第16回大阪アジアン映画祭
第16回大阪アジアン映画祭も、いよいよ最後の1本。普通なら同時間帯のABCホールでの受賞結果発表ならびにクロージング上映『アジアの天使』を選ぶわな(笑)。しかしながら小生、これまで一度もそっちに行ったことなく、毎回「裏番組」を選んでいる。そういう偏屈な(失礼!)お方は、割とおいでになるようで、この日の梅田ブルク7もまた、けっこうな入りようであった。
「睇戲」と書いて「たいへい」。広東語で、映画を見ること。
HONG KONG GALA SCREENING
特集企画《Special Focus on Hong Kong 2021》
手巻き煙草 港題:手捲煙 <日本プレミア上映>
港題『手捲煙』
英題『Hand Rolled Cigarette』
邦題『手巻き煙草』
公開年 2020年 製作地 香港
言語 広東語
評価 ★★★★★(★5つで満点 ☆は0.5点)
導演(監督):陳健朗(チャン・キンロン)
領銜主演(主演):林家棟(ラム・カートン)、Bipin Karma(ビピン・カルマ)
主演(出演):白只(マイケル・ニン)、袁富華(ベン・ユン)、太保/張嘉年(タイ・ボー)、錢小豪(チン・シウホウ)、何華超(トニー・ホー)、朱栢謙(チュ・パクヒン)、周祉君(アーロン・チョウ)、杜燕歌(トー・インゴー)、稅潔(シュイ・ジェ)
これまた例の香港特区政府が支援する「首部劇情電影計劃(オリジナル処女作支援プログラム)」の入選作である。しかし、これまで観てきたものとは毛色が違う。懐かしき「香港ノワール」の香りが漂う、と言うか、久々に「ノワールもの」を観たという満足感、充実感を味わうことができた。
1980年代後半から90年代初頭にかけては、とにかく「香港映画=ノワール」という時代だったと言っていいだろう。周潤發(チョウ・ユンファ)を中心に、李修賢(ダニー・リー)、萬梓良(アレックス・マン)、成奎安(シン・フイオン)らが脇を固め、若い劉徳華(アンディ・ラウ)や梁朝偉(トニー・レオン)あたりが台頭してくる時代。功夫片もキョンシーものもちょっと飽きたな、っていう時代にぴったりはまったのだ、小生的には。警察、黒社会、内偵、チンピラ…。『男たちの挽歌』のヒットに端を発した香港の闇の部分を描く作品群が、秀作からカスまで数えきれないほど世に送り出された時代。まだまだ香港映画も元気だったころだ。小生自身も、一番香港映画を観た時期であり、頻繁に香港へレーザーディスクの買い付けに行っていた時代だ。その数年後に住むことになる予感も、このころにはかなり明確になっていたな(笑)。ええ時代よ。
【作品概要】
駐香港イギリス軍上官だったチウ(ラム・カートン)は今、黒社会と繋がり密輸などで食い繋いでいる。固い絆で結ばれていたはずの兵士仲間たちとも疎遠になっていた。黒社会の連中に追われ偶然チウの家に転がり込んできたマニ(ビピン・カルマ)は「横領したブツ」を持っていた。それとは知らず仕方なく匿ってやるうちに、傷つき固く閉ざされたチウの心が少しずつマニを受け入れていく。ところが「ブツ」のせいで事態は最悪の方向へ。チウの最期の一言「今まで俺のために煙草を捲いてくれた奴はいなかった」がトップシーンとオーバーラップして悲しみを増幅する。<引用:大阪アジアン映画祭作品紹介ページ>
なにせ出演陣の顔ぶれが最高にいいね。そして渋いね。「勝手に好きにやっててくれ」って脚本無しでやらせても、相当渋い映画を勝手に作ってしまいそうなメンツが揃う(笑)。
まず、主役の林家棟(ラム・カートン)。香港では人気俳優の一人なのに、それほど日本ではお目にかかる機会がない。2~3年に1本くらいかな。90年代にはTVBの夜ドラにほとんど全部出ていたくらいで、彼の顔を見ない日はないほどだったけど…。コミカルな役もこなすが、今作のように「日陰者」をやらせてもとてもいい演技を見せてくれる。これは多分、幼少の頃に九龍城砦で暮らした経験からのものだろうなと思う。
その林家棟が演じる關超は、返還前には駐港英軍兵士。駐留していた英軍兵士は英国人だけだったわけでなく、香港人もいたし、特に多かったのは「グルカ兵」というネパール系の兵士。ここらへんのこと語り出すと、長くなるのでやめておく(笑)。英軍撤退でお役御免となって、人生の選択肢を誤ってしまったクチ。その負い目もあったのか、兵役時代の友人たちとも疎遠に。恐らく、彼らを巻き込みたくなかったんだろうな…。英軍撤退後の悲喜こもごもにスポットを当てるあたりに、監督の陳健朗(チャン・キンロン)が、陳果(フルーツ・チャン)監督の『那夜凌晨,我坐上了旺角開往大埔的紅VAN』で俳優デビューしたという背景を感じないでもない。
こういう役どころは、かつてのノワール全盛時代なら、間違いなく周潤發だ。当時はTVBでドラマのチョイ役俳優だった林家棟が今やノワールの主役を張るのだから、いや~、歳月の流れというやつは…。ねぇ…。
ちなみに、今回の大阪アジアン映画祭で最初に観た『エリサの日』の鄭中基(ドナルド・チェン)同様、林家棟もまたノーギャラでの出演である。
なぜか日本で日の目を見ていない熟年ゲイ作品『叔・叔』でカップルを演じた袁富華(ベン・ユン)、太保(タイ・ボー)がそろって出演。どちらも黒社会の大物役で、あの仲睦まじいカップルとはえらい違い(笑)。ここに見るからに悪そうな杜燕歌(トー・インゴー)もからんで、悪のトライアングルを形成。特に袁富華と太保は冷酷卑劣で怖い役柄だったなぁ。
台湾黒社会のボスを演じていた太保、終盤に「お前ら皆殺しだ!」とばかりにバンバンバーン!と撃ちまくるんだけど、ありゃ、なかなか迫力あったねぇ。ああいう場面、かつてのノワールではお決まりだっただけに、「よ!待ってました!」と声をかけたくなるような場面だった。
黒社会の連中から「ブツ」をくすねたことで、組織に追われ、偶然にも關超の部屋に転がり込むという「よくできたストーリー」で、この追われる身のネパール人のマニを演じたBipin Karma(ビピン・カルマ)は、生まれも育ちも香港のインド人で、もうすでに多くの香港映画に出演しているが、どうしても「粗口(香港スラング)を話すインド人」みたいな役柄になってしまう。今回が初めての主役級ということになる。
「粗口を話すインド人」という設定にまったく悪意はないのだろうけど、そこから見え隠れするのは、厳然として香港に存在する「少数民族蔑視」という「悪意」とは感じていない「悪意」である。香港の9割を占める中国人に対し、インド系、ネパール系など南方アジア系の住民は総じて低所得者層に属す。結果、今作のマニのように悪事に手を染めてしまう者も多く、それがまた蔑視が無くならない原因にもなっている。父子家庭のマニ、息子が心配でならないが、もう息子のもとには戻れない…。關超の知り合いの女性のもとに預けられるのだが、あの子が底辺に落ちないように育ってゆくことを祈る…。
折しも、COVID-19に感染拡大防止策で、「2人以上での集まり禁止」とか「4人以上での集まり禁止」とか、とにかく人が集まることを規制した「限聚令」が継続していた時期での撮影は、困難だったと想像できるが、そんな中でも「重慶大厦(チョンキンマンション)など香港映画らしい場所で撮りたいと意識していた」と言う陳健朗監督の気持ちが嬉しい。また、『手巻き煙草』というタイトルに込められた監督の思いについては、こちらのYouTubeで。
昨年の「第57屆金馬獎」では7部門にノミネートされる高評価を得た本作。今年の「香港電影金像獎」の本命と小生は見たが…。う~ん、『中国女子バレー』が席巻するんだろうな…。
【預告片】林家棟 主演《手捲煙》即將上映
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さて、第16回大阪アジアン映画祭も、これが納めの1本。ちょっと低調だったな自分的には。ってわけで、恒例に則って自分なりの表彰をば。
《最優秀作品賞》 『手巻き煙草』
《最優秀主演男優賞》 林家棟(ラム・カートン 作品『手巻き煙草』)
《最優秀主演女優賞》 鞏俐(コン・リー 作品『中国女子バレー』)
《最優秀監督賞》 黃胤毓(黄インイク 作品『緑の牢獄』)
《最優秀助演男優賞》 彭昱暢(パン・ユーチャン 作品『中国女子バレー』)
《最優秀助演女優賞》 吳浣儀(アンナ・ン 作品『エリサの日』)
もう、2~3本観ておきたかったね。ま、時勢的にしゃーないけどな…。
(令和3年3月14日 梅田ブルク7)
在大阪香港永久居民。
頑張らなくていい日々を模索して生きています。
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