



 


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