【上方芸能な日々 文楽】春なのに、忠臣蔵ですって…弐

人形浄瑠璃文楽
国立文楽劇場開場35周年記念 4月文楽公演
通し狂言「仮名手本忠臣蔵」

天皇陛下にあらせられては、上皇陛下の譲位に伴い、この度、御即位なされた。同時に、元号が平成から令和に改元され、新しい時代が始まった。この慶事に際し、賤しき愚民ではあるが、お国の安寧と皇室の弥栄を心より祈念するばかりである。

で、この奉祝の折に、こんな川柳で令和最初のブログをしたためるのも、ナニな話だが…。

(しゅう)の命(めい)金で買取る白鼠

誰が詠んだかは知らねども、まあ上手いことまとめてはる。白鼠とは、主家に忠実な番頭や雇い人のことを言う。主人を大黒さんに見立て、使用人を大黒さんの使者白鼠にたとえたという次第。鳴き声が「ちゅう=忠」だからとの説もあり。もちろん、黒鼠はその真逆の者のこと。この場合の白鼠は、当然ながら加古川本蔵のこと。短慮に走る主人・桃井若狭助を救うため、こともあろうか、高師直に袖の下に入りきらない金銀財宝を送るという、「下馬先進物の段」をたった17文字で表すという、Twitterもビックリの言葉の匠。いやはや、昔の人にはかないませんな。長ったらしいとご批判の多い拙ブログも見習わねばならん(笑)。

ってことで、前回の続きと行きまする。

三段目

一気に物語が急展開してゆくのが、三段目の見どころ、聴きどころ。多くの話は、三段目が愁嘆場で、クライマックスという展開だが、忠臣蔵はいよいよここから。それだけに、片時も目が離せないシーンの連続となるから、居眠りどころではない(笑)。

下馬先進物の段

小住、寛太郎

まあ40年後くらいには、このコンビで切場をやってるんだろうけど、小生、95歳である(笑)。いくらなんでも生きてはいないだろう。生きていても、文楽聴きに行けはしないだろうよ、多分ね。でも、見たいなと思わせる二人である。

さてここで「鶴の真似する」鷺坂伴内登場。あのキャラは、重いストーリー展開の中で、ホッとする存在。悪い奴ではあるんだけど…。そして、冒頭の川柳の場面と相成る。黄色の足袋が洒落てますな、伴内さん。金銀財宝は師直に渡るわけだが、「それを仲介するのは自分」ということで、そっと「袖の下」を本蔵に突き出す仕草が、いかにもこの男らしい。そこは文司が巧妙に遣って見せてくれた。

軽妙な伴内と白鼠たる本蔵、さらには師直を上手いこと語り分けて弾き分けるのが、小住と寛太郎。若いのに大したもんだと思う。どちらの師匠も先年、あの世に先立たれたのだが、泉下においてはさて、喜んではるか、怒鳴ってはるか…。

腰元おかる文使いの段

希、清馗

小生の目には、「清馗くん、ダイエットしたんか?」と見えるのだが、どうなんだろう? 兄の織太夫襲名に触発されたのかどうか、最近、彼の三味線が良い。この段も、体も声の線も細い希が太く聴こえるように上手くリードしていたかと思うが、耳の肥えた人にはどう聴こえたんだろうか?

それにしても、芝居が描く時間帯は明け方4時というのに、やけに明るい舞台だ。年々、文楽の舞台が明るくなっていると感じるのだが、気のせいか? と思っていたら、番付に宝塚歌劇の上田紳爾氏も寄稿文で「文楽にあんな明るい舞台は必要なのか」と書いていたから、同じように思っている人も多いんだろう。朝日座の薄暗く湿気た空気を覚えている小生からすれば、今の文楽劇場の照度はかなりおかしいと感じる昭和の人間である(笑)。

殿中刃傷の段

呂勢、清治

忠臣蔵のアイコン的な場面である。だから、ここをやる太夫・三味線というのもまた、その時代の文楽を象徴する人でお願いしたいというもの。で、このコンビである。申し分なし。

ここのところ、本来ならワ~っと拍手が起きていた場面で、うんともすんとも反応しなくなった客席に、多大なる危機感を抱いていたのだが、呂勢は見事にその危機感を払拭してくれた。言うまでもない、師直の大笑いのシーンである。満場の客席、拍手喝采である。と言うことは、師直がしっかりできていたということだろう。

惜しむらくは、ここで客席に植え付けられた師直への憎悪が、3回に分けて通し公演されることで、後の段に続かないということだ。これはまことに残念。

勘十郎はんの師直、和生師匠の判官が、まさしくがっぷり四つで、こちらもいいものを見せてもらった。

裏門の段

睦、勝平

以前にも記したが、勝平襲名後、躍進めざましい限りである。こうなると、次の大きな名前への期待が高まる。ここまで襲名効果が目に見えて、って人も珍しい。

再びのおかる勘平。しかし、二人でどっかへしけこんでる内に、御殿は大騒ぎとなり、主の判官は「網乗物」で帰った後。そこへ小生の好きなキャラ、伴内登場で、勘平に口撃。この言い草も、小生は大好きであるので、「ここだけはうまいことやってね」と、いつも思う。果たして睦のそれは、なかなかのものだった。

しかし、勘平におかる、どこでナニしてたんよ…。まあ想像はつくけど(笑)。

四段目

花籠の段

竹本文字久太夫改め
豊竹藤太夫、團七

「改名」の披露である。と言っても、襲名ではなくあくまで改名なので、特別に口上幕があるわけでなく、番付に改名の由が知らされているだけである。ネット上では色々憶測が飛び交っているらしいが、幸か不幸か、小生はそういうのを今に至って目にしていない。まあ、色々言えるのは楽しいでしょうな、無責任極まりないけど。

さて、短い段だけど、ここは難しいんやろなと、三流見物人でもそう思う。だから、このコンビなんだろう。顔世御前、原郷右衛門、斧九太夫、力弥が登場するのだけど、特に、郷右衛門と九太夫は「その後」のこともあるし、そんな匂いも漂わせつつ…。そこは藤太夫はんだけでなく、團七師匠の三味線の音色も浄瑠璃を「語って」いるかのようで、「改名披露幕」としては、上等のものだったのではと思う。

塩谷判官切腹の段

切 咲、燕三

いわゆる「通さん場」。厳密に言えば「客席の出入り厳禁」の場面である。咲さんの見台は白木。言われなくても、尿意も便意も、くしゃみ一つも出てこない緊張感一杯の場面。咲さんが客席ばかりか、黒門市場やなんばウォークあたりまで支配しているかのような場であった。これが「切場」というもんよ。

そりゃもうねえ、皆さん同じ思いで見入っていたと思うけど、

「力弥々々」
「ハツハア」
「由良助は」
「未だ参上仕りませぬ」

のあのやり取りねえ…。息をのむねぇ…。ストーリーわかってるのに。

そして遅かりし由良助参上で「委細承知仕る」と由良助。これこれ、この言葉。ここに由良助はしかと決意したわけだわな。

この一連の流れ、書いた三人も素晴らしいけど、語る咲さん、奏でる燕三はんも素晴らしい。言うたらナニやけど、他の人にやってもらいたくない段やよな、現状の太夫陣を見渡す限りは。

城明け渡しの段

碩、清允

これは大抜擢でないかい? 期待の表れってやつでしょうな。果たして、碩太夫は、立派にこなしたと思う。御簾内ではあるけど、表情まで浮かんでくる。わずかに「はつたと睨んで」の一言だけど、忠臣蔵の核心をなす言葉。毎度毎度、この段がかかる度に記しているが、「お前に一日太夫させたるけど、どこやりたい?」と聞かれたら、迷わずここと言うな、俺は。まあ、家で一人で唸ってなさいというところやろけど(笑)。

☆彡

さて、こうして前半が終わった。次は夏休み公演まで待たされる。「11月公演まで忠臣蔵全3公演見たらプレゼントあげます!」ってなプロモーションかけてるけど、小生から言わせれば、「ちゃうねんて、そういうのんとちゃうねんて!」ってところだ。「通し狂言」と銘打つからには、1日がかりでやってほしいのよ。こんなことしてたら、そのうち「菅原」も「千本桜」も「伊賀越」も長編は3公演に分けてという形が定着してしまわないかと危惧する。

そして「昔は3公演に分けず、1日でやってたんやて」とか言われる時代になる。それが「令和の文楽」…。あかんあかん、そんなん。頼むから、金輪際にしてくれ…。

あと、番付に人物相関図載ってたのはいいけど、あれも「かしら」の写真も載せるなどして、もっとビジュアルで攻めてほしいところ。「次回第二弾もこれ持って来てね」くらいのものにできなかったのか? 相変わらず、不親切な作りだ。

(平成31年4月21日 日本橋国立文楽劇場)



 


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